何故か上手くいく恋

瀬川

ストーカー×能天気



 僕が言うことじゃないかもしれないが、僕の好きな人は危機感が足りなすぎる。

 危機感というものが、産まれた時からないのではと思ってしまいぐらいだ。


「あ、おはようございまーす」


「……おはようございます?」


 どう育ってきたら、家にいた知らない人に普通に挨拶できるのだろう。

 侵入している立場からしたら困るけど、警察呼ぶとか、叫ぶとか、逃げるとか選択肢は色々とあるはずだ。


 挨拶をされたから、僕も普通に返してしまったけど、どう考えても状況はヤバい。

 僕は彼女のストーカーで、今日は我慢できなくて、初めて部屋に入ってしまった。


 そんな僕の手には、現在彼女が大事にしているぬいぐるみがある。

 それの匂いを嗅いでいたところを、彼女に見られたといわけだ。


 事件でしかない。

 未だに警察を呼ばれていない状況が、奇跡である。


 普通に挨拶されたけど、この状況を理解されたら、詰むことは確実。

 相手が冷静になる前に、早くここから出なくては。

 名残惜しいけど、持っていたぬいぐるみを置いて、退散することにした。


「え、えっと。それじゃあ、僕はこれで…「ちょーっと待ってください」は、はひっ」


 そーっとすればバレないと思い、ゆっくりと動いていたのだが、声をかけられて背筋を伸ばした。

 後ろにいる彼女の表情は、振り向かなければ見えない。


 僕は油の切れたロボットのように、ゆっくりと首を動かす。


「あなた、私をストーカーしている人ですよね。少しお話しましょう」


「……す、すみませんでした!!」


 とてもいい笑顔を浮かべている彼女に、恥も外聞もかなぐり捨てて土下座をしたのは、当たり前の行動だった。



 ━━━━━━━━━━━━━━━



「それで、どうして私をストーカーしているんですか?」


 目の前にストーカーするほど大好きな彼女がいるのに、全くときめかない。

 いつ断罪されるのかを、汗をダラダラとたらしながら待っていた。


 これからどうなるんだろう。

 警察には連絡されたくはないけど、無理な話だ。

 逆の立場だったら、すぐに連絡している。


 ああ、前科持ちになってしまうのか。

 世知辛い世の中だから、これから生きていくのも難しくなる。

 一生後ろ指を指されるんだ。

 悪いのは僕なんだけど。


「あなた、お名前は? たぶん、歳は同じぐらいだよね」


 汗を流して何を言われるのか待っていると、彼女はそんなことを言い出した。

 僕の名前を聞いてどうするんだろう、もしかしてSNSで拡散でもするのか。

 さすがにそれは、親に迷惑をかけてしまうから、出来れば勘弁してもらいたかった。


 しかしそれを決めるのは、僕ではない。


「あ、えっと、その……新道司しんどうつかさです。同じ大学の、同級生です」


「あ、そうなの? 知らなかった。よろしくねえ」


「は、はい。よろしくおねがいします」


 先ほどから妙なのだが、彼女が僕を見る目の中には、怯えなどといった感情が全く含まれていない。

 その方が僕にとってはありがたいけど、どう考えてもおかしい。

 僕は頭の中がぐるぐるとなって、どうしたら良いのか分からなくなる。


「ねえねえ、司君」


「は、はい! 何でしょうか?」


 そんな僕に対し、彼女は話しかけてきた。

 その顔は、とてもいい笑みを浮かべている。


 何を言われるのだろうか。

 僕は、彼女の次の言葉を待った。


「私とお付き合いしましょうか」


「……ん? んん? え、ええええええええええええええええ⁉」


「叫び過ぎだよ」


「あ、ごめんなさい」


 しかし言われた言葉は、全く予想だにしていないもので、僕は驚きから叫んでしまった。

 耳を塞いだ彼女に怒られて、慌てて謝ったけど、悪いのは僕じゃない気がする。


 付き合う、と言ったのか。

 それは、もしかして僕が考えているお付き合いとは違う意味なのだろうか。

 警察に行くのを付き合うとか、そういう話なのかもしれない。

 すぐに、そう考え直す。


「結婚を前提に、お付き合いしましょう」


 僕の勘違いでは無かったみたいだ。

 しかし、意味が分からない。


 僕はストーカーである。

 そして彼女は、被害者という立場だ。

 どう考えても始まるのは、恋愛ではないはずなのに。


 耳がおかしくなってしまったのだろうか。


「え、付き合うって、どういうことでしょう……?」


 何かドッキリとかかもしれない。

 そう思いつつも、期待をしてしまう。


「んー。そのままの意味だけどなあ」


「ど、どうして?」


「だって、あなたは私のストーカーでしょう? それなら、私のことを全て知っている、ってことよね」


「ま、まあ。そうですね」


 彼女の考えが、未だに見えない。

 だからこそ、期待と恐怖が入り混じってしまう。


「それって良いことだと、私は思うの。私の良いところも、駄目なところも知っているでしょう。それなら私に幻滅したりしない、私のことが好きでストーカーをしてくれているから、たくさんたくさん愛してくれる」


「は、はあ」


「あなたは好きな私とお付き合いが出来る。私は私のことを理解してくれる人と、お付き合いが出来る。それって、とってもいい関係性だと思わないかしら?」


「そ、そうですね……?」


 彼女の言う理屈は、あまり理解出来なかった。

 しかし、お付き合いする、という部分だけは理解できる。


「えっと、それじゃあ、よろしくお願いします……?」


「はい。よろしく」


 こうして何故か、僕は彼女とお付き合い出来ることとなった。

 未だに状況を理解していないし、夢では無いのかと思ってしまう。



 しかし、彼女の危機感の足りなさは、早めにどうにかしなくては。

 それだけは、分かった。



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