ポジティブ×天邪鬼



 私には、好きな人がいる。

 でも、恋が叶う可能性なんて全く無いだろう。

 それは、全部私が悪いからだ。


 彼のことが好きなのに、いざ目の前にすると、口に出るのは真逆の言葉ばかり。

 最初に会った時も、そうだった。


「俺の名前は、亮介。よろしくな!」


「ふ、ふんっ。よろしくなんかしたくない!」


 一目ぼれをしてしまって、私は完全におかしくなっていた。

 だから気が付けば、よろしくと差し出された手を、思い切り叩いてしまった。


 静まり返る教室。

 みんなの視線が私達に注目する中、手を叩かれた彼はというと。


「あらま。俺の手に虫でもついていた?」


 叩かれたことなど気にせず、明るく笑いかけてくれた。

 何て、優しい人なんだろう。

 心の中で感動していた私は、


「ええ、そうね。大きな虫がついていたから、思わず叩いてしまったわ」


 自分でも何を言っているのかというぐらいの言葉が、口から出てくる。

 その瞬間、私と彼の関係性が、クラスメイトの中で決められてしまった。



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 友達も出来たし、他の人とはコミュニケーションをとるのに問題は無い。

 ただ彼を目の前にしてしまうと、素直に言葉が出てこなくなってしまうのだ。

 そのせいで、みんなには私が彼を嫌いだと勘違いされている。


 まあ、それも無理は無いと思う。

 私はそれぐらい、彼に対して酷い言葉を言い過ぎている。


 自分でも言いたくないのに、口から勝手に出てしまう。

 そう言い訳しても許されないぐらいに、酷い言葉の数々だ。


 せっかく席替えで、隣の席になれたのに。

 このままだったら嫌われてしまう。


「……どうしよう」


 私はうなだれて、ため息を吐く。

 席替えは、二ヶ月に一回行われる。

 今度は、近くの席になれるとは限らない。


 残りの時間までに、せめて普通に話せるようになりたい。

 そう決意してから、どのぐらい経ったのだろうか。

 未だに、一歩の進展もない。


 どうして彼を目の前にすると、思ってもない言葉が出てきてしまうのか。

 原因が分からないから、どうしようもない。


 口にしなければいいのだと、手紙を書こうとしたこともある。

 しかし、真っ白な紙を前にして、一文字も書けなかった。


 こんなことを繰り返して、上手くいかない。


「……でも、諦めるのだけは嫌だなあ……」


 窓の外を眺め、真っ青な空の向かって呟いた。

 それは、完全な独り言のはずだった。


「何を諦めようとしているんだ?」


 しかし、返事があった。

 しかもそれは、私がここまで悩んでいる原因である彼からである。


「ひえっ」


 驚きから、情けない声が口からこぼれでる。

 慌てて押さえて、彼の方を見た。

 そこには最初に会った時と変わらず、私に向かって笑いかけてくる姿があった。


 今日も格好いい。

 本当、好き。


 私は胸の高鳴りを鎮めながら、口を開いた。


「急に話しかけてこないでくれる?」


 いや、もう本当、何でそんな言葉が出てきちゃうんだ。

 いっそ悟りの境地に達するぐらい、私は顔から表情を消し去る。


「ああ、ごめんごめん。悩んでいるみたいだから、力になりたくて」


 優しすぎる。

 彼があまりにも尊くて、今にも拝みそうになった。


「ふ、ふん。悩み事があっても、あなたになんか話さないから」


「そっか。いつでも相談してくれよな」


 こんなに優しいのに、私と来たら何なんだ。

 思っているのとは正反対の言葉は、自然と出てきてしまう。

 口を押さえる間もなかった。


 ああ、もう馬鹿馬鹿。

 頑張ろうと決心したのは、つい先程の話じゃないか。

 私は内心で、自分の頭をポカポカと殴る。



 このまま話を終わらせたら、いつもと同じ。

 それじゃあ、駄目だ。

 私は勇気を出して、自分の口から出る言葉をなんとかコントロールしようとする。


「あ、あの!」


「ん?  どうした?」


 頑張れ自分。

 頑張れ。


「か、彼女とかいるの?」


 いつもよりはいいけど、どうしてそれをチョイスしたんだ。自分。

 なぜよりにもよって、唐突にそんな話をする。


 彼の驚いた顔が、私は直視出来なかった。

 少しの静寂、私にとっては数時間の長さにも感じた。


「いないよ」


 たった四文字。

 されど四文字。

 私は内心でガッツポーズをし、喜びを表現した。


「そ、それじゃあ好きな人は?」


「いる」


 二文字。

 そして先程の半分の文字数で、一気にテンションは地に落ちた。


 好きな人いるんだ。

 誰だろう。

 きっと、素直で可愛い子なんだろうな。


 望みのない私は、その事実に泣きそうになった。

 すでに軽く泣いていた。



 失恋決定、そう思って下を向いた私の頭を、温かいものがそっと撫でた。


「俺の好きな子はさ。すっごい可愛いんだよね。少しきついことを言う時もあるけど、そういう時は顔を真っ赤にさせて、後で落ち込んでいるの」


 撫でられる感触は、とても気持ちいい。

 涙が引っ込むのを感じながら、私はそっと目を閉じた。


「そういうところを見てきたから、なんとなく分かったんだよね。素直になれないんだなって。でもそれは俺の前だけみたいで。それって、特別ってことだろ?」


 温かい。


「そう思ったら、もう可愛いとしか感じられなくて。さらに可愛いことに、俺の好きな人のことを聞いてきたからさ。素直に答えることにしたんだ。出来れば、お付き合いしたいからさ」


 撫でる手が止まった。

 名残惜しかったけど、彼は待っているのだ。

 私の答えを。


 私は目を開けて、そっと顔を上げる。

 視線の先には、穏やかに笑う彼がいた。


「俺と付き合ってくれませんか?」


 答えは決まっている。

 でも素直になれない私は、絶対にろくなことを言わないから。


 私は行動で、それを示した。



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