ライバル会社の社長×令嬢



 その出会いは、まるで偶然だった。

 図書館で本を選んでいた時に、同じ本を手に取ろうとした。

 そんな昔話のような、ドラマでも最近は描かれなくなったベタな出会い方。


「あ、ごめんなさい」


「いや、こちらこそ」


 お互いに謝罪をして、そして笑い合う。


「なんか、ベタですね。ふふ」


「確かに、そうですね」


「それじゃあ、ベタな感じのついでに、連絡先でも交換しますか?」


「ははは。それもいいですね」


 連絡先の交換を提案したのは、私の方だった。

 彼も乗り気で、私達は何も考えずにスマホを取り出す。


 その時に借りようとしていた本は、どんなものだったか。

 今では全く思い出せない。

 私達を出会わせてくれた、キューピットの役目を果たしてくれたのに。



 いや、もう思い出せない方がいいのかもしれない。




 ━━━━━━━━━━━━━━━




「……私をずっと騙していたのね……」


 私は何も言わずに俯いている彼に、そう呟いた。

 涙は出てこない。

 こうなることを、最初から何となく分かっていたからかもしれない。



 私の父が社長の会社には、長年のライバル会社がある。

 社長同士も同い年で同じ大学に通っていたせいで、とてつもなく仲が悪い。


 そんなライバル会社の、社長の息子が私の恋人だったなんて、偶然で片付けていい事態ではない。


 おそらくあの出会いから、すでに仕組まれていたのだろう。

 私はまんまと騙されて、恋人にまでなってしまった。

 会社のことを話さなかったのは良かったけど、このまま付き合っていられるわけもなく。



 私は今日呼び出して、問い詰めている最中だった。

 彼は話を始めてから、ずっと下を向いている。

 言い訳も、謝罪も、何もない。


「……そう……そっか……」


 やっぱり何も言ってくれない彼に、諦めの感情を抱いて、目を閉じた。

 もうこれで終わりだ。


 私は最後の言葉を、口にしようとした。



 しかしふわりと、体を温かい何かが包み込む。

 目を開けなくても分かる。

 だって私の心は、まだ彼のことを好きだと叫んでいるのだから。


「……な、に……しているの……?」


 彼に抱きしめられた私は、その背中に手をまわそうとした。

 しかし冷静な部分が、それを邪魔してくる。


「はなして……」


「いやだ」


 キッパリと言われた言葉は、真剣なものだった。


「……でも……」


「好きだ。騙していたわけじゃない。ただ、怖くて言えなかった。君のことを、ずっとずっと好きなんだ。別れるなんて、絶対に無理だ」


 信じてみてもいいのかもしれない。

 ただそれだけで、私は簡単に彼を信じようと思ってしまう。


 まだ、騙されている可能性はあるのに。


「会社なんて関係ない。というか、俺達が結婚して一つにまとめてしまえばいい。親に何か言われたら、家から出る。……君のことが大事なんだ」


 私は、一筋の涙を流した。

 そして、ゆっくりと背中に手を回す。


「……私も、好きよ……」


 騙されていたとしてもいい。

 彼が、今この瞬間に私の元にいるのなら。


 私達はずっと、抱きしめ合っていた。

 離れないように。

 運命に負けないように。



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