当て馬キャラ×声が小さい
俺はついこの間まで、人生をかけた大恋愛をしていた。
もう彼女以上に好きになる人なんて、一生現れないだろう。そう思うぐらいの、強い気持ちだった。
しかし、それは叶わなかった。
凄いムカつくけど、それ以上に彼女を任せられるライバルと、幸せになるだろう彼女のことを思い、俺は一人呟く。
「……幸せに、なれよ」
どんなに昔から知っていても、どんなに彼女の好意を伝えても、結局は良い人どまりだった。
ああ、しばらくは恋なんてしたくないなあ。
俺のこれからを表すかのように、一陣の風が吹いた。
それが良いものなのか悪いものなのか、今はまだ分からない。
俺と好きだった子とライバルの関係性は、学校でも有名だった。
まるで少女漫画のように色々な事件を経て、たくさんの人を巻き込んだせいだ。
それに決着がついた。
学校のみんなが、気にならないわけがない。
「……はあ」
俺は今日何度目か分からない、大きなため息を吐いた。
朝登校してから、好奇の目を向けられるし、野次馬根性丸出しの奴には楽しそうに事情を尋ねられるし。
やっと昼休みになったのに、すでに帰りたいぐらいに疲れていた。
人の恋愛が、そんなに楽しいのか。
しかも俺は振られた側なのだから、もう少しそっとしておいてほしい。
大体の人が同情の眼差しを持ち、人の不幸を楽しんでいる。
それが本当に嫌だし、叫びたくなる衝動に何度も襲われている。
しかし叫んでしまったら、絶対に失恋でおかしくなったと思われるだけだ。
「……マジでそっとしておいてくれ……」
人に見られるのが嫌で、俺は誰もいないところを求めて、裏庭の方に進んで行った。
裏庭は夏は暑いし冬は寒いせいで、全く人気がない。
かくいう俺も、こんな状況じゃなかったら、絶対に来なかった場所だ。
それでも今は、静かで誰もいない空間が、とても心地よかった。
俺は深く息を吐いて、大きな木の根元に座る。
そして、ゆっくりと目を閉じた。
こんなに静かな時間は、久しぶりだ。
今日もそうだけど、最近までずっと騒がしい環境にいた。
彼女を自分のものにするために、自分の力を全力で出して頑張った。
それが苦しかったわけではない。
ただ今となっては、疲れを自覚してしまった。
人に恋をするのが、こんなにも苦しいものだとは思わなかった。
きっと叶わなかったから、辛いのだろう。
彼女に恋していた時には、あんなにも毎日が輝いていたのに。
今は、とても苦しい。
しかし時が経つにつれて、この経験も素晴らしいものに変わるのだろうか。
「……あー、胸がいてえ……」
あいつの元に向かう彼女に対して、俺は格好つけた。
彼女が未練を感じないように、軽く見えるようにしたのだけど。
みっともなく泣き喚いた方が、すっきりと出来たのだろうか。
そうすれば、少しなら彼女の心に残れたのかもしれない。
「いや、それも嫌だなあ」
好きだった相手に、そんなみっともない姿を見せたくは無かった。
彼女の中に残る俺は、少しでも格好良く映っていたらいい。
それが、今の俺のせめてもの願いだ。
昼休みが終わるまで、ここにいよう。
昼ご飯を食べていないけど、全くお腹が空いていないから大丈夫だ。
目を閉じたまま、俺は眠りにつこうとする。
「……あ、あの……」
その時、どこか遠くから誰かの声が聞こえてきた。
せっかく誰もいないと思っていたのに、人が来てしまったのか。
俺は舌打ちしたい気持ちを抑えて、薄めに目を開ける。
「う、うわっ!」
思っていたよりも、すぐ近くに人の顔があり、俺は驚いて起き上がった。
「……あっ、ごめんなさい……」
俺の顔を覗き込んでいた人は、クラスメイトの女の子だった。
今まで話したことのない、クラスでも目立たない子。
わざわざ顔を覗き込んでいたのだから、俺に用があるのだろうが、その用が全く見当がつかない。
それにしても、驚くほどに声が小さい。
俺が起き上がったのに驚いて、彼女も声を出したのだが、まるで蚊の鳴くような声だった。
だから先ほども、遠くにいると勘違いしてしまったのだ。
起き上がった俺は、驚きながらも逃げない彼女を見る。
自信は無いけど、確か名前は。
「伊藤さん?」
「! ……は、はいっ」
呼んだ名前は、どうやら合っていたみたいだ。
嬉しそうな顔をして、それでも小さな声で返事をした。
「えっと、俺に何の用かな?」
声が小さいのは聞き取りづらいが、雰囲気は小動物みたいで可愛らしい。
今までの奴らと違い、俺の失恋を馬鹿にした感じじゃないのが、更に良かった。
だから雑な態度を取らずに、話だけならと聞いてみることにした。
「……あ、あの……えっと……」
俺がそういうことを予想していなかったみたいで、彼女は視線をさまよわせて、とてもとても小さな声で焦っている。
まるでいじめているような気持ちになってしまうが、どんな話をしたかったのか気になってしまった。
俺は根気よく、彼女が話をするのを待つ。
焦っていた彼女は、何度か深呼吸をして、そして顔を真っ赤にさせながらも口を開いた。
「……あ、あのっ。わ、私、えっと……その……えっとですね……」
「うん」
「私、あの、うー……お、お友達になってくれませんか!?」
「うん?」
友達? 友達か。
急に何を言い出すのかと思ったけど、小さい声ながらも頑張った伊藤さん。
そんな彼女に、嫌だとは嫌な顔だとかは出来ない。
「い、いいよ」
「! ほ、本当ですか!」
「う、うん」
「あ、ありがとうございます!」
全身を使って喜びを表現している彼女を見ていると、何だか忘れようとしていたものを思い出しそうになってくる。
しかしそれは、しばらくは考えないようにするはずの思いだったから、抑え込もうと蓋をした。
「これから、よろしくね!」
「……お、おう」
蓋をしようとしたはずだったのに、笑顔を見た途端、負けそうになる。
別れというものを経験して、そして今日は新しい出会いを経験した。
それが、どう転ぶのか。
今の俺には、まだ分からない。
でも今まで、全く眼中になかった彼女のことを、気になっているのは確かな感情だった。
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