ネガティブ×電波



 ああ、全ての人が、俺を馬鹿にしている。

 表面上は友達みたいな顔をしても、内心では何を考えているのか分からない。

 本当に心から信じられる人なんて、誰にもいないんじゃないだろうか。



 今日も太陽が眩しい。

 きっと太陽ですらも、俺を馬鹿にしている。

 ちりちりと全身に突き刺さる光の温度に、俺は溜息を吐いた。


「太陽なんて、無くなってしまえばいいのに」


「それはあ、駄目ですよお。太陽は私の故郷ですからねえ」


「うおっ!?」


 誰もいないと思っていたのに、すぐ近くから緩い声が聞こえてきて、驚いてみっともなく飛び跳ねてしまった。

 声のした方を見てみると、そこにはくるくるの長い髪を揺らした女の子が立っている。


 とても可愛らしいと思ったけど、なんだか様子が変だ。

 それに太陽が故郷というのは、一体どういう意味なのか。

 僕は、まじまじと彼女の顔を見つめてしまった。


「なんですかあ? 本当のことを言っているだけですけど、文句でも言いたそうな顔をしていますねえ。あの太陽は、私の故郷なんだから、無くなってしまえとか簡単に言わないでくださいい。戦争でも始める気ですかあ?」


 やっぱり変だ。

 頭を左右に揺らした彼女が、緩い口調のまま言ってきた意味が分からない。


 いわゆる不思議ちゃん、という部類なのだろうか。

 初めて見る人だけど、何となくうわさは聞いたことがある気がする。

 話が通じない、変な女の子がいると。


 絶対に、この子のはずだ。



 気分の悪いところに、変な人に絡まれるなんて。

 僕は、なんて運が悪いのだろうか。

 今日の占いは最下位だろうし、これ以上関わるのは僕にとってプラスにはならない。


 そっとその場から立ち去ろうとしたのだが、腕を掴まれてしまい、それは叶わなかった。


「え、何?」


「君はあ、面白いオーラをしているねえ。うむうむ。いいねえいいねえ。少年よ、名前は何というのかなあ? ぜひとも教えてもらいたいものだあ」


「は?」


 名前を尋ねられて、僕は言っていいものか考えてしまう。

 何か良くないことに、使おうとしているんじゃないか。

 個人情報は、あまり人に言いふらすものではない。


 しかし、こんな子が何か悪いことをするわけないか。


「えっと、加藤」


「ふふふ。カトー君、ふふふ。面白い名前。うふふふふ」


 そう思って名前を教えたのに、まさか笑われるとは。

 面白い名前といっても、加藤なんて結構ありふれた名前だと思うのだが。

 彼女にとっては、ツボに入る名前だったようだ。


「うふふふ。カトー君。カトー君。よろしくねえ。私の名前はあ、シャラって言うの。シャラでいいよお。うふふふ」


 シャラ、そっちの方が面白い名前じゃないか。

 僕はそう思ったけど、キレられたら怖いから心の中に秘めておく。


「な、名前を教えたから、もういいよね。僕はそろそろ……」


 話していると、僕まで頭がおかしくなってしまいそうだ。

 腕を振りほどくために動かしてみたのだが、しっかりと掴まれているから外せない。


「ちょっと、何の用なんですか?」


「カトー君、これから暇だよねえ。そうだよねえ。少し付き合ってくれないかなあ」


「いや暇じゃな……ってちょっ、力強っ」


 しかも何故か彼女は一人でなにかを決めて、僕を引っ張る。

 女の子の力に勝てないことに、僕は男としてのプライドをズタボロにされながら、腕を外せず、どこかに連れ去られた。



 ━━━━━━━━━━━━━━━


「じゃーん」


「……こ、ここは?」


「私の秘密の場所ですう。だから誰にも言っちゃダメだよお」


 連れてこられた先は、森の中にある小屋だった。

 秘密基地みたいな感じで、少し胸が高鳴る。

 いくつになっても、こういうところを見るとテンションが上がった。


 しかしなぜ連れてこられたのか分からず、戸惑う感情もある。

 すぐに中へと連れられたから、考えをまとめる時間はなかった。



 中は綺麗に掃除されていて、数日であれば住めそうなほどの設備も、十分に備わっていた。

 もしかして、彼女が掃除しているのだろうか。

 その姿を想像できなくて、自然と笑ってしまった。


「ふははー。やっと笑ったな。カトー君よ」


「はっ?」


 笑っている顔を見られ、そして彼女も笑ってくる。

 その笑顔に見とれてしまい、慌てて頭を振った。


 可愛いと思ったのは、きっと気の迷いだ。


「カトー君、元気がなかったみたいだからねえ。人生楽しい方がいいよお。くらーい気持ちでいたら、疲れちゃうから」


「う、うん」


「よろしいよろしい。そういう顔をしている方が、私はいいと思うよお。格好いいねえ。さすが私が選んだ、運命の人」


「……なんか言った?」


「んーん。何でもないよお」


 迷いを振り払うため、首を振っていた俺は、言葉を聞き逃した。

 聞き返しても誤魔化され、重要なことではないだろうと、それ以上聞くのはやめた。



 その言葉の意味を理解したのは、数年後、相変わらず不思議な彼女の、初めて見る真っ赤な顔を前にしてだった。


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