第36話

 イーハ王はいらだっていた。

 オシーン皇子を殺せない事に焦りを感じていた。

 暗殺は継続的に続けるにしても、他の手も考えなければならない。

 一番気を付けなければいけないのはコナン王だ。

 コナン王が率いるギャラハー軍だ。


 前回の戦争で大敗したのがトラウマになっていた。

 戦争では勝てないと骨身に染みて分かっていた。

 城を強化したが、それでは負けないだけだ。

 勝てる訳ではない。

 皇国の戦力全てを動員したとしても、勝てる確証がなかった。


 だが勝たねばならなかった。

 皇国の実権を手に入れるには、コナン王が邪魔だった。

 ギャラハー軍に勝たなければならなかった。

 だから弱点が知りたかった。

 斥候を送る必要があった。


 だが自分の手を汚す危険は犯さなかった。

 オシーン皇子の暗殺と同じように、貴族の金と手を使った。

 自分の金も配下も使わず、温存する策を取った。

 慎重と言うべきか、吝嗇と言うべきか。

 本当に喰えない人間だった。


 手先使う貴族も、オシーン皇子暗殺よりも多くの手勢が集まった。

 イーハ王に尻尾を振る貴族でも、流石にオシーン皇子暗殺には腰が引ける者が多い。

 だが相手がコナン王なら話は別だ。

 それも暗殺などと言う荒事ではない。

 ギャラハー国内の内情を調べるだけの話だ。

 本当に多くの貴族が斥候を放っていた。


「おい、お前。

 お前だお前。

 そこで何をしている」


「はい。

 腹が減ったのですが、スリに財布を盗まれてしまい、仕方なく釣りをしております」


「この濠が釣り禁止だと知らないのか」


「え?

 ですが、多くの方が釣りをしておられるではありませんか。

 私だけが咎められるなど納得出来ません」


「お前だけではない。

 そこに隠れている者も同じだ」


「なんだと!」


「馬鹿めが!

 濠の深さを測ろうとしたのだろうが、濠で釣りが許されているのは、騎士と徒士だけだ!」


 男はモノも言わずに逃げ出した。

 だが背を向けた途端、バッサリ斬られた。

 一刀で身体を両断されたのだ。

 背後で様子を見ていた者達も同じだった。

 用心をして隠れていたのだろうが、ギャラハー家の強者の眼から逃れられなかった。


 性根の悪い者達は、容赦なく斬り殺された。

 実戦訓練にもならなかった。

 剣の試し斬りくらいにしかならなかった。

 斬り殺した死体は、魔境や魔窟に捨てられた。

 魔獣をおびき寄せる為の撒き餌にされた。


 だが中に、見どころに有る者もいた。

 過酷な年貢に苦しめられ、仕方なく裏街道を生きていた者がいた。

 そんな者は、魔獣の餌にされることなく、ギャラハー家に召し抱えられた。

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