第7話 文化祭

 文化祭の季節がきた。

 クラスではキリスト生誕の舞台劇が行われることになっていた。寸劇と賛美歌合唱を組み合わせたものだ。茜は天使ガブリエル役に決まったが、わたしはその他大勢で合唱だけの参加となった。そこまでは良かったのだけれど、いざ準備期間に入ってみるとクラスでわたしだけ仕事がなかった。合唱隊は大道具・小道具の製作と言った裏方の仕事も兼ねた子がほとんどなのだが「浅葱さんは部活動が忙しくていらっしゃるから」と合唱の練習以外は仕事の割り当てがなかった。

 それは級友たちの親切でないこともわかった。

 文化祭まで一週間を切った日の夕方、忘れ物を取りに教室へ戻ろうとしたわたしは、ドアの前で立ち止まる。級友たちの会話の中にわたしの名が登場したからだ。ドアのすぐ向こうで話をしているらしかった。

「浅葱さん、また今日も『お気遣いありがとうございます』とか言って部活に行ってしまわれましたわ」

「ばかみたいな笑顔でね。厄介払いされているのにも気づかないで本気で感謝しているんですもの」

 残酷な忍び笑いがドアの向こうに広がる。会話しているのは茜の取り巻きをしている二人らしい。笑い声は四、五人。ドアの前でわたしが凍りついていると、意地の悪さを滲ませた会話が続く。

「茜さんはあんな子と一緒にクラブ活動なんてよく我慢してらっしゃると思いますわ」

「本当に。茜さんの慈悲がなければあんな気持ち悪い子、クラスから叩き出してしまうのに」

「浮浪者のように真っ黒な顔をして、茜さんを嫌らしい目で見て。なんであんな子がハリスにいるのかわたくしには理解できません」

 音を立てて血の気が引いた。

 ――嫌らしい目?

 具体的に何を指しているのかはわからない。けれど、そこには最大級の侮蔑が含まれていることだけは理解できた。

「今日もあの黒ゴボウさん、茜さんの差し上げたリボンをこれ見よがしにつけていましたわ。茜さんは出来の悪い試作品を与えただけなのに、勘違いして後生大事に」

「ご存じでして? クラブではあのレズ女、茜さんのことを呼び捨てにしているそうですわ」

「汚い言葉はおやめになって。そうね、でも、茜さんも寛容に過ぎるのではないかしら。いくらお心が広いからと言って、クラブ活動でずっとあんな子を近くに置いていては肝心の茜さんが汚れてしまいそうで心配です」

 耳を疑った。同級生たちの口から思いもよらない言葉が流れ出していた。人を傷つけるような言葉など絶対に吐かないはずのハリスの天使たちが、今はその舌鋒に悪意を乗せてわたしを扱き下ろしている。

 ――こんな風に思われて……。

 彼女たちの言葉は心に痛かった。

 クラスに馴染めていないことは自覚していた。外部入学の子たちが一人ずつ溶け込んでいく中でわたしだけが外部生のままだった。部活動が忙しかったからとか、寄宿舎でも上級生とばかり接していたからとか理由は色々見つけられたけれど、茜以外の友人を作る努力をしてこなかったのは確かだ。陰口を叩かれても不思議はない。

 ――だけど。

 唇を噛みしめる。

 ――茜にまで。

 彼女たちはわたしに優しくしているからと言う理由で、控えめながらも茜を批判している様子だった。茜の取り巻きをするその声の主が、わたしを理由にして茜を責めている。

 息を吸い込んで下腹に力を込め、ドアノブに手を伸ばす。

 そこで誰かがわたしの肩に手を置いた。

 茜だった。

 彼女は静かに首を振ると唇の前で人差し指を立ててみせた。そして、わたしを渡り廊下へと引いていく。特別教室棟へと繋がる渡り廊下は屋根があるのは二階までで、一年生のいる最上階は屋上になって別棟に繋がる。

「……茜」

 屋上へと続く鉄の扉を閉めたところで声をかけると茜が手すりの土台に腰掛けてわたしを手招きした。

「?」

「お腹が減っていると浅葱さんは怒りっぽくなりますわ」

 茜がわたしの口に飴玉を押し込む。ミルク味のキャンディだ。

「あの方たちは少し嫉妬しているだけなのです。浅葱さんを悪く言うのも、わたしたちが仲良しだからですもの。ハリスのような閉鎖的な環境ではよくあること。口ではあんな風に言っていますけれど、心底嫌っているわけではないはずです。現に、浅葱さん、持ち物にいたずらされたり暴力を振るわれたりはしていませんでしょう? ハリスの生徒たちは根が善良ですからそんなことはできないのですわ」

 のんびりとした茜の口調と、ミルク味の飴玉がもたらす柔らかな甘みがわたしの気勢をそぐ。

「……茜、わたしがなんて言われてるか知ってた?」

「ええ」

「その、気持ち悪いとは思わなかった?」

「いいえ。浅葱さんは浅葱さんですもの。わたし、噂している子たちよりは浅葱さんのことを知っているつもりです」

「……そっか」

 茜との会話が心に痛い。

 なぜ痛みを感じるのかがよくわからなかった。陰口に腹は立ったものの、傷つきはしなかった。なのに、今、茜と交わす言葉に傷つく自分がいた。

 ――なぜだろう。

「部のお仕事を任せきりにしてしまっていて申し訳ないのはわたしの方。文化部の祭典なのですから、本当なら時間を取られてしまう役はお断りすべきでした。ごめんなさい」

 茜に頭を下げられてわたしの罪悪感はさらに深まる。わたしは何も言葉にできずにただ首を振った。

「ご機嫌は収まりました? ちょっと元気が無さそうですけれど」

 さらにポケットから取り出した飴の包みを、だめ押しのように茜がわたしに握らせる。

「誤解はやがて解けるものですし、噂話の命も短いもの。文化祭まであと数日ですわ。お互いに頑張りましょう」

 茜はわたしの胸のスカーフを結び直す。朝、身だしなみを整える時のように。気を取り直せ、ということだろう。わたしは強く頷いて口を引き結んだいつもの笑みを作る。

「ありがとう。元気が出たよ」

「では、わたしは行きますわね。天使ガブリエルが受胎告知をしなければイエスさまは生まれてくることができませんもの」

 笑顔の茜が鉄扉の向こうに消えた。わたしはその後ろ姿を見送り、茜が完全に視界から消えたのを確認して笑顔を消した。

 ――友達、失格かな。

 胸を押さえて座り込み、天を仰ぐ。北海道の空は夏でも高いけれど秋の訪れと共にさらに高く、深く澄んでいた。その空の色に反してわたしの心は沈んだ。

 これまで茜に対して偽りの表情を見せたことがないのが密かな誇りだった。なのに「元気が出た」などと嘘を吐いてしまった。自分を励ますための言葉にすらなっていなかった。

 ――それだけじゃない。

 同級生に同性愛者扱いされたわたしを茜は『浅葱さんは浅葱さんですから』と軽く受け流した。その、茜の反応がわたしを消沈させたのだ。

 ――でも、なんで?


 気が塞いでいるときには体を動かして心を体で引っ張るのがわたしのやり方だ。文化祭までにこなさけなればいけない仕事は多い。体力を使う作業はいくらでもあった。畳ほどの大きさのパネルを倉庫から引っ張り出し、壊れかけているものは補修しながら羅紗紙を張る。体力任せの仕事はわたしの得意分野だ。パネルを揃えると大量の布の洗濯に取りかかる。パネルは遮光とパーティションに使うが、ベニヤの表に紙を貼っただけなので正直見映えがしない。飴色の腰板と白漆喰の美しい歴史ある教室もアトリエとしては野暮ったい。いっそのこと天井から壁からすべてを布で覆ってしまえ、というのが紡織部の展示方針だった。そのための大量の布を洗濯しなければいけない。大仕事だ。

 運動着姿で、洗い場に特大の桶を置いて布を洗う。秋分が過ぎたばかりだけれどここ北海道では水仕事が少しばかり辛くなりつつある。たらいの中で布を踏む足は真っ赤になり、汗を掻いた体からは湯気が立ちのぼる。がちゃぽん――手押し式の井戸ポンプ――を全身で漕げば顎の先から汗が滴った。

 水を吸った布は重い。大盥に山のように積み上げ、頭の上に載せてクラブハウスの階段を踏みしめると体中が軋みを上げた。屋上に辿り着いた頃には足が震えていたけれど、渾身の力仕事と秋の空はわたしの気分を高揚させる。屋上に張り巡らしたロープはすぐに洗濯物でいっぱいになった。

 ――洗剤のCMみたい。

 大の字に寝転がって空を見上げた。北海道の空は独特だ。どこか日本ではない国のような不可思議な感じがあった。洗濯物の隙間を四条の航跡を引いて飛行機が南へと横切っていく。

 飛行機雲が青空に溶けていくのを眺めるうちにわたしは眠りに引き込まれていった。


 目覚めたときには茜が顔を覗き込んでいた。三時を報せる鐘に起こされたらしい。

「浅葱さん、お目覚めになって?」

「ああ……。寝ちゃってた? わたし」

「ぐっすりと」

 茜が忍びやかに笑う。楽しげだった。ふと、茜の口元に視線が吸い寄せられる。普段はつけているのを見ないグロスのリップクリームが塗られていた。

 ――あの時の。

 夏合宿の前に一度だけ、同じ物を使っている茜を見た記憶がある。およそ彼女らしくない口調でわたしの名を呼び捨てにしたあの時の茜は強く記憶に焼き付いていた。一夏が過ぎて夢であったかのような気がしていたのだが、艶やかな唇が記憶を蘇らせる。

「さあさ。先輩方がお茶にお誘いくださったの。参りましょう」

 忙しくても優雅なお茶の時間を欠かさないのが紡織部の活動方針だった。手洗いに寄ってふと鏡を覗き込んだ。口の端が光っていた。

 ――なんだろう。

 唇を湿す。甘くさわやかな香り。

 ――ミント?

 今日に限って艶やかだった茜の唇が思い浮かんだ。一つの連想に辿り着く。

 ――違う。

 一人赤面しながら首を振る。

 たぶん、眠っている間にリップクリームを塗られただけなのだろう。わたしはそう思うことにした。

「茜、今日のリップクリームはつやつやだね」

 遅れて部室に辿り着いたわたしはお茶の席に加わりながら茜にそっと声をかける。反応を見たいというわたしの思いをよそに茜は機嫌良く「おかしくないかしら」と笑顔を返してきた。いつもの茜だ。

「少し唇が荒れてらっしゃるわ。塗って差し上げます」

 茜がわたしと向き合い、顎に指を添える。緊張するようなことではないはずなのにわたしは背筋を硬くした。先輩たちの視線が、なぜか今日ばかりは痛かった。

「ほら、浅葱さん、いーって」

 リップクリームを塗り終わった茜が唇を引き結んで見本を見せる。口紅ではないのだからそんなことは必要ないような気がしたけれど、わたしは言われるままにリップクリームを唇に馴染ませた。

 ――同じ、味。

 さきほど洗面所で気づいたのと同じミントの味がした。爽やかであるはずの香りは、けれど、わたしを落ち着かない気持ちにさせた。


 紡織部の文化祭展示は概ね好評だった。布と照明を凝らして雰囲気を作り、個々人の作品展示と機織りの実演を行った。実演は部員による高機のデモンストレーションと卓上織機による体験イベントで、後者では延べ三十人あまりが自分で織った布を持って帰った。色とりどりの草木染めのハンカチも用意した二百枚を完売した。中等部生が「茜お姉さまの織ったのはどれですか」と真剣な表情で買いに来たのが一貫教育の女子校らしく印象に残った。

 最終日午後四時を過ぎ、高機と作品を撤収して教室はがらんとしてしまっていた。パネルと張り巡らした布は明日の午前中に片付ける時間が取られている。文化祭は終わったのだ。

「三年生はこれで引退なんだね」

「まだ手芸コンクールがありますわ」

 それでも実質的な活動はこれが最後だろう。コンクールへの出展作品もすでに完成している。休み明けの活動日には部長の交代もある。

「もう、京子先輩が機を織る姿は見られないんだ」

「寂しそうですわね」

「うん。茜にくっついて入った部だったけど、京子先輩がいなかったら続けてこれなかったかもしれない。部活以外でもいろいろお世話になったし。正直、寂しくなるかな」

 そう、と応えた茜の声が奇妙に冷たく響いた。怪訝に思って振り返ったものの、夕陽の射す教室は影絵のように半分が闇に沈み、その影の中に立つ茜の表情は見えなかった。ただ瞳だけが夕焼けの空を映して影の中でわたしを見据えて輝いていた。それはわたしを呼び捨てにしたいつかの茜を思い起こさせた。

「茜?」

 名を呼んでみても返事はない。開け放たれたハングウィンドウの窓にカーテンが揺れた。一条の光が彼女の横顔を照らし出す。

 ――え?

 夕陽に染まった頬の下で唇が奇妙に歪められていた。それは笑顔の一種ではあったけれど、茜の示す表情のレパートリーにはなかったはずのものだ。禍々しさを湛えた笑み。乗せられた感情はなんだろうか。

 夕焼けの色を映した赤い瞳は彼女を見知らぬ人のように見せる。

「……茜?」

 こつ、と踏み出された茜の一歩にわたしは身を震わせる。茜は明らかに変貌を遂げようとしていた。射貫くようにわたしを見据え、口元には不吉な微笑みを刻んでいる。これが本当に茜なのだろうか。

 その時、廊下を近づいてくる一団の気配が伝わった。クラブハウスに作品を片付けに戻っていた上級生たちだ。茜の歩みはその場で留まり、ふっ、と小さく吐息が漏れる気配がした。同時に教室を支配していた重い空気が消える。次の瞬間には茜はおっとりとした笑顔を浮かべたいつもの彼女に戻っていた。

「おぉい、一年坊。後夜祭が始まるよ」

 何事もなかったかのように茜が応じる。

「フォークダンスですか?」

「そう。あんたたちはそのまま浴衣でいいよ」

「『浴衣姿で連れて来い』とリクエストが多数来てる」

「まあ」

 柔らかに笑う茜がまるで知らない人間に思えた。呆然としたままのわたしに京子部長が声をかけてくる。

「高野、どうかしたのか?」

「……いえ」

「さっきから浅葱さん、元気がないんです。三年生が引退だって話をしたら寂しくなっちゃったみたいで」

 確かにそんな話をしてはいたけれど、わたしが絶句していた理由は違った。別人のように見えた茜にも衝撃を受けたけれど平然と言い繕う姿が一層わたしを動揺させたのだ。

 人形のようにぎくしゃくと、部員たちの足取りを追って流されるままに校庭に出る。

 陽が暮れて篝火が盛大な炎を上げ始めた。火の粉を吹き上げる炎に、生徒たちが次々と役目を終えた衣装や台本を投じ始める。その光景をぼんやりと眺めながらわたしは紡織部の一同から少し離れたところで篝火を眺めていた。頭の中は不穏な気配を湛えた茜の姿でいっぱいだった。

「浮かない顔をしているな」

「……すみません」

「高野らしくない。原因はか?」

 京子部長の視線が二年生たちと談笑する茜を示す。

「向井は人当たりはいいし、思いやりもあって優しくて親切だ。ぱっと見は地味だが人を魅き付ける華もあるな」

「地味、ですか。ちょっと見ないくらい綺麗な子だと思うんですが」

「高野の目は正しいと思うよ。だが、あの子は芝居をしてもいる」

「…………」

「そう。芝居というのとは少し違うか。教室での彼女はどうだい?」

「え? ごく普通です。誰にも好かれていて、クラスの中心にいて」

「ろくに口を開かないのに、誰からも慕われていて? お姫様のように?」

 その通りだった。茜はクラスメイトたちの間では聞き上手に徹している。紡織部での彼女はよく笑い、よくしゃべるのに。

「部での向井もわたしたち上級生相手にはそうだよ」

「えっ」

「意外だろう? 向井が屈託のない笑顔を向けるのも、いらだった視線を向けるのも高野にだけだ。わたしたちには笑顔しか見せない。そして部の誰もが向井をお姫様のように扱っている。高野が浴衣作りの追い込みをしている間、二、三年は総出で彼女にかしずいていたよ」

 何かの冗談に思えた。京子部長は唇の端で笑う。

「向井はたぶん、糸を紡ぐのが本性なのだろうな」

「ほ、ほんしょう?」

「紡いだ糸の先には大勢の人が連なっている」

 よくわからないたとえにわたしは目を白黒させる。

「高野だって家族に向かう時と学校とでは自然に性格を変えているだろう? 私に接する時と向井に接する時とで為人が違う。でも、それは演技でも嘘でもない。どれも高野自身だ」

「わたし、性格が違いますか? 京子先輩と茜に向かった時とで」

「違うだろう。私に向かう時は少し子供っぽい」

 わずかながらも甘えていた自覚のあるわたしは赤面する思いだ。

 ――でも、そうかもしれない。

 同一人物であっても、その時々の関係によって接し方も変わる。茜に対してはわたしはどちらかと言えば保護者的に振る舞っていたかもしれない。茜も大人ぶりたいわたしに対しては子供っぽい側面を見せていたのかもしれない。

「今日、いつもとは違う茜を見た気がしました。それが少しばかりショックでした」

 そうか、と京子部長の手が頭に乗せられる。

「だからと言ってせっかくの後夜祭にしょんぼりしていることはないだろう。高野と踊りたがっている二、三年はいっぱいいるよ。高野は紡織部のホープだからな。手芸部の連中には世話になったろう。園芸部にも。写真部もあんたと茜の写真を撮りたがってた。挨拶しておいで。三年生にはこれが最後の行事だ。笑顔で思い出に残ってやりな」

 力強く背中を押された。確かにその通りだ。それに、うだうだ考えるのはわたしの性に合わない。

「はいっ。行ってきます」

 強く頷いてわたしは篝火を囲む人の輪へと駆けていく。手芸部の上級生たちには確かに世話になっている。浴衣の縫製では和裁の勉強をさせてもらった。園芸部や図書委員会の人々にも迷惑をかけた。クラスメイトたちにはもっと迷惑をかけただろう。もちろん紡織部の上級生たちには世話になりっぱなしだ。この半年で関わった人たちに謝意を示す良い機会だった。

 浴衣で踊るフォークダンスは微妙に盆踊りの香りがした。肩より高く上がらない袖や広がらない裾、爪先を上げて踵から踏み出せない下駄という要素が加わると身ごなしが盆踊り風になってしまう。

 ダンスの輪で次々とパートナーを交替するうちに気づいたのは、わたしは妙に有名人らしいということだった。初めて口をきく相手であるのに、わたしを見るなり「ああ」と何かに思い当たったような顔をして「校庭でジンギスカンをしてた」だの「水道の栓を壊した」だの「シスターによく怒られている」だの「桑の実で口を紫にしてる子」だのと、しでかした行状の数々を挙げてくる。「おどんぶりちゃん」と呼びかけてくるのは寄宿生だ。

「浅葱さん、悪名高くていらっしゃるのね」

 わたしの後ろでダンスの輪を一周した茜がいつもの調子で声をかけてくる。

「茜はお姫様みたいな扱いなのに、ずるい」

「日頃の行いかしら」

 夕陽の教室での茜が頭から離れず、内心では緊張せずにはいられなかったのだが、普段通りの茜だった。これまでと変わらない関係を続けられそうだと安堵したのだが、すぐにそれが幻想だったのだと嫌になるほど思い知ることになる。

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