episode1 恋愛授業
4月
「さて、中3の皆さん進級おめでとう。今日から"恋愛"の授業が始まります」
「マジやるんだ!」
「キャー、やば〜い!」
「静かに!いいですかぁ、これはおふざけの授業じゃありません。皆さんも知っての通り、今日本の出生率は0.8人、毎年新生児が生まれる数は50万人をきろうとしてます。代わりに亡くなる人の数は…」
現在の日本の人口は9700万、その内15歳未満の児童数は930万、
対して65歳以上人口は3700万、4300万の労働人口で高齢者年金と子どもの教育費を賄っている。そんな現実は学校や親からも散々聞かされている。
今さら「
さらに言えば、結婚もしてない人間から「恋愛」の授業を受ける理不尽さもどうかと思う。
「はい、では、今日は初日だからまずはビデオを見てもらいましょう」
松っちは教室のカーテンを閉めさせて有機ELのVR投影機にマイクロSDを差し込んだ。ディスプレイから中学生の男女の3D映像が浮かび上がってきた。
【Chapter1 出会い】
と題名が出た。
映像は少しナヨっとして頼りなさそうな男子がスマホをいじる場面から始まった。
どうもSNSのグループチャットをやっているようだった。
その頼りなさそうな男子が
「え、この子、前もこのグループに入ってきたな。どんな子なんだろう…」
チャットなので相手のアカウント名(もちろん本名ではない)とアイコンの写真(おそらくその子が飼ってる猫)しか、わからなかったが、何故か自分の発言に
というシチュエーションらしい。
それから、その少年AとB子は、次第にグループチャットの中で直接会話を交わすようになってきた。
次の場面に切り替わる。
【Chapter2 相手を知る】
今までのチャット内での会話を総合するとB子は隣学区の中2で英語が好きで、部活は吹奏楽部で1年の時に大会で金賞を獲ったことがあり、趣味はアニメ鑑賞とコミケに行くこと(ただしコスプレヤーではなく、主に観るほう)
僕(A)もアニメ好きで、コミケにもたまに行くことがあったので、その辺りの話から、より親密になった。
そんなチャットを毎日続けながら、僕の気持ちの中に、もっとB子を知りたい。出来たら写真が欲しい。そんな欲望を感じ始めた。
【Chapter3 告白】
タイトルが出たところで松っちがビデオを止めた。
「えー、ここでは告白となってますが、いわゆる付き合ってください的な告白ではなく、あなたをもっと知りたい、直接的には写真や電話番号の交換とかを促すための告白です。では、続きを観てみましょう」
グループチャット中に僕はあることを考えていた。彼女とDM(ダイレクトメッセージ)をしたい、という欲望がふつふつと湧いていた。
そんな時、B子があるアニメの話題を僕に振った。
僕はチャット上で答えつつ、ついにDMでB子に『このアニメについてもっと語り合いたい』と送った。
心臓の鼓動を感じ、目はチャットを追っていたが、内容は全く頭に入ってこなかった。
彼女から返事がないまま、チャットが2行、3行と流れていく。
その時、DMが入った合図のチャイムがなった。
震える手でメッセージを開く。
『うん、私もあなたともっと話したい』
「やったぁ!!」
普段出したことのない大声で叫んだため、階下から母親が驚いて声をかけてきたが、「なんでもない」と言ってその場をしのぎ、一人ベッドに転がって次の彼女へのメッセージを考えていた。
【Chapter4 お互いを知る、理解しあう】
グループチャットより徐々にDMのやり取りが増え、僕は彼女のことをさらに知りたいと思い、遂にお互いの写真交換を申し出た。
それに対しB子は『ブスだからがっかりする』とか『デブだから自信ない』となかなか応えてくれなかった。
そこで僕は、一定の理解を示しつつ
『わかった、じゃあ僕の写真を送るから、まずは見てよ』
そう言って一番気に入っている自分の写真をB子に送った。
返事がくるまで1分くらいの沈黙(元々声など出てないが)のあと
『割と…タイプです』
と返事が返ってきた。
「割と…」
これは良く受け取るべきなのか、無理やり言ってくれたのか…。
でも、僕は深く考えることをやめて「タイプです」のところだけを何度も
ここでまた松っちがビデオを止めた。
「さて、ここは大きなポイントです。その理由がわかる人?」
教室がざわめいた。
「はい!」
学級委員長が手を挙げた。
「はい、委員長」
「おそらくですが、考え方をポジティブにというところでしょうか」
「さすが、委員長、正解です」
ポジティブに考える?
「委員長の言う通り、A君は、写真を送った後に、B子から『割と…タイプです』と言われて、「割と」のところは考えずに、そのあとの「タイプです」だけを反芻したと言ってます。つまり、自分に都合の悪い要素は考えずに、優位な事だけを受け入れる。これは恋愛の初期において鉄則です」
それって相当身勝手だし、都合のいいことしか見ないってことは相手の気持ちを考えないことではないのか?
僕(現実の自分)は納得がいかなかった。
「君らの中には自分勝手な考えだと、納得がいかない人もいるかもしれませんが、こと恋愛初期においてはポジティブに物事を考えないとその先に進めません。まずは、前に進むこと、そうしないといつまでたっても発展はしないものです」
松っちが言うと説得力がないためか、僕はまだ納得しなかった。
「では、先に進みましょう」
【Chapter5 初デート】
あれから、何度かB子とDMをやり取りして、数十回が経過したころ、やっとB子も写真を送ってくれた。
写真で見る限りは太ってもいない(全身像は分からないが、顔の感じは太ってない)し、目が大きめでクリッとしていて、小動物みたいな可愛さがある。それに身長も151㎝と聞いて安心した。(僕は166㎝しかないので、背が高い子は苦手だ)
そして、ついに彼女と映画(もちろんアニメ)を観に行く約束を取り付けた。
さらには、携帯番号もゲット、ついに彼女の声を聴くことが出来た。
その声は、まさにアニメ声で僕の一番好きな声優に似ていた。
ついに初デートの日
駅前のカフェの前で待ち合わせした。
僕は緊張しているせいもあり、待ち合わせの30分も前にそこに到着してしまった。
目はスマホを見ているが意識は僕の周りの人の動きに
「あのぉ、A君ですか?」
「あ、はい!えっB…子さん?」
「はい」
そういうと彼女は頬を赤らめて
『かわいい!!』
心の中で叫びガッツポーズをした。
申告通り背は小さく、今日は少しフリル多めのワンピースで、でも、スカート丈はちょっとミニ気味でとても似合っていて、片側に白い花模様のあるカチューシャをつけていた。
僕のアニメオタク心を十分にくすぐった。
「あ、じゃあ、行きましょうか」
こうして僕らの初デートは始まった。
余裕を持って映画館に入り、定番のパンフの購入(僕が彼女の分も買った)、これまた定番のポップコーンとコーラを買った(これも僕が買った)
二人で指定された席に座ると彼女が
「あのぉ、パンフ見てもいいですか?」
「もちろんです」
そういって持っていたパンフレットを渡した。
ペラペラとページをめくる横顔をそれとなく見る。
横顔もかわいい、それほど鼻は高くないが、目の大きさとバランスが取れていて、それにあごのラインがちょうど鼻の高さと同じくらいでいわゆる美人の比率だった。
その時、彼女が僕の視線に気づいたのか、こちらを「ん?」という顔で覗き込んだ。
『死んでもいい』
心の中で人生の中で一番幸せな時と感じていた。
その後は上映が始まったが、あまり集中して映画を観ることができなかった。
「すっごい面白かったですね!」
映画館を出ると彼女が嬉しそうに話し出した。
「うん、最高だったね」(ほんとはそこまで感じられてない)
「あ、よかったら、感想会しません?」
そういうと彼女は近くの個人経営っぽい喫茶店に入った。
「あ、クリームソーダください。A君は?」
「あ、えーコーヒーを」
「わぁ、A君て大人ですね。私まだコーヒーっておいしいって思えなくて。ガキンチョですね」
そういうとその可愛らしい笑顔を僕に向けた。
とろけそうだ。
本当は僕もコーヒーのうまさなんて全く分からない。オレンジジュースとか飲みたかったけど、つい彼女の前で「コーヒー」っと言ってしまった。いや、言ってみたかった。
飲み物が来ると、さっきの映画のパンフレットをお互いに出して、感想会を始めた。
その中で僕と彼女の映画を見るポイントがすごく似ていて、考え方もどことなく似ている感じがした。
『運命…』
心の中で勝手につぶやいていた。
【Chapter6 スキンシップ】
エピソード名が出ると教室がざわついた。
「スキンシップってぇ?」
クラス一のお調子者のJが変な声をあげた。
松っちがビデオを止めて、答えた。
「いいですか、スキンシップって言うのは言葉通り、ふれあいです。手をつなぐこと、腕を組むこと…」
「それからぁ?」
再びJが発言すると
「君たちが想像した通り、キスも入る」
「うぉー!」
「きゃー!」
男子も女子も一様に反応した。
松っちが続ける。
「いいですか、スキンシップはとても大事な行為です。人が愛を育み、愛を表現する手段として、これは太古の昔から大事にされてきた行為です。
これが無ければ、今の君たちも、もちろん先生もこの世に生まれてこなかったのですから」
「うわぁー!」
「マジやばーい!」
スキンシップの延長線上を想像して思春期真っ只中の連中が騒ぎ立てる。
体はどんどん大人になっていくけど、心がついていってない自分のことを歯がゆく感じる。
「とにかく、続きを観ます!」
松っちが、奇声を
今日でデートも3回目、場所も少し遠出して彼女が行きたがっていた遊園地に向かった。
「楽しみぃ、A君は遊園地好き?」
「もちろん!」
と笑顔で答えたが、実はジェットコースターやバイキングみたいな揺れる乗り物は小学校の時、酔って吐いてからトラウマになって、それ以来乗ってない。
今からジェットコースターをどう拒否るかを思案していた。
「ついたねー何から乗ろうか?」
「あ、まずは遊園地が見渡せる、あの観覧車はどうかな、それでどれに乗るか見ながら決めようよ」
「賛成!」
まずは、少しだけ時間稼ぎができた。
「へぇー結構高いねー、ほんと遊園地全体が見渡せる」
「だろー、ほら遠くに富士山見えるよ」
「ホントだー!すごーい、晴れて良かったねー」
そんな会話で繋いでいたが
「さて、どれ乗ろうか。あ、ジェットコースターあそこにある。私ジェットコースター大好きなの、時間あったら2回乗っていい?」
「もちろんいいよ」
いいわけない。あいにくチケットも乗り放題だから、チケットが足りない作戦も使えない。
どうする、正直に言うか、でも、あんなに楽しそうな顔を曇らせたくない。
「さて、皆さんならどうします?」
松っちがビデオのポーズボタンを押して尋ねてきた。
「俺なら言うな、マジ無理なものはムリだし」
「えー、私なら言われたらガッカリ、男子なんだから少しくらい我慢して欲しいな」
女子からの
「では、続きを観ましょう」
観覧車を降りると彼女は一目散にジェットコースターを目指した。
勢いにつられて後を追ったが、ジェットコースターからの叫び声が近づくにつれ、足が重くなった。
僕の異変にB子が気づいた。
「どうしたの?なんか顔色悪いよ」
「あのさ、実は…」
恥を忍んでジェットコースターや酔いそうな乗り物が苦手なことを告白した。
これで今日の遊園地デートは台無し。もう会ってくれないかもしれない。
「なんだーそうなの?もっと早く言ってくれればいいのに」
その口調は特に怒っている感じじゃなかった。
「A君、人間誰でも
そういう時は無理しないで言ってね。そんなとこで気を遣っても疲れちゃうでしょ。お互い楽しくなきゃ付き合ってる意味ないよ」
B子の優しい言葉の中に衝撃の言葉があった。
『付き合ってる』
僕たち、付き合ってるんだ!
嬉しいのと恥ずかしいので、自分の顔が熱っぽくなっているのを感じた。
「わかった?」
ハッ、一瞬自分の世界に入ってた。
「ごめん、わかった。もう無理しないよ」
「OK!わかればよろしい」
そういうとB子は、僕の鼻を彼女の柔らかな指先でフニャっと押して可愛い笑顔をくれた。
『恋』
その一文字が僕の脳内を占拠した。
「じゃあ、あっちのメリーゴーランドなら大丈夫?」
「うん!」
と答えた瞬間に彼女は僕の手を握り、勢いよく駆け出した。
初めてのスキンシップ、彼女から手を握られるとは思わなかった。
昨晩、どのタイミングで手を繋ぐか作戦を立てて眠れなかった僕の努力は嬉しい誤算により水泡に帰した。
【Chapter7 初めてのスキンシップ2】
わかりやすい題名だ。
教室が急に静かになって、次の場面への期待感が溢れていた。
松っちの口角が少し上がった気がした。
「ほんとに大丈夫?」
「大丈夫、怖くないから」
僕らはARのおばけ屋敷の列に並んでいた。
さっきのジェットコースター事件(?)以来、僕らは手を繋いでいるが、B子の手はこの列が進むにつれ、より力が入り、じっとり汗ばんできていた。
「ねぇ、無理しない約束だよ。怖かったらやめていいんだよ」
もう一度念を押した。
B子はアニメの可愛いキャラみたいにフルフルと首を横に振り
「大丈夫、でも、入ったらA君、守ってね」
胸がキュンとした。
下から見つめて懇願される表情を見たら、
『たまらん!』
と大声で叫んで今すぐ抱きしめたい衝動を何とか抑えていた。
いよいよ順番が回ってきた。
係員がヘッドセットをつけてくれながら
「めったにないですが、時々迷って脱出不能になる人がいます。
どうしても無理そうな時はヘッドセットのこのボタンを押してください。係員が参りますから」
かえってその注意が怖さを倍増させたらしく、B子はさっき以上に体が
別な意味で僕の心臓は高鳴った。
入口から長い通路を抜けると、AR画面は病院の手術室を映していた。
中央の手術台に掛けられた緑色っぽい布が、手術待ちの患者を載せていることを表すためにぷっくりと膨れていた。
「ヒッ!」
B子は声にならない声をあげるとさらに力強く僕の腕にしがみついてきた。
その時、意外な感触が僕の二の腕を通して脳に伝わってきた。
『想像以上に胸あるな…』
絶対に聞かれてはならないセリフを頭の中でつぶやいた。
手術室を抜けると、少し安心したのか、B子の力がフッと抜けた。
その時、幽霊に扮した脅かし役が、物陰から奇声と共に表れ僕らの周りを一回りして今来た通路のほうにはけて行った。
B子は特に悲鳴をあげることもなくやり過ごしたようだった。
「怖がらなかったね」
僕が顔を向けると、彼女の肩が小刻みに震え出し、引き
ヘッドセットで目は隠れていたが明らかに泣いている。
「B子ちゃん、しっかり!」
彼女の両肩を掴み揺するが、まだ、引き攣ったままだ。
慌てて僕は自分のヘッドセットを取り、声をかけて、彼女のヘッドセットも取り軽く頬を叩いてみた。
その途端、ハッと我に返ったB子は、一瞬周りを見回したかと思うと僕の存在に気付き、思い切り抱きついてきた。
不意を突かれて少しよろけたが、何とか彼女を支え止めて、勢いに任せて彼女を抱きしめた。
『おばけ屋敷バンザーイ!』
彼女には申し訳ないが、こんなラッキーはめったにない。
「A君?私いったい」
抱きしめられながら、正気を取り戻したB子は自分の置かれている状況を把握しようと懸命だった。
「大丈夫、僕が守るから」
我ながら歯の浮くセリフを吐いたが、このシチュエーションなら何となく違和感はなかった。
「ありがとう、嬉しい」
そういうとB子は僕の胸に顔を埋めた。
今度はさっきのような発作的な動きじゃなく、ちゃんとB子の意思を持って僕に抱かれている。
そしてB子は顔を上げ、僕を見つめるとそのまま目を閉じた。
『まさか』
人生初めてのスキンシップを一日の中で二段階もステップアップする機会に恵まれるとは。
正直ビビっていたが、でも、ここで応えなければ、男が
僕はB子の背中に回していた腕にグッと力を込めて、彼女の唇めがけて顔を近づけた。
「ガチッ」
ちょっと歯が当たった。
でも、概ねうまくキスできた。
おそらく5秒にも満たなかったと思うが、僕には時が止まって感じられた。
「はい、今日の授業はここまでぇ〜」
松っちの号令で教室のカーテンが開けられ、午後の眩しい陽射しで一瞬目が眩んだ。
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