11 暴走する雛。
放課後、伽耶と帰路を同じくした入鹿であるが、彼女を送り届けるとそのまま別れる。
本日は家へ帰宅する事にしたのだ。
歩いていると住宅町から次第に離れていき、周りは田畑広がる田舎風景に。しばらく進んでいると背後から声が掛かった。
「おーい!」
振り返るより早く、ママチャリに乗ったセーラー服の少女が入鹿を追い抜いた。
「おう、観月か」
「偶然だねーあにぃ!」
ハイテンションで溌溂な笑みを浮かべるのは榎本
ポニーテールの中学二年生で、入鹿の実の妹である。
観月は自転車から降りると入鹿の隣に並び、スピードを合わせながら歩き始めた。
「学校はもう終わりか?」
「うん、私は部活にも入ってないしね!」
観月が通っているのはこの学区にある中学ではなく、少し離れた位置にある学校だ。
今年の夏に訳あって転校したのである。
「陸上はいいのか?」
「ん? うん。そうだねぇ……。うん。もう、どうでもいい、かな?」
「……あっ、いや、その……悪い」
観月が転校した理由。それは陸上部で仲の良かった友人の自殺である。
同じ学校で仲がよかった女子生徒が、夏休みの開けた九月頭、校舎の屋上から身を投げたのだ。
イジメの目撃情報があったが、確証がなかったので、捜査は自殺で終了。
そして、観月曰く『イジメはあった』らしい。しかしその声は聞き届けられなかった。
絶望した観月は、こんな所に居たくない! と言ってと転校したのである。
「ううん、別に大丈夫だから」
「……すげぇな、お前」
「お? なになに? もしかして今私の事褒めた? 褒めちゃった?」
普段褒められ慣れていない分、過剰に反応する観月。
「あぁ、褒めたよ褒めた。凄い! 凄いぞ観月ぃ!」
「そこまで言われると白々しいなぁ~。……はっ! もしかして嘘なのか!?」
「よく分かったな、正解だ」
入鹿はサムズアップして見せる。
すると観月はむきーっ! と怒り、入鹿の肩をポカポカ叩いた。
「馬鹿あに!」
「黙らっしゃいなチビ助よ」
「チビじゃねぇし! 身長146だし!? 乳もCカップあるし!?」
いくら人通りがないとはいえ往来でなにを口走っているのか。
慌ててその口を塞ぐと、観月も気付いたのか恥ずかしそうに俯いた。
「なに口走ってんだお前は」
「だ、だって……チビとか言うから。そりゃ、あにの彼女に比べたらちっちゃいけどさぁ」
「伽耶ちゃんは彼女じゃないよ」
「またまたぁ~、あれだけ泊まっててそれは無いでしょ」
観月は入鹿が泊まりに行っている先が伽耶の家であることを知っている。
知らないのは両親だけだ。
「どうせ昨日も泊まり込みで『お楽しみでしたね』してたんでしょ? どうせ」
「どうせって二回いうな。いや、それよりも、僕は伽耶ちゃんとそういう事は……」
「えぇっ!? マジで言ってる!?」
妙に驚く観月。
「何だよ。ダメなのか?」
「ダメじゃないけどさぁー。え? なに? もしかしてあには不能なの? それともホモ?」
「違うわい!」
何てことを言い出すんだ。
「えー! だって浜宮さんすっごい美人じゃん! それにあの胸――げへへ。一度揉んでみたいのぅ!」
「やめんか変態」
暴走する観月へ、冷静にツッコミ。
「だ、だってそうじゃん」
すると少しばかり落ち着いたのか、彼女は慌てて弁明を始めた。
「年頃の男女だよ? 浜宮さん一人暮らしだよ? 止める人は誰も居ないんだよ? ――まさか、あにに限って浜宮さんの気持ちに気付いてない、なんて事ないよね?」
「まぁ、そう言われればそうだが」
「私は……私は高校生に上がる前には甥っ子か姪っ子が見れると思ってたんだよ!?」
それなのに……と観月は言葉を溜めて、田んぼに向かって叫んだ。
「なんでまだセックスしてないのぉぉおお――ッ!!」
「お前はなに叫んでんだよぉぉおお!!」
暴走する変態シスター。慌てて羽交い締めにして、口を抑える。
けれど、彼女はジタバタと暴れ続け、不平不満を口にした。
「だって、だって甥っ子か姪っ子見たいんだもん!! セックスした事ないからどんな感じか聞きたかったんだもん!!」
「後半! 本音漏れてるって!!」
「うるせぇ愚兄!! 漏らすのは股間だけにしな!! だって普通そこまで行ったらするでしょ!?高校生の血気盛んな男女が個室で二人っきり! エッチし放題なんだよ? だめっ、声漏れちゃうぅ! とかそう言う心配も無いんだよ!? なのに何でセックスしないのぉぉおお――ッッ!!」
「ほんとお前! ほんとにお前さぁ!? 下ネタ覚えたての中学生ムーブ止めろよ!!」
「下ネタ覚えたての中学生なんだから仕方ねえだろぉ!?」
そうだった。
「あによ、知ってるか?」
いきなり落ち着く観月。そのテンションの落差についていけない。
「何だ」
さすがに眩暈を覚え始め、入鹿は頭に手をやりながら相槌を打つ。
「キスって粘膜接触なんだよ」
「あぁ、そうだな」
「そしてセックスも粘膜接触……」
嫌な予感しかしない。
観月は一呼吸溜めて、人差し指を屹立させながら、神妙な面持ちで告げた。
「つまりさ、キスって実質セックスなんだよ!」
「誰もが一度は考えるやつ来ちゃったよ……」
想像通りの結果に入鹿はため息を吐いて空を見上げる。
陽はすでに西の奥へと隠れており、うっすらと残る太陽の足跡が世界を茜色に照らしていた。
入鹿の隣では「と、いうことはだよ? 人前でちゅっちゅするカップルは露出プレイの真っ最中ってことになるんだけれど、あにはどう思うかね? ああ、これ学術的な話なんだけど」などとガチトーンで意味不明な質問を繰り出す有識者観月。
以降もラジオの如く止め処なく下ネタを繰り返す彼女を止める力を入鹿は持っておらず、人が居ないことを幸いに適当に相槌を打ちながら二人は家に帰った。
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