第2話

 アイル皇国は千年の歴史を誇る大帝国だった。

 多くの分家王家や属国王家が臣従する大帝国だった。

 だが千年の歴史は、皇国を腐敗させ弱体化させた。

 近年では諸王の力が皇家を圧し、政を壟断するほどだった。


 皇帝は自暴自棄になっていた。

 酒色にふけり現実から目を背けていた。

 何時殺されるかもしれないと思うと、政をする気にもならなかった。

 いや、実権などなかったから、やれる事などなかった。


「父上。

 これからは私が父上の毒見を致します。

 父上には長生きして欲しゅうございます」


 息子にそう言われた時、魂が響くほどの喜びを感じた。

 自分が皇帝に即位するまでに、多くの兄弟が殺された。

 幼い自分を即位させ、政を欲しい侭にしようとしたイーハ王は、父である皇帝陛下すら毒殺した。


 証拠などなかったが、やった事は間違いない。

 少しでも気に入らなければ、自分も殺されると思っていた。

 だから酒に逃げた。

 女に逃げた。


 どれほど子宝に恵まれても、イーハ王の息がかかった者以外は殺される。

 そう諦めていた。

 恐怖から逃げようと、泥酔した状態で手を付けた官女が最初の王子を身籠った。

 イーハ王に流されると思った。


 だが、奇跡的に生きて産まれた。

 絶対に育たないと思っていた。

 母親は子を産んで直ぐに死んだ。

 産後の肥立ちが悪かったと報告を受けたが、イーハ王に殺されたのだと思った。


 だから、子供も直ぐに殺されると思った。

 諦めて会わなかった。

 会えば罪の意識に苛まれる。

 自分が恐怖から酒に逃げ、酔って女官を孕ませなければ、女官も殺されなかった。

 子供も殺されなかった。


 だが、子供は女官達から好かれた。

 信じられない話だが、多くの女官達が身体を張って護ったのだ。

 それでも、毒を盛られたのだろう。

 死にかけたことが何度もあった。


 だが、奇跡的に生き残った。

 悩みに悩んで、思い切って会った。

 会う事で、刺客の活動が活発になるかもしれない。

 そう思ったが、会わずにはおれなかった。


 天使のように美しい子だった。

 白銀の髪に白銀の瞳。

 まさに奇跡の造形美だった。

 魂が引き寄せられるような美しさだった。


 縁も所縁もない女官達が、命懸けで護ろうとする気持ちが分かった。

 だからこそ、失敗したと思った。

 会いに来たことで、この子の死が早まったと感じた。

 後悔の念に苛まれた。


 皇帝は毒殺されることを覚悟で動いた。

 日頃の言動から、忠義の心があると思われる女官と騎士を、第一皇子の側に付けた。

 奇跡的に皇帝も皇子も殺されなかった


 乳幼児死亡率の高い時代だ。

 イーハ王も、自分の息がかかった皇子の成長が信じ切れなかった。

 だから生き残れたのだろう。

 

 そして遂に、第一皇子が皇帝を護ると言い切る時が来たのだ。

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