真面目×ぶりっこ



 男なんて、みんなちょろい。

 ちょっと上目遣いをしたり、甘えたりすれば、何でもいうことを聞いてくれる。

 女子には嫌われるけど、別に友達なんか欲しくないから、どうでもいい。


 チヤホヤされて、一生お世話をされて生きていく。

 それが、私の人生設計だった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━



 しかし最近、それが脅かされそうになっている。



「あのぅ。ちょっとぉ、疲れちゃったからぁ、荷物持ってくれませんかぁ?」


「あっ、俺が持つよ!」


「いや、ここは僕が」


「いやいや、俺がやるって」


 私の通っている学校は、何をとち狂ったのか、先輩後輩の垣根を越えようをモットーにして、定期的に課外活動を行っている。

 面倒くさいからサボりたいのだけど、内申に響くらしいから、サボることが出来ない。


 しかし楽をしたいから、荷物を運ぶ時は、同じ班の男に甘えて頼もうとしたのだけど。


「おい、お前ら。そうやって、すぐに甘やかすのは良くないだろ。軽いのでいいから、自分で運ばせるんだ」


「でもよ……」


「でもじゃない」


「……分かったよ」


 せっかく、受け入れて貰えそうだったのに。

 またあいつのせいが、邪魔をしてきた。

 私は見えない位置で一瞬顔をしかめると、それを笑顔に変えて振り返った。


「あっ、幹島せんぱぁい。おはようございますぅ」


 落とせなかった男は、今までにいなかった笑顔。

 現に周りに付きまとっていた人は、鼻の下を伸ばしている。


「おはよう。新条さん。君も、怪我をしているわけじゃないのだから、自分で運ぶんだ」


「え……でもぉ」


「他の人任せにしていたら、課外活動の意味が無いだろう」


 しかし奴には、全く聞かない。

 涼しい顔で、融通の利かない幹島という先輩が、私は大の苦手だった。

 天敵といってもいいかもしれない。


 ぶりっこだと陰口を叩く女子なら、気にしなければいい話だった。

 今までもそうやって、好きに生きていたのに、ここにきて奴は現れた。



 幹島という先輩は、課外活動で同じグループになった。

 眼鏡をかけた真面目そうな外見から、手玉に取るのは楽勝だと決めつけたのだけど。

 まさかの、真面目で融通の利かないタイプだったとは、予想もしていなかった。


 課外活動中、面倒な仕事は全てグループの人に押し付けようとしていた。

 しかしそれを目ざとく見つけて、注意してくるのだ。

 しかも何故か、奴に対して反発する人はいなくて、私は自分でやる羽目になる。



 今回だってそうだ。

 甘えようと上目遣いをしても、全く視界に入れないどころか、私にまるで興味がない。


「重いものは、俺が運ぶから。それじゃあ、頑張って」


「あ、ちょっと! ……もう!」


 それは私のプライドを、とてつもなく刺激してくる。

 今まで、落ちなかった人はいなかったのに。


 絶対に、私を好きにさせて見せる。

 そう考えて、奴を惚れさせる作戦を、静かに決行していた。

 しかし今のところ、手ごたえはまるでない。


 私は、さっさとどこかに行ってしまった奴の背中を見つめて、大きく息を吐く。

 重いものは持たなくていいと言っていたので、軽いものを持てばいいのだろう。

 近くにあった軽いものを持って、私は移動をした。

 やることはやって、イメージを少しでも良くすれば、私に興味を持ってくれる可能性が高い。


 そんな小さなところから、始めればいいのか。

 こういう風になるのは初めてで、私は何が最善なのか分かっていない。

 しかし、真面目なタイプには真面目に接すればいいと、勝手なイメージでの行動だった。



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 軽いものだけだけど、荷物を運ぶのは、とても疲れた。

 私は周りに誰もいないのを確認して、だらしなく腰を下ろす。


「あー、疲れたあ。なんで私が、こんなことをしなきゃいけないのよ」


 大きく息を吐けば、少しだけ疲れは軽くなった気がする。

 それでも精神的な疲れの方は、全く取れてくれない。


「ああいうのを運ぶのは、男がやればいいのに。私みたいな可愛くて、か弱い子は、そういうのを見守って応援していればいいんじゃないの」


 文句を言いつつも、辺りの警戒は怠らない。

 こういう時に気を抜いて、正体がバレるのは二流がやることだ。

 私は完璧に演じ切るのだから、家にいる時以外は気を抜くことは無い。


「ああ、さっさと落ちてくれないかしら。そうすれば、もう誰も私の邪魔をしないでしょ……」


 その未来を、想像してみた。

 私をチヤホヤしてくれる人の中に、奴がいる。

 いうことを何でも聞いてくれて、優しくしてくれる。


「……なーんか、違う気がする」


 想像したら、全くしっくりこなかった。

 私は胸がモヤモヤして、でもその気持ちになる意味が分からなくて、胸を押さえて首を傾げた。


 違う。

 奴は、そんなチヤホヤする男の中にいるんじゃなくて、男の中にいる私を引きずり出して怒ってくるのが似合う。

 うん、そうだ。そんな感じだ。


 私は、自然と笑ってしまう。

 そしてすぐに、慌てて頭を振った。

 何で笑いが出てしまったのだ。笑うところじゃないだろう。


「……おい」


「ん⁉ 幹島先輩?」


 後ろから話しかけられ、私は後ろを向く。

 そこには奴がいて、眉間にしわを寄せて立っていた。


 何もしていないのに、怒られる理由が分からなくて、私は何を言われるのだと身構えてしまう。


「な、何でしょうかぁ?」


「……今日はよく頑張ったな。それを言いたかっただけだ。いつも、あれぐらい頑張れよ」


「……ふへ……」


 しかしかけられた言葉は、優しいもので。

 私は変な声を出して、固まってしまった。


 そんな私を気にせずに、同じようにさっさと行ってしまう後ろ姿を見ながら、私はしゃがみ込んだ。

 顔が熱い。

 それに、何だかにやけてしまう。


「も、もう。なにそれ」


 しばらく顔を上げられないなと思いながら、私は頬に手を当てた。


「よし、決めた。絶対に落とす」


 口に出した決意は、前よりもずっとずっと本気さを含んでいた。

 それは、何故なのか。

 私は、まだ気が付いていない。




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