近所のおじさん×人見知り




 私には苦手にしている人がいる。

 それは、家の近所に住んでいるおじさんだ。


 年は、私よりどのぐらい上なのかは知らない。

 体が大きくて、髭がすごい生えていて、まるで野生の熊みたいな人。

 何の仕事をしているのか、平日や昼間でも関係なく、歩いている姿をみかける。


 無愛想で話したことは、全く無い。



 ただでさえ人見知りなのに、威圧感があるせいで、視界に入れただけでも怖くて震えてしまう。

 だから私は、おじさんのことが苦手だった。



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 それなのに、今の私は内心でとてつもなく悶えている。


「ここは寒いですか」


「にゃ」


「そうですか。それなら、毛布を持ってきたほうがいいのかな。それとも今日は、私の家に泊めましょうか」


「うにゃにゃ」


「余計なお世話でしたか、すみません。それじゃあ、ここでもう少しお話していてもいいですか」


「うにゃん」


「ありがとうございます」


 何あれ何あれ何あれ!?

 私は電柱の影から、そっと顔を出して混乱していた。


 十メートル先の方には、苦手としているおじさんがいる。

 いつもだったら姿を確認した途端、回れ右をして別の道に向かうはずだった。


 しかしおじさんの前に、小さな猫がいるのに気がついて、動きをとめた。

 野良なのか、毛並みが悪くやせ細った猫は、小さな体を一生懸命震わせていた。

 もしかして、猫をいじめるつもりなんじゃないか。

 そう心配して、私は駆け寄ろうとした。


 その前に、おじさんの声が聞こえてきて、様子を窺う。

 そうして聞こえてきたのが、今の会話だ。



 最初に聞こえてきた時、私は耳を疑った。

 え、どうして敬語で話かけているの。

 どうして、そんなに優しい言葉をかけてあげているの。


 想像していた様子とは違って、その優しい声と表情に、私はギャップ萌えというものを感じ始めていた。


「いつも、何を食べているんですか」


「にゃ」


「それは大変ですねえ。餌をあげても良いのですが、それはお互いのためになりませんからねえ」


「にゃにゃにゃ」


「気を遣っていただき、ありがとうございます」


「うにゃ……にゃにゃ……なあん」


「ははっ」


 何を言っているのか分からないけど、話が通じているみたいに見える。

 楽しそうに二人で話している姿は、可愛らしさしか感じられなかった。


 もしかしたら、これが母性本能なのかもしれない。

 私は胸を押さえて、そしてあっけなく恋に落ちた。



 あんなに苦手に思っていたのに、今ではおじさんの周りが輝いて見える。

 大きな体も髭も、マスコットのクマみたいで可愛い。

 何かしらのフィルターがかかっていそうだが、本当にそう見えるのだからしょうがない。


 私は高鳴る心臓を抑えて、大きく息を吸い込む。



 そして、おじさんの元に行くために、一歩進んだ。


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