デリカシー無し×純粋



「なあ、お前スカートのホック外れているぞ」


「はあ? そういうのってさ、普通誰にも聞かれないように、こっそりと教えてくれるんじゃないの? 何で、教室のど真ん中で大声で言うわけ? 信じられないんだけど?」


「何だよ! こっちは教えてやったんだから、文句言うんじゃねえよ!」


 次の授業の準備をしていた時に、俺はとある生徒のスカートのホックが外れているのに気が付いた。

 そのままだと恥ずかしいと思い、早めに教えたのだけど。

 何故か、怒られてしまった。


 どうして、せっかく厚意で教えたのに、怒られなければならないのか。


「うっわ、可哀想。めっちゃ恥ずかしいじゃん。本当、デリカシーが無いよね」


「本当本当。あいつ、いつもそうだよねえ」


 しかも周囲も、俺が悪いのだと言ってくる。

 俺はそんな空気に耐えきれず、教室からとび出た。



 恥ずかしいのが可哀想だと思って、すぐに教えたのに、感謝されないとはどういうことなんだろう。

 俺は屋上で寝転がりながら、大きなため息を吐いた。


 良かれと思ってやったのに、責められるとやるせない気持ちでいっぱいになる。


 昔から、俺はこうだった。

 別に悪気があってやっている訳では無いのに、いつもタイミングが悪い。

 デリカシーが無い。

 周りには、特に女子にはそう決めつけられて、遠巻きにされている。


 俺は、もう一度大きなため息を吐く。


「何で、俺が怒られなきゃならねえんだよ」


 そしてポツリと呟くと、目を閉じた。






 いつの間にか、眠ってしまったらしい。

 俺は近くにいる声を耳に入れて、ゆっくりと覚醒する。


「ごめんなさい。次は、間違えないようにするから」


「本当、ふざけんなよ。俺が頼んだのは、限定品だったよなあ。何だよこれ。使えない」


「ごめんなさい」


 聞こえてきたのは男女の声で、どうやらもめている。

 面倒なことになったと、俺は目を閉じたまま寝たふりをしていた。

 起き上がったとしても、声のしている方向から考えて、二人の近くを通らなければ、屋上から出ることが出来ない。

 それは、ものすごく気まずい。


 寝たふりをしているのだから、早く話を終わらせてどこかに行ってくれ。

 そう願いながらも、二人の話に耳を傾ける。


「お前さあ、何の役に立つの? 俺の言ったこと、完璧に出来たことないし。何なの?」


「ごめんなさい。ちゃんとなおすから」


「いっつもそう言っているけど、全くなおらないじゃん。付き合っている意味、無いわ」


「ごめんなさい」


 男が女の方を責めている。

 一方的な罵倒に、女の方はただ謝るだけ。


 その会話は、どう聞いたところで。


「DV野郎と、言いなりの女みたいだな……」


 あ。やべ。

 俺は無意識に声を出してしまって、慌てて口を押えた。

 しかし、すでに遅い。


「誰だっ?」


 俺の存在に気が付いていなかったらしい、男がこちらに向かってくる気配を感じる。

 さすがに隠れる場所も無いので、俺は観念して起き上がった。


「どーも」


 起き上がった途端、男と目が合う。

 その顔は見たことあるもので、確か隣のクラスの奴だ。

 ということは、一緒に話していたのは、有名なひな子か。


 そこにいたのは、俺でも知っている、とある有名なカップルだった。


 先ほどの俺の感想通り、周囲にはDVカップルとして認知されている。

 高圧的な態度の男に、それに謝罪をしてばかりいる女。

 それは、どうして一緒にいるのだと思ってしまうぐらい、似つかわしくないものだった。


 そうは思っても当人同士の問題だと、誰も口を挟まずにいたのだが。

 まさか、こんなところで口を出してしまうなんて。

 だから、デリカシーが無いと言われるのか。


「何だよ、お前」


 睨んでくる男の名前は、飯田とかそういうのだったか。

 俺はきちんと思い出せず、頭をかく。


 もうここまで来たら、どうにでもなれ。

 先ほどの教室の出来事が、思っていたよりも怒りに変わっていたようだ。


「何だって、君達がここに来る前からいた人ですけど? そちらこそ後から来て、うるさいんですよねえ。しかもあんた、飯田でしたっけ。仮にも彼女に対して、その態度ありえないんじゃない? 女には、もっと優しくしてやれよ」


「はあ? 赤の他人が、何口挟んでいるんだよ」


 さすがに、そう言われるか。

 俺は、あまり首を突っ込んでも面倒だと、引き下がろうとした。


「そっかあ……」


 しかしその前に、のんびりとした声が聞こえてくる。

 今まで色々と言われて、謝っていたひな子だった。


 彼女は口に手を当てて、真面目な顔をしている。

 そして、すぐにパッと顔を輝かせた。


「そうだよね! 私、何で色々と言われて我慢していたんだろう!」


「ひ、ひな子?」


 飯田の戸惑った声にも、全く反応しない。


「もう馬鹿みたい! みんな何も言ってくれないから、これが普通だと思っていた! あー、すっきりした!」


 笑顔を見せている彼女は、いつもの暗い表情とは違い、とても綺麗だ。


「かわい……」


 俺のつぶやきは、幸運にも聞こえなかった。


「ありがとうね! あなたのおかげで、目が覚めた気分! よし! 別れよう! よし、別れた!」


 吹っ切れた彼女は、とても強かった。

 有無を言わさない様子で、飯田に詰め寄ると、今度は俺の方に来た。


「あなたのお名前は? 目を覚まさせてくれたから、お礼をしたいの」


「洋一です。お礼なら、付き合ってほしい」


「へ?」


 また、やらかしてしまった。

 タイミングを考えずに、告白をした。

 ぽかんとした彼女に、後悔するが、言ってしまったものを取り返せない。


 さて、帰ってくるのは、どんな罵倒だろうか。

 俺が緊張しながら待っていると、彼女は声を上げて笑った。


 その顔は、今までで一番かわいく見えて。


「あなた、とても面白い人ね!」


 それが、答えのようなものだった。



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何故か上手くいく恋 瀬川 @segawa08

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