第13話

「ノア様。

 レーナがハーン家から逃げ出しました」

「なに?

 どういう事だ?!」


「もしかしたら、我々の策略に気が付いたのかもしれません」

「あんな忌み子に、そんな知恵などあるものか」

「しかしながら最近は、ハーン夫妻に隠れて魔導書を読んでいました」

「ユリアと言いレーナと言い、忌み子の分際で、偉そうにしやがって」


「どういたしましょうか?」

「少々躾が必要だな」

「捕らえられるのですか」

「ハーンの馬鹿には任せておけないだろう」

「はい」


 レーナの婚約者である、シューベルト侯爵家次男のノア・シューベルトは、帝国から貸し与えられている密偵を使って、大公国のあらゆる情報を手に入れていた。

 いや、帝国が大公国の貴族を懐柔して、大公国内の密偵網を張り巡らせていた。


★★★★


「我が婚約者殿。

 そんな幼い身で、早くも不義密通ですか?

 流石忌み子ですね!

 破廉恥極まりない!」


 私が治癒魔法を使い、フィン団長達に認めて貰った直後に、何処からともなく、私の婚約者のノア・シューベルトが現れました。

 そうです。

 帝国に大公国を売り渡した、売国奴のノアです。


 ノアの実家であるシューベルト侯爵家は、大公国では有数の名家ではありますが、帝国寄りの発言が多いと聞いています。

 私と御姉さまが産まれた時には、二人とも殺すように、父上様と母上様に進言したという噂さえあります。

 絶対に許すことが出来ない、憎い相手です。


「何故黙っているのかな、レーナ。

 いや、黙るしかないかな、レーナ。

 真実を言われたのだからな。

 だが私は寛大だ。

 忌み子の尻軽でも、教育的折檻で許してやろうではないか」


 バチバチバチ―ン


 嫌味たらしく言いながら、欲望に濁った眼を私に向けて、鞭を片手にニタニタした気色の悪い笑顔を浮かべていたノアの顔に、三つの白手袋が叩き付けられました。


「この腐れ外道か!」

「こんな小さな子に何を言ってやがる」

「それが婚約者にかける言葉か」

「「「決闘を申し込む」」」


 私には、一体何が起こっているのか分かりません。

 そもそも、何故ノアが、私がここにいるのを知っているのでしょうか?

 それに、私を罵るノアに、何故フィンとアローンとテオが、決闘を申し込むのでしょうか?

 全く理解不能です!


「な?!

 何を言っている!

 徒士家の。

 それも部屋住み風情が!

 侯爵家の私に、決闘など申し込めるか!」


「大公国の法も理解していない、愚かなおまえに聞かせてやろう。

 大公国法は、剣を捧げた婦女子への無礼に対しては、士族以上であれば、決闘を申し込む権利があるのだ。

 しかも、白い片手袋を顔に叩きつけられた士族以上は、それに絶対応じなければならないのだ」


 沈着冷静な、副団長のアローン・ワイスが、とうとうと語っています。

 いえ、ノアを追い込んでいると言えるでしょう。


「何をふざけた事を言っている。

 そんなふざけた法など、シューベルト侯爵家の力で揉消してやるわ!」


「ここにいる全員が、成り上がりを目指しているんです。

 貴方の話を聞いていると、この方は、ハーン伯爵家のレーナ様のようですね。

 だとすれば、貴方の暴言は、大公殿下の逆鱗に触れるのではありませんか!」


 アローンに言い負かされたノアは、真っ青になって、ぶるぶると震えています。

 売国奴が、臆病なモノです。

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