第5話 登校制服デート

 しばらく二人でサイレンの音からなるべく離れるよう走り回った後、頃合をみて目的地である学校に二人は進路を変えた。どう急いでも遅刻は確定してしまったため、二人は急いでも仕方がないといった様子で歩き出した。

 もう登校、出勤時間はとっくに終わってしまっているためか、二人が歩いている大通りには他に人影も車の影も見えない。

 絵面だけなら二人で登校制服デート♡にも見えなくはないが、二人の間の空気は浮気バレのケンカの後ほどに重かった。

(気まずい……)

 七輝かずきは自分の隣を歩く少女メイに対してどう接していいか分からないままであった。

 二人の出会い方があれだけ突飛なものであったのだ。ましてや二人は顔を合わせてはいない状態であった。

 そんな異常な状態であったから気を遣うことなどなく普通に会話はできていた。

 しかし、いざ平静に戻ると赤の他人とどのように会話すればいいのかわからなかった。

 そしてメイも同じような状態であった。ちらちらと七輝の様子をうかがってはいるものの、話しかけようとはしない。

(うーん、この空気どうしたもんか……)

 何とか空気を変えるべく七輝が思案し始めたとき、

「あ、あの長波ながなみさん!」

「う、うん?」

 メイも何とか空気を変えるべく立ち止まり、話題を作ろうと大きな声で話しかけてくる。だいぶ勇気を振り絞ったのだろう、七輝の正面にまわり小さな体をつま先立ちの要領でずいッと七輝に寄せる。

「わ、わわ、私と、と、友達になってくれませんか⁉」

「と、ともだち?」

「はい!友達!ダメですか……?」

 メイの突然の申し出に一瞬固まってしまった七輝であったがすぐに、

「お、おう。こちらこそ。これからよろしくな」

 快くそう答えた。どうせ同じ学校だし顔を合わせることも多いと踏んでの打算的なものも多分に含まれてはいたが。

「はい!よろしくお願いします!」

 メイは自分のいきなりで苦し紛れの提案を受け入れてくれたという安心感からか体のバランスを崩す。そのまま前のめりに倒れてしまいそうになる。

「わっ!」

「おっと」

 メイが倒れるすんでのところで七輝がメイの体を抱きかかえる。

「大丈夫か?さっき走った時にケガでもしたのか?」

「い、いえ大丈夫です、大丈夫ですから…」

 メイの声は先ほどとは打って変わって小さな声であった。

 そしてそのまま七輝がメイを起こそうとするが七輝は無自覚にメイの両脇の下に手をいれ、まるで小さな子供を立ち上がらせるときの要領で元に戻した。

「よいしょっと」

「!」

 自立したメイの様子が先ほどの緊張したような様子から、何やら怒っているように変わっている。

「どうした、ホントに大丈夫か?」

 七輝の問いにメイはわなわなと問いかける。

「今、親指……気づきました…?」

 が、

「親指?悪い痛かったか?」

(…ッ、この男ホントに何も感じなかったのかッ……!)

 メイが何やら自分の胸に手をあて悔しさをにじませている。

「私の成長期はまだこれからだッ……!」

「?」

 七輝はメイの様子を不審に思いながらも、

「いくらもう遅刻が決まっているとはいえあまり遅れすぎるのもマズイだろ、はやくいこうぜ」

 そういってぶつぶつと独り言をつぶやき続けるメイを急かす。

「わかりました……」

 メイの言葉には若干のトゲがあるように七輝には感じられたが、深く突っ込むのも面倒なのでスルーすることに決め再び歩き出す。



「そういえばどうして俺が魔術が使えることがわかったんだ?今でもまだ結構珍しいだろ?」

 先ほどまでの重い空気は払しょくされ、普通の会話ができるほどに二人の間の壁は低くなっていた。

「なんとなくですよ。私天才なんで」

「世に言う天才サマは普通壁にはハマんないぞ?」

 メイは無言でギロリと七輝をにらむが、七輝は目を逸らし気が付かないふりをする。

(どうにもあの話題は地雷っぽいな…気を付けよう)

 そう七輝が自分を戒めると、次はメイが七輝に質問を返した。

「長波さんこそあんな破壊力がでる魔術どこで身に着けたんですか?中学では魔術なんて授業ほとんどやらないし、やってもあんな強力なの習わないですよね?」

「ああ、あれか…」

 メイには質問を受けたときの七輝が一瞬どことなく悲しそうな表情をしたような気がした。しかし、そのあとに続いた返答にはそのような様子は微塵も感じられなかったので自分の気のせいであると思い直した。

「あれは俺のじいさんに教わったんだよ」

「おじいさん?」

「そう、元軍人で噂じゃかなり強かったらしいんだよ。まあ仕事のことはあんまり聞かなかったし、うちじゃあばあさんに頭が上がらないただの親バカだったけどな」

「へえ~おじいさんとおばあさんと一緒に住んでたんですか?」

「まあ義理というか、俺を引き取ってくれた人だから戸籍上は俺の両親にあたるからじいさんって呼ぶのはあんまり正しくないんだけどな」

 七輝は笑ってそう答えたが、メイは七輝には複雑な事情があるのだと察しあんまり深く聞くのも良くないと思い、なんとか別の話題を持ち出そうとする。

「わ、私の魔術もお兄ちゃんに教わったんですよ!」

「ああ、さっきのタロットのやつか。すごかったな。お兄さんは軍人かなにかか?」

「はい、半分」

「半分?」

 七輝はメイから返ってきたあいまいな回答に怪訝そうな声色で七輝は聞き返す。

「お兄ちゃんは今日から学生になるんですけど、学生になる前にもう軍人だったので今は一時的に学生生活を優先するために軍務を停止してもらってるそうです」

「へーすごいな未成年のうち正規軍人って相当な実力が……ん?」

 今、不可思議な矛盾が起こっていなかったか?と七輝はメイの言葉を思い返す。

「お兄ちゃんが今日から学生?」

「そうですけど?」

 メイはさも当然のように答えたが、いま二人で入学式に向かっている途中なのだ。(絶賛遅刻中ではあるが。)

 兄妹が一緒の日に入学?そんな事態普通は起こるはずがない。そこから七輝が導き出した答えは…

「お兄さんってもしかしてアホの子?」

「失礼な!!!」

 すぐさまメイは七輝の答えを否定した。

「違いますよ!私が飛び級スキップしただけです!それでお兄ちゃんと一緒な学年になったんです!」

飛び級スキップ ?」

 七輝は驚きを隠せなかった。飛び級というのは学力や魔術の才能がずば抜けて優秀であるか、よほどの特殊な事情がないとできないというのは七輝も知っていた。

「マジかよ……お前ガチで天才だったのかよ……」

「いや~正直自分でも魔術は得意な方だと思ってましたけど、何で飛び級出来たのかは自分でもよくわかってないですね~」

 メイは本当に自分でもわかっていないような様子で首をかしげている。

「大丈夫かこの国の学校制度……」

「まあ……お兄ちゃんも東雲しののめなんですけど今日は、『入学式ぐらい行かなくても大丈夫だろ』とかいって二度寝し始めてましたけど……」

 そして今の会話で七輝はメイが高校生にしては小柄すぎることにも合点がいった。それにしたって小さすぎるような気がしないでもないが。


 そんな友達としての話ができるほどに打ち解けたころ、二人は閑散とした大通りを抜け、桜が舞い散る学校の正門が見えるところまで来ていた。

 そして何やらその正門付近が騒がしい。二人はそこに多くの軍用車が乱雑に止められているのを見つけた。

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