6 伽耶との半同棲生活。
帰宅途中の道には近所の中学生が歩いており、噂話に花を咲かせていた。
内容は連続殺人について。今町内では最もホットなニュースだから仕方が無い。
噂話は『連続殺人事件の犯人は俺の友達!』だとか『都市伝説の犬殺しだ!』だとか、挙句の果てには『学校が嫌いな幽霊の仕業!』など信憑性のかけらもない、ただ盛り上がるだけの内容。
最後の幽霊云々は、連続殺人によって学校が早終わりになることから取っているのだろう。実に中学生らしい。
「マジで犯人は俺の友達だから」
「はぁ? なら何で捕まらねぇんだよ」
「知らねーの? 十四歳以下は捕まらないんだよ」
中学生らしい話題を繰り広げる彼らの姿はやがて遠くなり、話し声は聞こえなくなる。
「そう言えば、伽耶ちゃんは連続殺人についてどう思う?」
不意に抱いた疑問を彼女にぶつける。
どうやら彼女も先ほどの中学生の会話を耳にしていたようで、顎に手をやって考えて、
「特に興味はないかなぁ」
あっけからんと一蹴した。
今の思考時間は何だったんだよと思いつつも「そっか」と返す。
以降は特に何事も無く帰路を進んでいった。
道を曲がり、横断歩道の掠れた白線の上を歩いて、たどり着いたのは集合住宅が立ち並ぶ区画。バブル後期に建設され、弾けたことで落ちぶれたコンクリの建物群。幽霊団地などと呼ばれる程度には古めかしい雰囲気が漂っている。
伽耶の住む建物は、その中でも見た目が特に古く、住人もほとんど居ない建物だ。
眼帯で片目の伽耶が転倒しないように注意を払いつつ、階段で三階まで上がり、薄暗い廊下を右折。パチパチ明滅する蛍光灯の光を浴びながら行くと、その最奥が、彼女の家だ。
伽耶が鍵を差し込みガチャリ。
荷物を持つ入鹿に代わり、伽耶が無駄に重たい鉄扉を開くとキィキィ音が鳴った。
「おじゃましまーす」
「じゃまするなら帰ってー」
「はいよー」
何故か関西のノリで入室。これは伽耶の趣味である。日曜日はもっぱら新喜劇と言う庶民派。
入鹿は靴を脱いで上がり框を跨ぐと、荷物をキッチンに置いて、洗面所へ。二人並んで手洗いうがい。
「それじゃあお風呂入っておいで。その間に軽く準備しとくから」
ピッとお湯張りのスイッチを押しながら伽耶に声をかける。
「……ん」
返事と同時に、伽耶はどこか寂しげな表情を浮かべた。
「どうしたの? ――あ、一緒に入る?」
「は、入んない! 馬鹿!」
伽耶は大声を挙げると、着替えを取りに寝室へ向かい、次に部屋から出てきたときには、バスタオルと部屋着兼寝巻きを腕に抱えていて――。ちらり、と入鹿を見る。
「な、なに?」
「の、覗いたら、ダメだからね!」
顔を真っ赤にして吼える伽耶。
入鹿は、彼女がどんな反応求めているかを理解し、準備する手を止めて口元に笑みを湛える。
「そんなこと言われたら覗きたくなっちゃうなぁ」
「うぅ~、馬鹿! 変態!」
ダッと風呂場へ消える伽耶の表情は、誰が見ても分かるほどにニヤニヤしていた。
「どっちが変態なんだか」
ため息交じりに呟くと、入鹿はスマホを取りだしてメッセージアプリを起動させる。
「連絡入れとかねぇと……」
妹宛に『今日は遅くなる』とメッセージを送信。
すると直ぐに既読が着いて、返信が来た。
『また浜宮さんのところ?』――『そうだ』
『泊まるの?』――『わからん』
『じゃあ分かったらまた連絡して』――『了解』
素っ気ない会話だが、家族ならこんなものだろうと思い、電源を落とす。
同時に胸中を鋭い痛みが刺し、気持ちが段々とブルーになっていくのを入鹿は感じた。
瞑目し、深呼吸。
「……うし、切り替えろ」
両頬を軽く張って、意識を切り替える。今は『××』を考える時では無い。
買ってきた食材を袋から取り出し、棚から鍋を用意して準備を進めた。
結局、伽耶が風呂から上がるより鍋の準備の方が先に終わってしまった。
その為、お風呂から上がりほくほく状態の彼女は申し訳なさそうな表情。
「ごめん、その、寒かったから……」
「いいよ、気にしてない。気持ちよかった?」
「うん」
へらっと笑みを見せる伽耶。学校ではほとんど見ることが出来ない笑顔は入鹿だけが知るもの。
制服の上からでは分かりにくい、男好きのする身体を寝巻きに包み、ほんのり湿った髪と、上気した頬。月並みな言葉で表現するなら艶やかだった。
眼帯も外向きの黒ではなく、柔らかみのある白仕様。
「ドライヤーは?」
「してない」
何かを期待する目。
「じゃあ僕がかけてもいい?」
「し、しょうがないわね! ……うん、お願い」
彼女を椅子に座らせ後ろから温風を当てる。
サラサラとした髪質は数ヶ月前まで不摂生な生活を送っていた人間とは思えないほど良い。きっと、ストレスを溜めない事が美容に置いて重要なのだろう。
「気持ち良いぃぃー」
「それは良かった。昔妹によくやらされたから慣れてるんだ」
「……他の女の話するなぁぁー」
他の女って……、と入鹿は苦笑を浮かべる。
「ごめん、ごめん。にしても、伽耶ちゃん髪綺麗だよね。もう少し整えたらすごくモテると思うよ?」
「別に入鹿以が――ん、んん! そもそもモテたいなんて思ってないから、大丈夫だから」
何事かを言いかけ、途中で咳を入れる。
既に手遅れなほど口にしていたのだが、彼女は誤魔化せたつもりのようだ。
「そっか。だったら僕としても安心かな」
途端に伽耶は顔を耳まで真っ赤に染める。ドライヤーの熱でないことは明らかだ。
「も、もういい! もう乾いた!」
「まだだよ」
「じゃあ乾いてなくてもいい!」
「風邪引いちゃうよ?」
「引くからいいの!」
何も良くないが、これ以上からかえばパンチやキックが飛んでくる。この場合は頭突きか。
痛いのは嫌なので、ある程度乾いたのを確認してから、ドライヤーを止める。
すると弾かれたように伽耶はソファーにダイブ。クッションを顔に押し付けて足をバタバタ。
「うー、あー!」
感情を剥き出しにしてゴロゴロり。
「それじゃあ僕もお風呂頂いてもいいかな?」
「好きにして!」
「卵焼き、用意しといてくれる?」
「分かったからさっさと行け、ばか!」
今は一人にして欲しいらしい。
彼女の意思を尊重し風呂に行く準備をする。
勝手知ったる我が家と言わんばかりに伽耶の寝室へ向かうとタンスを開け、男物のスウェットを取り出し、畳んであるバスタオルを手に取った。それらはすべて入鹿の物。
半同棲と言っても過言では無いくらいには、入鹿は伽耶の家を訪れていた。
ほんの十分ほどで風呂を出る。全身洗って少し湯船に浸かればそれで充分だ。風呂から上がれば美味しそうな匂いが鼻腔をくすぐる。
リビングへ赴けば、ダイニングテーブルの上に鍋。既に野菜類を浸し、着火済みだ。
そこへ、白ご飯と卵焼きを持って伽耶が現れる。
「あ、入鹿。もう上がったの?」
「いいお湯でした」
「お粗末さま。じゃあご飯にしよっか」
「そうだね」
二人は席に着き、夕餉を口に運ぶ。
言葉は交わさず、黙々と食す。
気まずさはない。無言でテレビも付いていないと言うのに、どこか居心地がいい。
そんな、ただただ穏やかな時間が流れていた。
そうして夜は更けて行く。
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