episode2 シミュレーション

「なー、あのビデオのA君は、Cに似てたよ」

帰りがけ教室を出たとこでクラスメイトのEが言う。

「えっ?なんだよそれ」

ニヤッと笑ったEは無言で先に出口に向かった。


2048年

個人情報の悪用が増え、普段の生活でも匿名を使用する改正法案が可決され、昨年から学校や職場でイニシャルやその場のルールに従って、お互いの呼び名が決められた。


うちの学校では、旧の出席番号の順にアルファベットで呼ぶことになった。

(ちなみに少子化のため、どの学校もぼぼひとクラスで、26名以下になっているため、アルファベットで足りる)


『俺はあんなにナヨッとしてないよ』

心の中で否定しながら、僕も教室を後にした。



学校からの帰りがけコンビニに寄ると、そこにはiがいた。


「よー、今帰り?」


すでに私服になってたiに声をかけられた。


「あー、iは出かけるの?」

「うん、塾、中3だからいよいよ受験体制って感じ」

「そっか、たいへんだな」

「ってか、他人事ひとごとかよ(笑)」


そういうとiは自動精算機の前で手のひらをかざした。


「あ、i、入れてんだっけ?」

「えっ?あー、この春休みに入れた。やっぱチップの方が無くさないし、身分証明になるし、財布もいらないから、やっぱ便利だよ。Cも入れたら?」

「んー。まだ、ちょっと抵抗あんだよね」

「そっか、じゃあ行くわ、また、明日」


2045年、それまで一部企業などが実験的に導入していた人体へのマイクロチップの埋め込みはついに解禁され、15歳以上で希望する者には無償で埋め込みができるようになった。

うちのクラスでもすでに3分の2くらいはチップを入れている。

これにより、面倒なID照合やクレカの持ち歩きも必要なくなり、あらゆる交通機関(タクシー含む)も使え、小銭やICカードもいらなくなった。

今のようにコンビニでも手をかざすだけで決済できる。

でも、僕はまだ入れるのを躊躇ちゅうちょしている。

身体への影響の心配よりも、行動を国に監視されている(GPS機能があり、チップ利用者の所在はすぐにわかる)気がして、抵抗がある。

スマホでも行動は把握されているのだが、チップはスマホのように手放すことができないと思うとまだ一歩踏み出せなかった。



次の週の「恋愛」の時間がきた。


「はい、今日はみなさんにアプリをダウンロードしてもらいます。

スマホを持ってきましたか?いつもは授業中スマホをいじってたら即没収ですが、今日はOKですよ」


当たり前のことをいうのが松っちのよくわからないところだ。


「はい、ではまずそのアプリを開いてみてください」


アプリに触れるといわゆるSNSチャットの画面が開いた。

そして、いきなり『はじめまして!」と始まり、そこには制服で後姿の髪が短めの女子のアイコンがあった。

女子のスマホを覗くと同じく後姿の男子で、なぜか学ランを着ていた。 


「えーなにこの制服、ダサッ!」 


案の定、女子受けは悪かった。


「はい、では、皆さんの彼氏彼女になるかもしれない人ですので、まずは自分で相手の名前を決めてください。そして、早速返事をしてみてください」


名前…女子の名前なんて久しく聞かない。

小学校までは母親がよく近所の女の子を名前で呼んでいたけど…んー、そうだ。”りん”にしよう。僕の好きなゲームのキャラだ。


「初めましてりんちゃん、よろしくお願いします」

「こちらこそ、よろしくC君」


なぜか僕の呼び名を知っていた。


「はい、会話が進んでいるかな?もう気づいていると思うけど、相手はAiです。各自の恋愛パターンは全く違います。正確には分かりませんが、数百万通りの恋愛パターンがあるらしいので、まず他の人とパターンがかぶることは在りません。なので、それぞれがオリジナルの恋愛を楽しんでください」


「えー、どこまで楽しんじゃっていいのかなぁ」


お調子者のJが突っ込みを入れる。


「ハハハ、好きなだけ楽しんでいいよ。ただし!」


松っちが急に強い口調になった。


「あくまで恋愛シミュレーションです。くれぐれも相手のAiに本気にならないでくださいね。本気になってしまうと大変なことになりますから」

「何ですかたいへんなことって?」

「いや、要は本当はいない相手に恋愛感情を抱いてしまったら、あとでつらいでしょ。そういうことです」


さっきの強い口調とは違い、少し歯切れが悪い回答だった。


その日から三週間Aiの"りん"とやり取りをして、毎週「恋愛」の授業で進捗レポートを出し、何人かは発表もさせられた。


「C君はゲームが好きなんだね。私も恋愛シミュレーションゲームは好きだよ」


思わず吹き出した。

恋愛シミュレーションをしているAiから「恋愛シミュレーションが好き」という言葉を聞くとは思わなかった。


「そうなんだ。じゃあ、趣味とか合いそうだね」


授業でもらったマニュアルによると距離を縮めるにはお互い共通の話題を作ること。

それには趣味が最適であることが書かれていたので、その通り実践した。


するとりんから顔を赤らめたスタンプが送られてきた。

可愛らしさの演出だとすぐに読めたが、楽しむためにもあえて作戦に乗って僕からもウインクしているスタンプを送った。


「なんだか、私たち気が合いそうだね」


りんが言った。


「うん、趣味も合うし、なんか、今までお互いを知らなかったなんて嘘みたいだ」

「私もちょうど同じことを考えてた」


そしてハートマークのスタンプを続けて打ってきた。


「あ、いつの間にか1時過ぎてた。明日も早いからそろそろ寝るね」

「あ、うん、ちょっと寂しいけど」

「大丈夫、夢の中で会えるから」


歯が浮くようなセリフもシミュレーションだから言える。


「C君、私もあなたの夢みるね。おやすみ」


すかさずハートスタンプ


「おやすみ、また明日」


僕からもハートを送ってその日のやり取りを終えた。


授業の一環とはいえ、少しのめり込み過ぎかもしれない。

明日はもう少し早く切り上げよう。


その晩、僕は、本当にりんの夢を見た。

顔はボヤけてはいるが、一緒に公園のベンチに座ってたわいない話をしている。

夕暮れ時、みるみる太陽が沈み辺りが薄暗くなる。

りんが、急に僕の手を握り自分の胸に当てさせる。

僕はドキッとして、一瞬手を引こうとするが、りんは力を込めてその柔らかな所に僕のてのひらを当てがわせる。


これが女子の胸…。


柔らかくそれでいて弾力があり、でも当てられた手を動かすことは出来なかった。


ハッと目がさめる、辺りはまだ薄暗く、時計の針は午前5時を少し回っていた。

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