7 共に寝る夜は。

 片付けを終え、少しばかり休憩していると時計は午後八時を指し示していた。


「入鹿、今日はどうするの? 外は物騒だけど……?」


 それは伽耶が入鹿に泊まって欲しい時に使う常套句。

 彼女の家に泊まるのは別段珍しいことではない。


 両親には友達の家に泊まっていると伝えれば、基本放任主義であるし、伽耶は言わずもがな一人暮らし。つまりはすべて当人たちの気持ち次第ということだ。


 まぁ、言葉通り外が物騒というのもあるけれど。


「泊まってもいいかな?」


 長い沈黙。やがて彼女は熟した林檎のように真っ赤な顔で、コクリと首を縦に振った。


「……うん」

「じゃあ泊まろうかな」


 そう言ってスマホを取りだしメッセージアプリを立ち上げると、妹に『泊まって行くことになった』と送信。数秒空いて『了解』と返信が来た。


 しかし宿泊が決定したとはいえ、何かがある訳でもない。

 二人の関係はあくまでも友達なのだから。


 最も、自他ともに恋人同然の行為をしているのは自覚しているし、互いに告白していないだけの『まだ』友達といった方が正しいだろう。


 二人は並んでソファーに座り、テレビを付けながら身を寄せ合う。


 言葉は疎ら。話題は転々。あっちへふらふらこっちへふらふら。

 他愛もない事を語らい合う。


 気が付くと秒針は十二時を回り、入鹿は幾度か舟を漕いでいた。

 やがて、伽耶の肩にもたれかかる様に寝息を立て始める。


「……っ! い、入鹿……!?」


 伽耶は驚きつつも彼が寝ていることに気付くと、慌てて手で口を押さえる。

 起こさないように注意を払いながらその顔を覗き見た。


 入鹿と伽耶が初めてしゃべったのは夏休みが明けてしばらく経った九月の中頃のことである。それからたった三ヶ月ちょっと。


 それほどまでに短い時間だというのに、入鹿の存在が自分の中で半分以上を占めるものとなっている。無意識ながらに伽耶はそれを感じていた。


「こ、これはいたずらだから……」


 スマホで寝顔を撮影。

 ちゃっかりツーショットを決める。

 写真の出来を確認すると、待ち受けに設定。


「……っ! ……っ! ……っ!」


 恥ずかしさやら何やらが溢れてきて身もだえする。

 これは耐えられないと、待ち受けを変更。

 心を幾分か落ち着けてから、伽耶は入鹿の肩を揺する。


「入鹿。寝るならベッド行こう」

「んぁ? あー、ごめん。そうだね」


 目を開けた瞬間ド級の美少女が視界に入ってきたことに驚きつつも、入鹿は冷静に対応。


 伽耶と共に寝室へ赴き、ベッドに横になる。


 隣には同級生の少女。

 それもスタイル抜群で、初見では誰もが二度見をするほどの美人。そんな彼女と同衾している。


 入鹿も健全な高校一年の男子である。

 当然の如くドギマギすれど、しかし寝れなくなる程では無い。


 慣れてしまったと言えばそれまでだが、入鹿には一線だけは超えないという、明確な線引きが心の中にあった。


 どれだけ仲良くなろうとも、『××』のことをを終わらせるまではしないという線引きが。


「おやふみ~」

「ね、寝ちゃうの?」

「んぇ? 寝ないの?」

「……ね、寝るけど、けど……もう少しお話し、的な」


 布団で口元を隠しながら、こしょこしょと話しかけて来る伽耶。


「話かぁー、そうだなー」


 入鹿は必至に思考を巡らせようとするが、睡魔がジャミングをかける。

 白い霧が思考を埋め尽くし、意識が薄れていく。


「入鹿ぁ?」

「ん、あぁ、ごめんごめん。でも、なんか無性に眠くて……」


 大きくあくびをする入鹿。それを見て、伽耶は「もう」と呟く。


「……うん、わかった。おやすみ、入鹿」

「うん、おやすみ、伽耶ちゃん」


 伽耶に声を掛け、入鹿は眠りに着く。


 しばらくして伽耶も寝息を立て始め、こうして入鹿のありふれた青春は今日も平穏に過ぎていった。

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