第6話 肩車

「なんか校門の前がさわがしいな…」

 七輝とメイの二人は、学園の正門を眺めることができる近くの曲がり角からコソコソと様子をうかがっていた。

「なんかちょこちょこ軍用車みたいなのが見えるんだけど?」

 怪訝な顔で七輝は、自分が半身で覗く下でカバンも地面に放り投げ四つん這いになり学校の方をのぞき見しているメイに意見を求める。

「入学式の警備に軍を動員ですか。いや~さすが名門校!万に一つも許さない、って感じですね~」

 メイは一人でウンウン頷き都合よく納得してしまっているようだった。

「そんなもんなのか…?」

 如何せん七輝にはこの学校の以前の入学式の様子を聞いたことがなかった。

「まあ何でもいいか、ほら、これ以上罪を重ねるわけにもいかないだろ、行くぞ」

「へ?」

「は?」

 さっさとメイを立ち上がるよう促し校門に向かおうとする七輝であったが、彼女は四つん這いの姿勢のまま動こうとしないばかりか、さも不思議そうな顔で七輝を見上げている。

「いやいやいや、何を言ってるんですか?」

 そういうとメイはゆっくりと立ち上がり、スカートを軽くパンパンとはらい、カバンを拾い上げ、七輝の顔にビシッ!と人差し指を突きつける。そして屈託のない笑みで、

「バレない罪は罪じゃないんですよ」

 そう言い切った。

「…………あ?」

 このチンチクリンはなにを言っているのだろうか。七輝のこめかみからピシピシと嫌な音が響き始める。しかし、メイは素晴らしい名(迷?)案を提案したことを誇るようにドヤ顔である。

「というわけで、さあ!行きましょう!」

「何がどういうわけでそうなるんだ!!!」

 七輝の絶叫は完全にスルーされ、メイは七輝の腕を引き正門とは違う方向にぐんぐんと進んでいく。



「で?どこに行くんだよ?」

 二人は学園と外周の塀を回るようにしてめぐらされた道路を歩いていた。腕を引っ張られメイに先導される形で不満顔の七輝がぶっきらぼうに尋ねる。

「さっき学校の敷地の中に森があるって言いましたよね?」

「ああ、そういえばそんなこと言ってたな」

 そのあとの出来事の印象が強すぎて言われるまで七輝はさっぱり覚えていなかったが、なんとなく言われたような気がしていた。

「その森の周りならこっそり侵入してもバレないと思いません?」

「思いません」

「そういうわけで今森っぽい場所を外から探してるわけです」

「ちょっとは人の話を聞けよ…」

 そうこうしているうちに塀の向こう側が明らかにさきほどまでと様子が違う場所までたどり着く。二メートル強ほどある塀の上に木の枝がかかり上部がほとんど隠れてしまっているほど木の茂みが濃い場所だ。そんな様子が数百メートルも続いている。

 メイは周囲の様子をキョロキョロと観察している。

「なあ、マジでやるのか?」

「マジもマジ、おおマジですよ」

 七輝からすれば助走をつければ何とか上る事が出来そうな高さの壁であるが、メイの身長では到底無理な高さである。

「さってと、ここからどうしましょうか?」

「ノープランかよ…」

 腕を組み仁王立ちで塀をにらみつけるチンチクリンは無策であった。

「大体こういう施設の周りって魔術結界とかで守られてるもんじゃないのか?」

「うっ…確かに…」

 そういうとメイはきょろきょろとあたりを見回し、近くに落ちていた棒切れを見つけて拾い上げ、恐る恐るといった様子で壁をつつく。

「………」

「…何にも起こらないな」

「ほら~」

「何がほらー、だ。うーん、俺がおかしいのか?」

 その後メイがさらに長い折れた枝を探し、壁の上部を叩いてみるがやはり警報装置や結界のたぐいが反応するような様子はなかった。とりあえず二人が持っているカバンを中に投げ入れてみたが何の反応も起こらない。

「なんか俺この学校心配になってきたぞ」

「多分、入学式でいっぱい人が来るからうっかりで結界とかに干渉しちゃう人防止とかですかね?」

「人がたくさん来る日に結界オフって、それ防御策としての意味あるのか?」

 七輝は自分がこれから三年間通う学び舎に一抹の不安を覚える。が、何はともあれ魔術的な問題はクリアできた。残っているのは物理的な問題である。ここまでくればもう七輝も学校に正規の方法で入ることはあきらめていたのであった。

「俺は何とかなりそうだけど…」

「なんですか?こっちをじろじろ見て?」

 メイの問いには華麗にスルーを決める。どうしたもんか。塀を触りながら七輝が突破方法を考えていると、離れた場所で壁を見上げていたメイが七輝に向かって右手でチョイチョイと手招きをする。

「?」

 とりあえず七輝は呼ばれるままメイのもとへ向かう。

 メイは自分の目の前を無言で右手で指さしている。ここに立てということだあろうか?

 するとメイが右手をそのままクルクルと回す。今度は回れということだろうか?

 言われるがままその場で七輝がくるりと回る。

「ストップ」

「??」

 ちょうど塀と正対する形になった時にメイが回転を止める。これで壁とメイの間に、メイに背を向ける形で七輝が置かれる形になる。

「なあ」

 上手く状況が読み込めない七輝がメイに尋ねようとするが、そんなことお構いなしにメイが、

「いいからしゃがんで」

 と追加の注文を付ける。

「???」

 ますます状況が読めない七輝が言われるがままその場で膝を折りしゃがみこむ。

「よ~し」

 満足げな声を出しながらメイは今は自分の腕よりも低い位置にある七輝の頭をよしよしとなでる。

「…どういうことなんでございましょうか」

 さきほどから困惑しっぱなしの七輝が、さらなる別のベクトルからの攻撃に頭が付いていかない様子で問いかける。

「ステ~イ、ステ~イ」

 そういいながらメイはガッチリと七輝の頭を両手で掴む。そしてメイはピョンと小さな体を七輝の肩の上にのせる。

「ぐえっ」

「ほらっ早く立ってください」

 ぺしぺしと頭を叩く少女に促されるように七輝は少しよろめきながらも立ち上がる。少女がこのそり立つ壁を突破するために考えた方法は肩車であった。

 はたから見ると、同じ制服を着た男女二人が朝っぱらから肩車をしている様子はどこからかテテーン!というファンシーな効果音でも聞こえてきそうなほどシュールな光景だろう。

「いけ~!長波号!目標、東雲学園の外壁!」

「……」

 自分の肩の上で小さな子供のように無邪気に指示を出す少女に七輝は言葉でなく行動で抵抗する。七輝はわざとグラグラと体を揺らす。肩車する方にとっては何てことない揺れだが、されている方にとっては相当大きな揺れになる。

「わっ!ちょっと!揺れないでくださいよ!」

 落下の恐怖を感じたメイがまたがっている両足に強く力を入れ堪える。自然とメイのふとももの柔らかくあたたかな感触が七輝の側頭部に伝わり、わーあったけえなあなどと考えていたが、足で支えるだけでは不安だったのか両手でがっしりと七輝の髪の毛を掴む。

「あだだっ!髪を掴むな!ハゲるわ!いてぇよバカ!」

「じゃあちゃんとバランスとってくださいよ!こっちだって怖いんですから!じゃないとハゲさせますよ!」

 知らぬ間にいろんな意味で七輝はマウントを取られてしまっていたのでメイの言うことに従うほかないのであった。



 メイの操り人形となった七輝がメイの指示を聞きながら壁と自分たちとの距離を微調整していく。

「もうちょい前…もうちょい…オッケーです!」

 肩車をした状態から腕を限界まで伸ばすことでぎりぎりメイの手が塀の上部にかかる。

 その時であった。

「おい!貴様ら!そこで何をしている!」

 突然の大声が聞こえた方向を見ると、遠くに黒い軍服らしき服を着た男がこちらをにらみつけているのが見える。それは自分たちが歩いてきた方向、つまり学校の正門側から来ている。つまり校門に止まっていた軍用車で来ている警備のために動員された軍人であろう。

「マズイ!バレたぞ!」

 すでに軍服の男はこちらに向かって恐るべき速さで走りだしている。魔術的なブーストを使っているのだろう。

 七輝は無理やり両手でメイのふとももを押し上げ木の茂みの中に入れる。

「ちょっと!どさくさに紛れて触ってませんか⁉」

「しゃべんな!ちょっと黙ってろ!」

 そんなことをしている間にも、もう軍服の男との距離は五十メートルもなくなっている。

(ッ!はええ!)

 塀の中からはメイが七輝を必死に呼ぶ声が聞こえている。

「クソ!間に合えッ!」

 七輝が三角飛びの要領で何とか塀に手をかける。そしてどうにか体を持ち上げ、右足を塀の上にあげることができたとき、

「よし!なんとか

「お遊びはここまでだ。犯罪者」

(マジかよ!あの距離をこの短時間で詰めるのかよ!)

 気がついたときにはすでに軍服の男が七輝の左足首をがっしりと掴んでいた。その力は尋常ではなく、とてもではないが七輝に振り払えるようなものではない。左足に痛みを感じた次の瞬間には激痛が七輝に襲い掛かる。

「さあ、話は本部で聞かせてもらおうか」

 必死に七輝も男に抵抗しようとするが男は全く意に介する様子がないほど余裕の表情である。男がズルズルと七輝を塀の上から恐るべき膂力で引きずり下ろしていく。

(ぐ、ヤベェ…!足も…腕も…持たない…!)

「さっさと観念したらどうだ」

「へへ……悪い…な。初日から…遅刻がバレるわけにはいかねぇんだよ!」

「遅刻?」

 男が不審な声を出した時七輝が耐え切れず、だらんとおろしていた左手をグイッと男の目の前に突き出す。

「受け取れッ!」

 そのまま七輝は指パッチンの要領で指をパチンとはじく。するとそこから閃光が溢れ小さな世界を白く塗りつぶす。

「ぬぅ!」

 男は至近距離で莫大な閃光をまともにくらいうめき声をあげる。

 そして男の目がまともに見えるように回復した時、そこには人の影などどこにも見えなくなっていた。

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