第3話

 アイル皇国は千年の歴史を誇る大帝国だった。

 多くの分家王家や属国王家が臣従する大帝国だった。

 だが千年の歴史は、皇国を腐敗させ弱体化させた。

 近年では諸王の力が皇家を圧し、政を壟断するほどだった。


 だが、流れが変わった。

 オシーン皇子が誕生して以来、皇家に忠義の心が戻ってきた。

 オシーン皇子とギャラハー王家のマカァ姫の婚約が交わされてからは、イーハ王の権勢に動けなかった心有る騎士や徒士が、表立って皇家の為に働きだした。


 まだ幼いマカァ姫は、オシーン皇子の魔獣討伐に同行するようになった。

 当然マカァ姫の侍女は勿論、ギャラハー王家の騎士や従士も参加するようになった。

 特に騎士は、雄大なギャラハー馬に騎乗した。

 それは皇家の馬よりも立派だった。


 マカァ姫は、自分の馬よりもオシーン皇子の馬の方が小さい事を、とても心苦しく思った。

 そこで皇都にるギャラハー馬の中で、一番立派な馬をオシーン皇子に譲ることにした。

 だがこれがひと悶着起こす事になった。


「こんな立派な馬はオシーンにはもったいない。

 余がもらってやる。

 どけ、下郎」


 第二皇子のルアンが、むりやりマカァ姫がオシーン皇子に送った馬を奪おうとした。

 これが馬丁を激怒させた。

 馬丁は、ただ者ではなかった。

 ギャラハー王家の第二王子ケビンだったのだ。


 ケビンは大兵剛力の戦士で、ハルバートの名手だ。

 可愛い末妹が、婚約者のオシーン皇子に贈った大切な馬だ。

 何かあってはならないと、自ら納入に当たっていたのだ。

 それを奪おうとしたのだから、怒らせないはずがなかった。


 ギャラハー王家の者は武骨な者が多い。

 例え相手が誰であろうと、武人の面目の為なら、地位に関係なく戦う。

 相手が皇家であっても平民であっても違いはない。

 皇家の皇子でろうと手向かうが、同時に平民とも正々堂々と立ち合うのだ。


 そんなギャラハー王家のケビン王子を、ルアン皇子が馬鹿にしたのだ。

 許す訳がないのだ。

 ルアン皇子はボコボコにされた。

 今迄は権力を笠に、全て思い通りに振舞ってきたが、初めて殴られ、意識まで失った。


 目が覚めたルアン皇子は、馬丁を出せと、王都のギャラハー王家屋敷に向かった。

 自分だけでなく、後見のイーハ王にも援軍を依頼した。

 城門前で喚き散らすルアン皇子に、コナン王とケビン王子が現れた。


「ギャラハー王家がオシーン皇子に贈ったギャラハー馬を、むりやり奪うなど、喧嘩を吹っ掛けたも同然。

 その喧嘩、買わせてもらおう」


 コナン王はイーハ王に白手袋を顔に叩きつけた。

 ケビン王子はルアン皇子に白手袋を顔に叩きつけた。

 

 イーハ王は恐れおののいた。

 ルアン皇子の乱行は聞いていたが、相手はただの馬丁だと思っていたのだ。

 それが、王子では相手が悪い。

 しかも、白手袋を顔に叩きつけられた。


 一対一の決闘を避ける手立てはない。

 いや、武人の面目を潰して、乱戦に持ち込むことは可能だ。

 イーハ王に武人の誇りなど塵ほどもない。

 だが、勝てないのが分かっていた。


 臆病で卑怯な本質が、相手の強さを正確に理解させていた。

 王都にいる全勢力を結集しても、今目の前にいるわずかなギャラハー軍に勝てない。

 イーハ王は逃げた。

 ルアン皇子の馬の手綱を引いて逃げた。


 皇帝は、イーハ王が弱気になっている間隙をついてオシーン皇子の立太子の礼を執り行った。

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