第3話 バレなきゃ問題ねぇ

「いや~いろいろあってこうなったしだいで」

「なにがどうなってそうなったんだよ……?」

 顔の見えない壁から生えた尻と会話する、なんともシュールな光景が静かな路地裏で続いていた。

「とにもかくにもとりあえず私をここから助け出してもらえませんかね?」

「俺にどうしろってんだよ?押してみるか?」

 カバンを置き一応ためらいながら、少年はコンクリート塀から生えた尻のちょうど根元部分、おそらく少女の骨盤あたりであろう場所を触る。

「ひゃん‼」

 小さなかわいらしい悲鳴とともに尻がビクンッ!と跳ねる。

 少年はこそばゆかったのかと思いとっさに手を引いたが、今度は尻が八の字を描くように動きだし、さらに足をパタパタと動かす。

「……変なこと考えてないですよね?ね?」

「?なんだよ、変なことって?このままやっぱりスルーしたほうが後々トップニュースになったりして面白そうって考えていることか?」

「鬼!悪魔!勝手に乙女のお尻を触るヘンタイ!スマホに語りかけるイタイ人!」

「スゥー……」

 少年は元来た道を戻るべくカバンを拾い直し、

「じゃあ俺はもう行くから」

 こめかみに青筋を立てながら無慈悲な別れを告げた。

「わー!待った待った待った!すいませんでしたイタイ人!もう言いませんから!」

「誰が痛い人だ!お前反省してないだろ⁉妖精にでも頼め!」

「あなただって私をお前呼ばわりしてるじゃないですか⁉おあいこですよ、おあいこ!」

「おあいこなら俺は今からお前を尻ハマりアホ子と呼ぼう」

「やめて、ください、おねがい、します」

 少年の、小学生もビックリなネーミングセンスに少々引きつつも、完全に場の主導権は男が握っているので少女は仕方なく謝る。

 少女の声は呪詛でもかけるような誠意など微塵も感じることのできない嫌々の謝罪であったが、とりあえずの謝罪があったということでしぶしぶ少年はカバンを再びおろし、この少女の救出手段を真面目に考え出す。


「ちょっと痛くするぞ……大丈夫、ゆっくりいくからな?」

「ん……そんなに気を使ってもらわなくても大丈夫ですよ……」

 静かな薄暗い路地裏だからであろう。少女が壁の向こう側で小さく息を吐いた音がこちら側まではっきりと聞こえてきた。

 少年が小刻みに震える少女の腰をしっかりと両手で掴む。

「あっ……」

「じゃあ……いくぞ……」

「はい……お、おねがいします……ん……」

 両手にぐっと力をこめ前のめりになり男の全体重を少女の体に預ける形になる。

「ぐっ………大丈夫かっ…⁉」

 少年も額に汗を浮かべつつ、辛そうな吐息を漏らす少女を気遣う。

「…い………」

「い?」

「痛い痛い痛い痛い!!!!体ちぎれる!!ストップ、ストップ、ストップ!無理無理無理!!!」

 少年はとりあえず全力で尻をおしてみたのではあるが、悲痛な叫び声がこだまするだけでガッチリと壁にハマった尻は全く動く気配などなく、状況は何も変わらないのであった。

「うーん…無理っぽいなぁ」

「はぁ、はぁ、う、うぇぇ…、もうこの方法はパスで……死ぬ……」

 ぐったりとした様子の少女が、えづきつつ同意を示した。


 どうしたものかと少年が腕を組みながら考えていると再び壁の少女が足をバタバタさせながら語り掛ける。

「なにか便利な魔術とか使えないんですか?こう、人が壁にハマった時用の巨大な人間用釘抜きをだす魔術とか?」

「なんだそのピンポイント過ぎる魔術は。あるわけないだろ。それに大体こんな公の場所で堂々魔術使ったのが軍にでもバレてみろ、一発で補導だぞ」

 少年が少女の突拍子もない質問に呆れながら答えた。しかしどうしようもなくなったら魔術を使うこともやむなしと少年が考え出したところに、また少女が言葉のストレートを投げる。

「使えない人ですね」

「さようなら」

「スイマセンデシタ」

 そんな不毛なやり取りを何度か繰り返した後、少年は何かを思いついたようにつぶやく。

「釘抜き……ハンマー……ピンポイント……いけるか……?」

 直後、少年が尻に向かって話しかける。

「なあ、お前」

「は~い?」

 さすがに疲れが見えてきたような少女の覇気のない返事が返ってくる。

「この壁の穴、魔術で直すことだったらできるか?」

「多分できますけど……そんなの聞いてどうするんですか?今はむしろ壊してほしいんですけど……あ」

 少女は壁の向こうの少年の質問に何か嫌な予感を感じ取っていた。そしてそれは悲しいかな大正解であった。

「ちょ、ちょっと待って。それはどうなのかな~?主に私の安全性の面において重大な問題があるように思えてならない、いや絶対問題しかない!」

 少女は早口に答え、それはダメ!ストップ魔術!などの言葉を矢継ぎ早に放ったが、少年からの返答はなかった。しかしその無言の圧が、確実に少女にとって危険なものであることは容易に理解ができた。できてしまった。

「おい、イタイ人!公の場での魔術の使用はマズいんじゃなかったのか!なんとかいえ!」

 ガシャガッシャン!!と壁の向こうからはすでに最悪の予想の結果ともいうべき音が聞こえていた。何か重そうな工具のようなものを魔術で召喚び出したのであろうか。

 そして少年からの簡潔な答えが返ってきた。

「バレなきゃ問題ねぇ」

 直後、

 ドゴオォォォン!!!!

 巨大な破壊の爆音が閑静な住宅街に響き渡った。

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