赤い糸が見える×赤い糸がついていない
俺には、小さい頃から変なものが見えていた。
それは小指の根元に巻き付いて、どこかへと伸びている毛糸のような質感の赤い糸だった。
最初は、それが何か分からず、引っ張ったりハサミで切ろうとした。
しかし、全く触ることが出来なかった。
俺以外には見えていないそれが、特別な意味を持っていると知ったのは、父と母の赤い糸が繋がっている理由が分かってからだ。
お互いに出会った時から惹かれて、そして何にも邪魔をされることなく運命のように結婚まで進んでいった。
今でも、はた目から見るとうんざりするぐらいのバカップルぶり。
その様子を見ていて、赤い糸で結ばれている人達は、幸せなカップルになれるのだという考えに行きついた。
そうしていると、街の人の観察をするのが中々楽しい。
付き合っているように見える二人の赤い糸が、別々の方向にのびていたり。
顔見知り程度の人達の、赤い糸が繋がっていたり。
赤い糸が繋がっている人達が、初めて会った瞬間を見たこともある。
お互いがお互いに惹かれながらも、その理由が分からずに戸惑っている様子で。
わけを知っている俺からしたら、その甘酸っぱい様子に胸がキュンキュンしてたまらなくなってしまった。
そして運命の相手と出会った二人を、祝福すると同時に羨ましく思った。
いつか俺も、あんなふうに赤い糸が繋がった、運命の人と出会いたい。
俺の小指にも、赤い糸はついている。
そしてその糸は、どこか遠くに続いているのだ。
一度好奇心から、どこまで続いているのか辿ったことがある。
子供ながらの好奇心だ。
ドキドキとしながら、歩いている中で色々なことを考えた。
この糸の先には、どんな子が待っているのか。
可愛い子か、面白い子か、優しい子か。
想像を膨らませて、たくさんたくさん歩いた。
しかし歩いても歩いても、赤い糸はのびたままだった。
俺はガッカリとしたと同時に、期待が裏切られなかった安堵もあった。
どんな人がいるのかが、怖い。
そんな理由もあったので、俺はそれから深く追うことは無かった。
運命の人ならば、きっといつか必ず会えるはず。
自分から探すのではなく、俺は待つことにした。
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それから、どのぐらいの月日が経ったのだろうか。
俺の目の前には、今までにいなかったタイプの人間がいた。
赤い糸が見えない、なんて。
俺は驚いて、彼女の小指を凝視してしまった。
「……えっと、何……?」
あまりにも見つめすぎたせいで、不審な動作になっていたみたいだ。
変な顔をされて、少し距離を取られる。
「あっ、すみません。なんか虫がいたように見えて。でも、気のせいでした」
俺は慌てて、こういう時に使う言い訳を出した。
赤い糸が見えるせいで、視線の先を誤魔化す言い訳は沢山あった。
「そうなんですか。良かった。私、虫は嫌いなんで」
そのおかげもあって、納得してくれたみたいだ。
彼女を笑いながら、俺の方に近づいてくる。
「どうもどうも。私の名前は、前宮透子です」
「あ、ああ。俺は、相川博道です」
「相川さん、ですね。どうもどうも」
すぐに人を信じるのは、悪い癖だと思う。
そう思いながら、僕は差し出された手を握った。
赤い糸が小指についていない、初めての存在。
これが前宮透子との出会いだった。
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彼女は一言で言うと、不思議な存在だった。
何が、と聞かれると困ってしまうが、その雰囲気と言えばいいのか、オーラが普通の人とは違うのだ。
赤い糸が見えないから、自然とそういう目で見ているのかもしれないけど。
とにかく赤い糸が見えない理由を知りたくて、彼女のことを気がつけば何度も観察していた。
そのせいで、俺はとてつもない事態に陥っている。
どこをどうしてそうなったのか、彼女に好意を抱いてしまったのだ。
その気持ちに気がついてしまった時には、愕然とした。
俺の赤い糸は、彼女には繋がっていない。
それは、彼女と俺が運命ではないのを知らせているわけだ。
いずれ、終わりの見えている恋。
俺は何度も、好きという感情を捨てようとした。
しかし捨てきれる事が出来ず、未だに好きなままである。
そうなったら、もうヤケだ。
彼女の小指に糸がないのだから、俺のが巻き付くように努力すればいい。
こういう時に、触れればどんなに楽なのかともどかしくなるが、今更どうこう出来る話ではない。
運命なんて、信じない。
俺は俺自身が好きになった人と、一緒になるんだ。
俺は彼女の小指の赤い糸が見えない理由を考えつくことなく、そう気合を入れた。
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