第3話

「まだ殺すなと言っただろうが」

「だってあなた」

「だっても糞もない。

 今殺したら、元の子もないだろうが」


 朦朧とした意識で、憎い養父母の会話が耳に入る。

 殺されなかったのか?

 助けられたのか?

 さっきまでの事は、夢だったのか?


 だが、私を殺そうとしたのは間違いない。

 今の話も、時期の問題だけで、殺そうとしている事に違いはない。

 問題は時期なのだ。

 今はまだ、私を殺す事が出来ないのだ。


 だったら、その時間を有効に利用する。

 でもそれほど時間は残されていない。

 シューベルト侯爵家のノアが、養父母を殺す。

 そして大公国は、帝国に併合されてしまう。


 何としても、ここを逃げ出さないといけない。

 でも、今は体力が全くない。

 吐き気がするほど嫌だが、養父母、いや、ハーン夫婦の助けが必要だ。

 砂を噛む思いで、食事を乞わなければならない。


「御嬢様。

 食事でございます。

 後でかたずけに参ります」


 何の愛情も感じない、冷たい言葉だ。

 主人であるハーン夫婦が虐待しているのだから、仕える侍女も私の事など塵芥のように扱う。

 今に始まった事ではないので、もう涙も浮かばない。

 むしろ頭を下げて乞う前に、食事が出された事を幸運だと思う。


 更に幸運なのは、出された粥に穀物が多い事だ。

 こんなものを出してもらえたのは、成長期の間だけだった。

 ある程度身体が出来てからは、水のように薄いオートミールと、精白滓で作った黒パンばかりだった。


 一匙もこぼすわけにはいかない。

 おかわりは、絶対にもらえないのだ。

 行儀は悪いが、顔を近づけて食べないといけない。

 だが、身体の感覚がおかしい。


 高熱を出した後だから、仕方がない事だ。

 しかし、眼までおかしいのだろうか。

 手が異様に小さく見える。

 こんな状態では、オートミールをこぼしてしまう。


 実際にスプーンで食べる前に、練習してみなければいけない。

 だが、掴んだスプーンが異様に大きい。

 身体が小さくなっている!

 何か異常な事が起こっている。


 考えるの。

 いえ、考えるまでもないわ。

 悪魔が願いをかなえてくれたのだ。

 あんな返事をしたのに、願いをかなえてくれた。


 いえ、あんな返事をしたから、このような形になったのかもしれない。

 でも、侍女が驚いていない所を見ると、身体が縮んだわけではないのだ。

 時が戻ったのだ。

 悪魔も言っていたではないか、この手で復讐させてやると。


 だったら、過去に戻してくれたと言う事だ。

 過去に戻れたのなら、幾らでも時はある。

 何度も虐待で死にかけたから、どれくらい過去に戻れたか、正確な時は分からないが、この身体の大きさなら、十歳前後だろう。


 今からなら、幾らでも報復の機会はある。

 その為には、力を蓄えないといけない。

 味方を作らなければいけない。

 単にハーン夫婦を殺すだけなら、方法など幾らでもあるが、帝国の暗躍に対抗するには、私の力だけでは無理だ。

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