ナルシスト×包容力



「ああ、今日も僕は格好いいなあ」


 鏡を見て、僕はうっとりと呟く。

 毎日、いやいつ見ても格好良さが変わることは無い。

 この格好良さを、みんなが理解してくれればいいのだけど。


 みんなは褒めてはくれても、僕が望んでいる言葉は言ってくれない。

 さすがに自分から言うのもなんだから、誰かが言ってくれるのを待っている。


「ふーちゃんじゃない、こんにちは」


「こんにちは。三宅さん」


 鏡を見ていたら、近所に住んでいる三宅さんが話しかけてくる。

 彼女は買い物帰りなのか、スーパーの袋を手に持っていた。

 中には牛乳や、醤油などの調味料が入っていて、とても重そうである。


「このまま帰り?」


「ええ、そうよ」


 彼女の家は、もう何度も行っているから、ここからなら目を閉じていたって辿り着ける自信がある。

 今はどうせ暇だし、手伝うことに関して嫌だとも思わない。

 そう考えて、僕はサラッと彼女の手に持ったビニール袋を、奪い取った。


「あら? あらら?」


 ビニール袋を取られた彼女は、戸惑いながら僕に腕を伸ばしてくる。

 しかしそれを交わして、さっさと歩き出す。


「家まででしょ。運ぶから」


「あらら。あらあら。悪いわよお。それぐらい私でも運べるから」


「いいのいいの。遠慮しないで」


「あらあらあらあ……ありがとうねえ」


 最初は遠慮をしていたが、僕が返さないのを悟ると、穏やかに微笑んでお礼を言ってくれた。


「別に、ついでだから」


 僕は恥ずかしさを隠して、そっけなく言う。

 しかし穏やかに微笑まれたままだから、きっと立派になってとか、可愛いなあとか思っている気がする。


 いつまで経っても、僕にとって彼女は子供のままだ。

 もう随分と前に彼女の身長を追い越したし、声だって低くなったし、イケメンと言われるぐらいの顔面偏差値にもなったのに。


 彼女の中の僕は、初めて会った時の泣き虫ふーちゃんのままだ。

 だから男の俺が家に入ろうとしているのに、危機感なく迎え入れてくれる。

 家に入れるのは嬉しいけど、男としては微妙な気持ちだ。


「ふーちゃんは、どうしてあそこにいたの? 学校から帰ってきたら、家を通り過ぎているんじゃないかしら? もしかして考え事でもしてて、ここまで来ちゃったの?」


「三宅さんじゃないんだから。ただこっちに用があっただけ」


「あらそうなの。用事は終わったの?」


「とっくにね。ちょうど帰ろうとしていた時に、三宅さんが話しかけてきた感じ」


「タイミングが良かったのねえ」


 僕は嘘をついた。

 あそこで鏡を見ていたのは、三宅さんが通りかかるのを待っていただけ。

 彼女と少しでも話をしたくて、通らないのかもしれない道で立っていたのだ。


 僕は、彼女が好きだ。

 ずっとずっと前から、もしかしたら最初に会った時から。

 しかし、この想いを誰も知らない。


 誰にも分からないように、そっと心の中で育んでいた。

 そして今はもうこの想いは、恋人になりたいと思うぐらいの大きさになっている。


 それなのに、彼女は僕を子供扱いしたまま。

 恋人になるなんて、天と地がひっくり返ってもありえないだろう。

 彼女が誰かと恋人になるのを、見守っていることしか出来なくて、きっと結婚式には適当な理由を付けて不参加する。


 そんな未来が、容易に想像が出来た。



 僕は彼女に見えないのを確認してから、顔をしかめる。

 未来を想像しただけで、胸がとても痛くなる。

 彼女には、出来れば結婚してほしくない。

 しかし魅力的な人間なのだから、すぐに恋人なんて出来てしまう。


 良い人じゃなければ、邪魔をしてやろうと思っている。

 人気の無い夜に、後ろから襲うぐらいはやってしまうかもしれない。

 だから、幸せになってほしい。

 叶うのならば、僕が幸せにしたかったのだけど。


「あら、三宅さんと山中さんのところの楓太ふうた君じゃないの」


 彼女との関係性について考えていたら、元気な声がかけられた。

 それは近所に住む、気の良いおばさんで、買い物かごを腕に持ち、僕と彼女の顔を交互に見て口元に手を当てる。


「二人共、何だかお似合いねえ。まるで夫婦みたいよお」


 その言葉に、僕の心臓は大きく鼓動する。

 それは、僕がずっと言ってもらいたかった言葉だった。


 どんなに自分の容姿を自画自賛しても、気持ちが晴れることは無かった。

 彼女とお似合いの男になる。

 僕の幼い頃からの夢だったのだ。


 言われた人については、特に言及することは無い。

 彼女とお似合いに見える。

 それが大事なのだ。


「はは。本当ですか? ありがとうございます」


 内心の喜びを押さえて、僕は何てことのない風に答える。

 ものすごく嬉しかったけど、嬉しいのは僕だけだ。


 彼女は、迷惑だと思うかもしれない。

 そう思って、フォローをしようと、彼女の方を見る。


「み、三宅さん?」


 そこには、顔を真っ赤にさせた彼女の姿があった。


「あ、あらあらあら。あらあらあらら」


 頬に手を当てて、視線をさまよわせる彼女は、明らかに動揺していた。

 それは嫌悪にまみれているというよりも、もっと好意的な感情のように思えて仕方が無かった。


 これは、もしかして。

 もしかしなくても。

 僕にも、まだチャンスがあるということなのだろうか。


 そう思うと、一気に顔が赤くなってしまい。

 僕と三宅さんは二人で顔を赤くさせて、しばらく見つめ合っていた。



 こんな姿は、全く格好良くない。

 そう思っても、嬉しさから隠すなんて考え付かなかった。



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