第2話

「御父様。

 御母様。

 レーナとハーン夫妻の様子がおかしいとは思われませんか」


「ユリアもそう思うか」

「はい」

「私もそう思っていました」


 大公クルトと大公女ユリアの会話に、大公妃サラーが加わった。

 どうしても黙ってはおられなかったようだ。


「ユリアが病弱ではないのに、レーナが病弱だというのはおかしいと思います」

「そうだな。

 ハーン夫婦の言う事には、前々からおかしい事が多いと思っていた。

 婚約者のノアも同じことを言うから、信じていたのだが、グルかもしれぬ」


「そうですわ、御父様。

 ハーン夫婦とノアには邪悪な気を感じます」

「ユリアが言うのなら間違いあるまい。

 今迄は帝国や有力貴族の手前、レーナを取り戻すのを我慢していたが、ユリアが聖女の認定を受けたからは、断行しても大丈夫であろう」


「はい。

 私は、レーナを取り戻すために、今日まで修行してきました」

「ええ、ええ。

 貴方の努力は、母である私が誰よりも知っていますよ」


「うむ。

 ユリアの努力は、余も十分理解しておる。

 その努力を無駄にしないように、軍を動員して貴族家を討伐してでも、レーナを取り戻してみせる」


「貴男。

 ようやく、レーナをこの胸に抱けるのですね。

 双子を忌み嫌う帝室に遠慮し、帝室に媚びへつらう有力貴族の圧力に屈し、愛しい我が子を手放すしかありませんでした。

 いえ、私の事など、どうでもいいのです。

 レーナがどれほど辛い思いをしているかと思うと、この胸が張り裂けそうです」


「今まで待たせてすまなかった。

 ようやく心許せる家臣も育ち、帝国に対抗する力を蓄えることが出来た。

 今こそ帝国に対等にモノ申し、レーナを我が家に取りかえす」

「はい」


 父上様と母上様は、私を愛して下さっていた。

 姉上様は、私を家に取り戻すために、聖女になる修行をして下さっていたのだ。

 私は愛されていたのだ。

 忌み嫌われて家を出されたわけではなかったのだ。

 

 なのに!

 私は全てを見た。

 姉上様の婚約者であった、帝国の王子が送ってきたプレゼントに、呪いがかけられていたのを。

 私を呼び戻そうとした日に、呪いが発動して、父上様、母上様、姉上様を呪い殺した事を。


 大公家を護る数々の聖なる護符を、養父母とシューベルト侯爵家が共謀して、無力化した事を。

 その養父母を帝国が謀殺するのを。

 私の婚約者だった、シューベルト侯爵家の次男ノアが、帝国の手先となって国を売る事を。

 そして全ての罪を私に擦り付けたことを。


 怒りに打ち震えた。

 報復出来るモノなら、何を失ってもよかった。

 養父母も許せないが、養父母を唆して、実の両親と姉を殺させた帝国が、どうしても許せなかった。

 その為なら、どんなことでもすると、心の中で叫んだ。


 今の私には、指一本動かす事も出来ない。

 見る事と聞くことは出来るが、声を出す事も出来ない。

 歯噛みしたくても、歯を噛みしめる感覚もない。

 全く無力な存在なのだ。


(報復したいか)


(え?

 なに?

 なんなの?

 だれなの?)


(報復したいかと聞いている)


(誰?

 誰が話しかけているの?)


(そんな事を気にするようなら、この話はなしだ)


(いいえ、待って!

 誰でもいい。

 どんな代償を払ってもいい。

 私と私の家族を殺した者達に、報復させて)


(分かった。

 報復させてやろう。

 だが、その代わり、そなたの全てをもらい受ける。

 それでいいのだな)


(構わないわ。

 命であろうと、名誉であろうと、全て渡すわ。

 どうせやってもいない罪をかぶせられ、後世に悪名を残しているのだから)


(では、選んでもらおう。

 余に報復を任せるか。

 それもと、自分の手で報復するか)


(なに?

 自分で恨みを晴らすことが出来るの!

 だったら御願い。

 この手で恨みを晴らさせて!)


(分かった。

 だが自分で恨みを晴らすとなると、努力してもらうことになる。

 それで構わないか)


(望むところよ。

 この手で報復出来るのなら、何だってするわ。

 どんな苦行も乗り越えて見せるわ)


(人の心を踏み躙り、悪辣非道な行いをすることになる。

 民を虐げ、怨嗟の声を聴くことになる。

 その覚悟はあるのか)


(悪人や帝国民だけではないの。

 大公国の民も虐げないといけないの?)


(先ほど貴様は、悪魔に魂を売り渡すと言ったではないか。

 いや、魂だけではなく、全てを売り渡すと言ったではないか。

 その中には、大公国民はもちろん、そなたの良心も含まれているのだ)


 どうすればいいの?

 復讐は果たしたい。

 でもその為に、両親や姉上が愛し護ろうとした、大公国の民まで虐げてもいいの。


 思い悩むレーナの眼に、大公夫婦と姉ユリアの墓を祭る民の姿が映った。

 だが同時に、レーナの墓を破壊する民の姿も眼に映った。

 レーナは決意した。

 そしてそれを悪魔に伝えた。

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