束縛×ハイスペック
付き合っている彼女の、全てを把握しておきたい。
俺は、きっと病気なんだ。
しかし治す手立てはないから、どうしようもない。
今日も俺は罪悪感を持ちながら、彼女のスマホに取りつけておいたGPSを調べるためにアプリを起動する。
「どこにいるんだ……はなちゃん」
彼女の愛称を呼んで、位置を表示させれば、予想していたのとは全く違う場所にいた。
「……川……?」
GPSが壊れてしまったのだろうか。
彼女のスマホは現在、川の中を移動していた。
俺はその画面を一度見て、そして二度見て、三度見する。
再起動しても、結果は同じ。
位置を示すマークは、川の中を進んでいる。
「え? どういうこと……? はなちゃん?」
俺は変わらないマークを見つめて、呆然と呟いた。
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数十分後、鍵の開く音が聞こえて、すぐに彼女の声が聞こえてくる。
「ただいまあ。漣君いる?」
未だにスマホを見ていた俺は、弾かれたように立ち上がって、玄関へと向かった。
「はなちゃん! どこに行っていたの? ……ってびしょぬれじゃないか!」
GPSのことを問い詰めようと思っていたのだが、何故かびしょぬれになっている姿をみて、それどころではなくなる。
洗面所まで走って、バスタオルを持てるだけ持つと、彼女の体を勢いよく拭く。
「どうして、こんなに濡れているの? 何してきたの?」
風邪をひいたら大変だと、出来る限りの水分を取り除くと、どうしてこんなことになったのかと尋ねる。
されるがままになっていた彼女は、僕の問いかけに目じりを下げた。
「ちょっと、川に流されていた子供を助けていたの」
「そうか……これで、何度目かな」
「うーん……十回目ぐらい?」
「いや、もっといくはずだよ」
俺は軽くため息を吐いた。
GPSがあんなことになるのは初めてで驚いたけど、こういったことは日常茶飯事だ。
俺の彼女は、想像を超えるぐらいのハイスペックで、トラブルを引き寄せる体質だった。
彼女はトラブルを引き寄せやすいのだが、同時にトラブルを解決するほどの力があるから、たちが悪い。
そのせいで困ったことがあったら、彼女に頼ればなんとかなる、みたいな方程式が周囲に認識されてしまった。
彼女も人がいいから、頼られたら断れない。
だから今回みたいに、川に入ることもためらいなくできてしまうのだ。
俺はそれが心配であるし、酷く不愉快にも思う。
彼女は俺だけのもののはずなのに、他の人に見せたくない。
閉じ込めておきたい。
俺しか帰れない部屋で、俺の帰るだけを待っていて欲しい。
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そんな欲望が顔をのぞかせて、少し前の話だが、実行に移してしまったことがある。
彼女の働いている会社に休みの連絡を勝手に入れ、俺が用意した部屋のベッドに拘束した。
傷つけたくはないから、柔らかい素材の手錠にして、俺が前々から着せたいと思っていた洋服を着せる。
そこまでされても起きない彼女は、まるで人形のように美しかった。
人形であれば、閉じ込めておけるのに。
「いや、人形じゃなくても閉じ込めてしまおうか」
彼女の頬を優しく撫でて、悪魔が囁くのを感じた。
本当は一週間だけのつもりだったのだが、実行してしまうと欲深くなってしまった。
このまま閉じ込めてしまえ。
俺は悪魔の囁きに抗わず、彼女を閉じ込めておくことに決めた。
しかし現在、彼女がこうして外に出ているということは、俺は閉じ込めるのに失敗したわけだ。
いや、失敗したというよりも、諦めざるを得なかった。
彼女は嫌がらなかったし、あまり状況を理解していなかったから、直接の原因は彼女ではない。
まさか、家に閉じこめる方が危険だなんて想像出来るわけないじゃないか。
彼女を閉じ込めて二日目の昼、俺は泣く泣く仕事に行っていた。
せっかく有給をとったのに、俺にしか対応できないレベルのトラブルが起こってしまったせいだ。
職場に行った俺は、過去最速で解決し、やらかした社員にお休を据えると急いで家に帰った。
外に出た時間は、二時間ほど。
しかし全てを俺が管理したかったから、彼女が目を覚ます前に帰ろうと、車を飛ばした。
「……は……?」
家に着いた俺は、その一言しか言えなかった。
先程まで何も無かったはずのマンションに、規制線が張られている。
そして周りには、おびただしい数のパトカーと警察や、特殊部隊の格好をした人達。
最初は彼女を閉じ込めていることがバレたのかと思ったが、さすがにおかしい。
もしそうだとしたら、真っ先に俺を捕まえるだろう。
しかし全員の視線は、マンションの俺の部屋付近を見ていた。
「あ、あの。何があったんですか?」
不安な気持ちを隠しながら、近くの野次馬の一人に状況を尋ねる。
話をしそうな中年の女性を選んだので、思惑通りべらべらと話をしてくれた。
「あそこのマンションで、立てこもりをしているらしいのよ! 女の人を人質にとってね!」
それが彼女かなんて、まだ分からなかった。
しかし、俺は彼女だと確信した。
「はなちゃん!」
彼女が危ない。
俺は彼女の名前を呼びながら、規制線の中に入ろうとする。
警察に止められ、それでも無理やりいこうとした。
「はなちゃん!!」
もう一度、彼女の名前を呼んだ。
「どうしたの? 漣君」
「は、はなちゃん?」
そうすると、マンションの入り口から彼女の気の抜けた声が聞こえてきた。
視線を向ければ、無傷の彼女の姿があった。
そして明らかにおかしいのは、彼女が抱えるように連れ添っている男。
服装から考えると、立てこもっていた人なのだろう。
しかし泣きながら、彼女に向かって何度も頭を下げている。
その場にいる全員が、状況を理解できなかった。
彼女だけが、いつもどおり緩く笑っていたのだ。
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結局、何があったのかというと、立てこもり犯を彼女は説得したというわけだ。
どうしたのかは知らないけど、彼女ならばあり得る。
それを聞いて、俺は彼女を閉じ込めることを諦めた。
家に閉じ込めていたって、そんな事件が起きるのだ。
それならば、閉じ込める意味は無いのではないか。
そういうわけで、彼女を独占したいと思いながらも、我慢するしかない。
今はGPSで行動を把握するだけに、一応はとどめている。
俺のやることに文句を言わない彼女は、GPSについても特に何も思っていないみたいだ。
束縛をしても怒られない。
そうなると、どんどん行動がエスカレートしかねないが、彼女の体質のおかげで今のところは平和である。
これから先は、どうなるのか分からないけど。
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