5 伽耶と買い物。

 廊下に出ると一気に肌寒さを感じる。


 二人は白い息を吐きながら昇降口へ向かった。


 到着すると、昇降口は混んでいなかった。今はまだHRが終わって直ぐであるからだ。あと数分もすれば全校生徒が押し寄せてくるだろう。


 これは連続殺人による弊害の一つであった。事件解決まで部活動が原則禁止となっているのだ。


「……」


 校門を抜けて帰路を歩き始める。

 しかし隣を行く伽耶は、相変わらずぷくーっと頬を膨らませたままだ。


「えっと。卵焼きだっけ?」


 元々その一件の弁解を行うために取ってもらった時間である。


「……」


 正直面倒くせぇなと思いながら、入鹿は伽耶の手に自らの手を重ねると、弁明を始めた。 


「伽耶ちゃんの作ってくれた卵焼きは本当においしかった。うん」

「なら何で……っていうか手」


 キッと睨みを利かせるが、これに怖気付いて離したところで状況は好転しない。彼女が天邪鬼であることを入鹿は知っている。ゆえにその言葉は完全無視の一択だ。


「うちではいつもしょっぱい卵焼きなんだ。だから新鮮で驚いただけで、美味しくなかったとかそんなことは全然ない。それだけは分かってほしい」


 出来うる限りの真剣な表情で彼女を見つめる。


 正直、卵焼きでここまでしないといけないことに若干の虚しさを覚えるけれど、効果は絶大だったようだ。伽耶が繋いだ手を握り返してくれる。


「本当でしょうね? 嘘だったら……承知しないから」


 殺されそうだな、と思いつつ首肯。


「だったら、うん。今回だけ特別に許してあげる。三学期もまた、お弁当も作ってあげるね」


 彼女は口元に微笑みを湛えながら、握り合う手をもぞもぞ動かした。

 指が一本一本絡み合い、恋人繋ぎの形へ。


「ありがと、伽耶ちゃん。また食べれるなんて嬉しいよ」


 試しにグッと少し力を入れると、伽耶は照れたように口元を手で隠し、そっぽを向いた。


「別に――な、何だったら、今からうちに来て食べる?」


 顔を赤面させてのお誘い。逡巡してから断る理由がないと判断。


「いいの? じゃあ遠慮なくお邪魔させてもらおうかな」

「うん……あ、でもその前にスーパー寄っていい?」

「おっけー」


 軽く返して、行き先をスーパーへ変更。


 この町は南区と北区で発展レベルが異なっており、北区には高校、商業施設、駅、住宅町が密集しており、南区に行けば昔ながらの田畑の光景を見ることが出来る。


 入鹿は南区のど真ん中で実家暮らしをしており、伽耶は北区で一人暮らしだ。今向かっているスーパーは、高校と伽耶の家のちょうど中間に存在していた。


「夜ごはんは何がいい?」

「うーん、卵焼きは確定だから、和食かなぁ。何か得意な料理ある?」

「パスタとか得意」


 和食って言ったんだけどなぁと思い、入鹿はオブラートに包んでそれを伝える――


「和食って言ったんだけどなぁ」


 事は無かった。

 横目で彼女を見つめると、黒々とした右目と視線が交差した。


「わ、分かってるわよ! うぅ……そんなすぐにパッと思いつかないの!」

「……そっか、それもそうだね。じゃあ材料見て決めよっか」


 反応を見届けてから同意。


 スーパーに着いた時刻は午後四時三十二分。物騒な世間の都合、主婦の皆様は昼過ぎには買い物を終えるので、スーパーの中はあまり混み合っていなかった。


 しかしあと数刻経てば、今度は仕事帰りの人で埋まるだろう。そんな間の空白の時間帯。


 入鹿は商品カゴを手にして、店内に流れる流行りの音楽を聴きながら進んで行く。


「こっち」


 声を掛けられ伽耶に視線を向けると、彼女はカップラーメンのコーナーを指さしていた。


「不摂生はダメだよ」

「えぇーなんでよ!」


 入鹿と知り合うまで、伽耶の食事はカップラーメンか冷凍食品、はたまたコンビニ弁当のいずれかであった。加えて彼女は偏食気味であるため、栄養の偏りは酷いもの。


 それらを改善させるのが、彼女の家に赴く目的の一つでもあった。

 もちろん他にも下心とか距離を縮めるとか、色々理由はあるのだが。


「なんでも。ほら、こっちゃこい」


 手招きすると不機嫌そうにしながらもやってくる。

 そのまま手と手を合体。恋人繋ぎに戻る。


「ふんっ、入鹿なんて嫌い」


 ぎぅぎぅ握られながら告げられる。


「そっか。でも僕は好きだからプラマイゼロだね」


 ぎぅぎぅ握りながら告げてみる。


「あうっ……うぁぅ」


 結果、彼女は茹でダコのように赤くなり、俯いた。入鹿の勝ちである。


 買い物を忘れイチャイチャし始める二人。しかし寸での所で入鹿は目的を思い出し、彼女の手を引いてさっさと食料品コーナーへ足を運ぶ。


 十二月も半ばに近付いているこの季節。入鹿たちの前に並ぶのは野菜の詰め合わせ。連想するのはただ一つ。


「鍋か」


 悪くない。むしろいい。


「伽耶ちゃんはどう思う?」

「お鍋? うん、いいと思うよ」


 量を少なめにして鍋をオカズにご飯と卵焼きを並べる。――いい。

 それらを想像し、入鹿は野菜と肉をカゴに入れた。

 出汁となるコンソメも放り込み、レジへ。


「はい、入鹿」

「うん」


 会計が近付き、伽耶が鞄の中からブランド物の財布を取り出す。入鹿は躊躇いなく開けて、中にぎっしり入っている万札から一枚引っ張り出す。


 それは入鹿の金ではない。そして伽耶のお金でもなかった。

 財布を見た店員の目が僅かに開かれるが、気にせず会計を済ませて店を出る。


「寒っ」


 乾いた冷気が頬を撫でる。隣では、伽耶が手に白い息を掛けていた。


 入鹿は自身のマフラーを彼女に巻く。すると伽耶は少し驚いて瞼を開きつつも嬉しかったようで口角が僅かに上がっていた。


 しかしそれを入鹿に見られていると気付くと、今度は羞恥から逃れるように顔を半分ほどマフラーに埋めた。埋めて、入鹿を見て、一言。


「ありがと……」

「どういたしまして。それにしても早く家帰って風呂入りたいもんだねー」

「うん。……い、一緒はだめだからね!?」

「それは残念」


 入鹿はわざとらしく肩を竦め、二人はそのまま歩を進めた。

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