第6話 浴衣・夜祭り

 合宿は最終日を迎えて盛り上がっていた。

 二、三年生は文化祭に向けての作品作りということで落ちついたペースで織機に向かっていたけれど、一年生の二人は大車輪だった。一足早く織り上げた茜は染めも二日前には終わらせ、昨日一日で着物に仕立てて今日は洗濯と糊付けをしていた。対するわたしはと言えば、昨日は夜の九時まで機に齧り付き、今朝も六時からシャトルを飛ばし、綜絖そうこうを上下させていた。ようやくのことで昼前に織り上げ、午後いっぱいを裁縫室――時代遅れの足踏み式ミシンが並んだ教室――で過ごして夕陽を浴びながら完成させたのだった。

「間に合うもんだねえ」

「本当に」

 汗を浮かべてアイロンをかけるわたしを眺め、先輩たちがのんびりとおしゃべりをしている。脱水しただけの浴衣はアイロンを当てるともうもうと湯気が立った。夏の夕暮れに汗が伝う。

「……暑い」

 アイロンを置いてプラグを抜く。ひぐらしの声が耳に付いた。

「お疲れさま」

 茜が冷たいおしぼりを手渡してくれる。

「ふう。どうにか間に合った。茜のおかげだね」

 昨日、今日と蚕の世話も畑の手入れも茜に押しつけてしまっていた。食事の支度もわたしだけ抜けるというていたらくだ。

「さぁさ。終わったならとっとと片付けて寮に戻るよ。シャワーを浴びてお祭りに出かけよう」

 京子部長が音頭を取る。この人がいないと紡織部の人間は動き出さない。

「あ、わたし、鞄が上の教室」

「ここにありますわ」

 茜が手にしたトートバッグを示す。

「教室、撤収しちゃったからね」

「え。あ、明日から通常授業があるんでしたっけ。うわ。済みません。一年がやるべき仕事なのに」

 合宿は最終日で空き教室の織機は片付けてしまわねばならなかった。教わるばかりで返せるものが労働力しかないのが一年生の立場だ。この状態はひたすら申し訳が立たない。

「気にしない。毎年一年はぎりぎりまで作業してて撤収は二、三年がしているからね。今年は向井が早めに仕上げたのに感心したくらい」

 部員たちはいつもの賑やかさで夕暮れの校舎を歩いていく。手際の悪い一年生を咎める上級生はいない。こういう空気があるからこそ一年生のわたしたちが率先して雑用を引き受ける気になるのかもしれない。良い循環が保たれている部活動なのだろう。

 身だしなみを整え、部員全員と付き添い役の顧問の教師とが揃ってバスに乗る。祭へと向かう部員たちの身を飾っているのは手作りの品ばかりだ。さすがに履き物は鼻緒くらいしか手が回らなかったが、帯に挿したうちわは竹の骨組みに蚕を這わせて作ったものだし、巾着も手製だ。携帯電話のストラップひとつにしても既製品を付けている者はいない。

「茜、染め、すごくうまくいったよね。藍の色ってこんなにきれいなんだね。肌の白さが映える。美人さんだ」

 隣で手摺りに掴まっている茜を矯めつ眇めつする。袂の手触りを確かめてみれば真新しい木綿の藍染め独特の感触が心地良い。藍は不思議なもので、染めるだけで虫除けにもなれば生地も強くなるという。生地がくたびれても重ね染めで布地は強さを増し、生き返るらしい。

「向井は藍立てに後染めと難しいことに挑んで見事に成功したな。茜で染めた帯の発色も黄色味の少ない茜らしい赤が出てる。染めるときに米を入れてみたんだっけ? 私の知っている二期上まで含めても一番の出来かもしれない。織りはすでにわたしたちも敵わないかもな。仕立てもいい出来だ。顔映りもいいし、着付けも完璧。注ぎ込まれた技術、難しいことへの挑戦、出来映えの良さで三冠だね」

「浅葱ちゃんは敢闘賞ね。ぎりぎりまで機の前に座っていたのに織り目が荒れたり狂ったりしてない。元々の不安定さも大分落ちついてきた。経糸たていと緯糸よこいとで微妙に色味も太さも違う糸を組み合わせたのは正解。淡い黄色でも深みが出てるわ。ミシンはもう少し練習が必要かしら。布の出来に仕立てが追いついていないのが惜しい。あと、来年は日焼け止めを使いなさいな。浅葱ちゃんは地の色が淡いから、この浴衣と合わせれば妖精みたいに見えるはず。真っ黒なのもおてんばな浅葱ちゃんらしくていいけれど」

 三年生の二人が口々に一年生の浴衣を批評する。茜がそれに続き、足下から頭までを視線でなぞって囁いてきた。

「リボンと帯と鼻緒の色、合わせてらしたのね」

 髪をまとめているのは茜から最初に贈られた水色――浅葱色のリボンだった。実を言えばリボンに合わせて帯の色を決め、帯に映える浴衣の色を探したのだ。糸の段階で布にしたときの色味を正確に予想するのは難しい。帯も浴衣地も微妙に思い描いていた色味とは違っていたものの、結果を組み合わせてみれば悪くないように思われた。

「プレゼントを生かしていただけるのは嬉しいことですのね」

 茜のこの囁きひとつだけで十分に報われた気がした。


 祭りは山裾の小さな神社で行われる。もともとこの神社の建つ土地はアイヌの聖地で、和人の神社ではあってもアイヌの様式が色濃く盛り込まれた不思議な祭祀を行っているらしい。今回のお祭りも豊作豊漁祈願となっているが、和人との戦争で騙し討ちにされたアイヌの英雄を鎮める祭りだとも噂される。

「小さな神社なのに神楽まであるんですね」

 わたしと茜は三年生の二人とともに露店を巡る。地元の子供会や町内会の冴えない屋台が目についた。あんず飴はあってもチョコバナナはなく、古着屋と古本屋、鉢植えの露店に人が集まる。そこはかとなくガレージセールの雰囲気があった。

「お参りしてこうか」

 賽銭を投じ、鈴を鳴らし、柏手を打つ。願うことはいつもの神前での祈りと変わらない。信仰は持っていても日本の生活習慣として寺社に詣でることに抵抗はない。

 ――いつまでも茜の善き友人でいられますように。

 学校の礼拝堂でも、就眠前のベッドの上でも、わたしが祈るのはこればかりだ。合わせた手を下ろし、振り返ると数歩離れたところに立つ茜がこちらを見ていた。

 ――え?

 わたしに向けられた茜の視線に尖ったものを感じた。苛立ちを含んだ険のある視線。それも束の間で次の瞬間にはいつもの笑顔が浮かんだ。ハリスの生徒たちに共通する独特の穏やかな笑み。

 ――錯覚、かな。

 あるいは難しいことでも考えていたのか。

「一生懸命お願い事をしていましたのね。何をお願いしていたのかしら」

 少しいたずらっぽい、笑いを含んだ声で訊ねてくる。

「……ええと。内緒」

「まあ。きっと素敵な殿方との出会いでもお願いしていたのね。浅葱さんたらおませさんなんだから」

「そんなんじゃないって」

「ふふ。いいんですのよ。隠さなくても。それに願いは口にしちゃいけないと申しますわ」

 軽やかに笑ってわたしをからかう彼女はいつもの茜だった。

 その日、わたしたちは合宿の最終日を心ゆくまで楽しんだ。お腹がくちくなるまで屋台を食べ歩き、輪投げや水ヨーヨー釣りを楽しみ、セルロイドの樟脳しょうのう船を買い、互いの写真を撮る。祭が引けてからは神社から学校までを歩いて戻ることになっていた。慣れない下駄は鼻緒が少しばかり足に痛く、それも夏の最後を締めくくる楽しい一夜となった。

「それにしても浅葱は本当によく食べたね」

「食べてるの見てるだけでこっちまで胸がいっぱいになった。フードファイターになれるわ。どれだけ食べたのよ」

 二年の先輩たちがわたしの食欲を揶揄する。

「ええと、タコ焼き一船、お好み焼き二つ、焼きそば一つ、イカぽっぽひとつ、焼きもろこしにシシカバブーかな。かき氷も食べました。あんず飴も。アメマスの塩焼きも食べたかったのに買う前に店じまいしちゃいました……」

「あんた食べ過ぎ。今も綿菓子食べてるじゃない」

「でも屋台の食べ物はすぐにおなか空いちゃうんです。そうだ。帰ったらお蕎麦を茹でませんか。ざる蕎麦。おろし蕎麦がいいな」

「さんざん食べておいてまた食べる話なの? 胸焼けがするわ」

「おろし蕎麦はいいけど高野に大根をおろさせるのは禁止。こないだの天ぷらで懲りた」

「そうそう。どうやったらあんなに辛くおろせるのよ」

「別に普通におろしただけじゃないですか。第一、辛くない大根おろしなんて気が抜けてて嫌です」

 わたしが口を尖らせると京子部長が苦笑する。

「高野は胡桃を素手で割るもんな。そんなヘラクレスみたいな子におろし金を持たせるのが間違いなんだろう」

 嘘だの信じられないだのと先輩たちの間から声が上がる。胡桃の種はコツさえ掴めば力がなくとも割れるのだと主張したものの信じてもらえないようだった。

「コツがわかれば茜にだって割れるのに」

 わたしと同じぐらい小柄で、わたしとは正反対に体力のなさそうなのが茜だった。ポテトチップスの袋が開けられずにハサミを持ち出してくるのを見て目が点になったことがある。

「はい? あぁ、ソフトクリーム、融けてきてしまいました」

 話についてきていなかったらしい茜から情けない声が上がる。帰り際に買ったラベンダー味。もう十分近く夜道を歩いている。融けもするだろう。

「しょうがないなぁ、もう」

 横合いから大きく口を開けてコーンの上にはみ出していたクリームを齧り取る。わたしの一口は大きい。

「あ、あ、あ。半分しか食べていませんでしたのに……」

「蛍ばかり眺めてるからアイスが融けちゃうんだよ」

 蛍売りなどという時代錯誤な露店があり、生まれて初めて見たという茜が二匹入った籠を買ったのだが、彼女は道中をずっとその蛍を気にして歩いていたのだ。周囲の灯りがなくなれば光り出す、と売り子は言っていたが、街灯一つ無い山道に差し掛かった今も光る気配がない。

「本当に蛍なの? それ」

「さあ。私も実物は初めてで……」

 胸の赤いコメツキムシくらいにしか見えなかった。

「北海道は水も空気も綺麗だから蛍もいっぱいいそうな気がするのに」

「こっちには元々蛍はいないことになってる。観光資源にしようと導入したところはあるけど苦労しているみたいだし。南国の虫なんだろうね」

 先を歩いていた京子部長が振り返りながら説明する。

「もっともアイヌの言葉で『ニンニンケプ・カムイ』って蛍を指す名前があって神語りカムイ・ユーカラにも登場する。和人が北海道に入る前は蛍もいたのかもしれない」

「私、少しも存じませんでした」

「うん。わたしも。京子先輩は物知りですよね」

「それはヘイケボタルだと思う。赤い部分に黒い縦線が入ってるだろう。ゲンジボタルはそれが十字でもうちょっと大きい、はず」

 茜とわたしは感嘆の声を上げる。京子部長は染料植物にも詳しく、大抵のことを訊いても答えと参考資料を教えてくれる部内の知恵蔵だった。

「茜のその浴衣も絞りの紋様が蛍の光みたいな感じだよね。大きな絞りはお月様で、小さな絞りは星か蛍か、って。藍色の夜空に蛍の光」

「まあ、浅葱さん。素敵なたとえですわ。嬉しがらせをおっしゃいますのね。ソフトクリームを半分食べてしまったことは帳消しにしてもいいくらい」

「あれだけ時間をかけて半分しか食べられないんじゃ、どのみち残りは融けてなくなっちゃうよ。第一、茜はコーンが好きなんでしょ」

「帳消しは撤回ですわ。最近の浅葱さんは憎まれ口を叩きますこと。意地悪な方にはべっこう飴、分けて差し上げませんことよ」

 茜がこんな軽口めいたことを言うようになったのも合宿が始まってからだった。起居を共にし、畑で汗を掻き、並んで機を織れば気安くもなるのだろう。

「最近の茜は食べ物でわたしを釣るのがうまくなってきた」

「この間は蚕にあげる桑の葉まで食べてらしたわ」

「ホワイトソーセージみたいだからって蚕は食べるなよ、高野。中国の巫蠱道ふこどうに蚕を使う蠱毒というのがあるそうだ。虫を共食いさせて、生き残った虫で呪いをかけるんだとか。蚕を蠱毒にしたものは恐ろしいらしい」

 わたしと茜は顔を見合わせる。

「蚕なんて可愛くてかよわい虫で」

「呪いなんて無理そうだよね」

 蚕の世話で毎日忙しい思いをしているわたしたちはその繊細さを知っている。四齢の幼虫になるまでは素手で触れば雑菌に感染して死んでしまうし、くしゃみも厳禁だ。蚕部屋に入る前には滅菌した割烹着を着てマスクをする。それでもぽろぽろと幼虫は死んでゆく。一代雑種で抵抗力のある蚕でも、だ。蚕は人の手がなければ一代で滅ぶ唯一の家畜なのだと聞いた。

「そのか弱い虫の吐く糸が古代ローマでは金と同じ価値を持ったそうだ。価値を持つものには力が伴うってことかねぇ」

「そういえばカミキリムシやクワガタの幼虫って火で軽くあぶって食べると極上の美味って言いますよね。熟蚕じゅくさんはつるんと透き通っていてすごくおいしそうな気もしてきました」

 わたしの言葉に周囲から軽い悲鳴が上がる。

「蚕なんぞを食わせたら高野が最強の蠱毒になって手がつけられなくなるかもしれん。向井、高野が飢えないように注意してやれよ。うっかり目を離すと蚕部屋に七輪を持ち込んで食いつくしかねん」

「五齢幼虫みたいな食欲ですものね。食欲魔神のためにスイカを冷やしてありますわ。戻ったら皆さんでいただきましょう」

「やったぁ」

 まだ食わすのか、という声とともに少女たちの輪に笑いが弾ける。その華やかな空気の中で茜の提げる籠が目に留まった。

「……あ、蛍」

 道は林の間に差しかかり月明かりが遮られていた。目も闇に慣れ、先頭を歩く顧問教師の持つ懐中電灯も必要が感じられなくなってきた頃合いだった。

「まあ。綺麗」

「こんなに微かな光なんだな。わからなくて当然」

「本当に暗くならないと見えないんだ」

「テレビで見たのはもっと明るかったのに」

 七人の少女たちが勝手な感想を口にする。

「そうそう、蛍売りの話を知ってる?」

 二年生の一人が芝居めいた低い声で話し出した。

「蛍売りなら神社にいたじゃない」

「この蛍だって蛍売りから買ったんでしょう」

「そうなんだけど、ちょっと違う。昔むかぁしの話。蛍なんて水辺にはどこにでもいた時代、蛍売りをしている男がいたんだって」

「どこにでもいたら商売にならないわ」

「そうなの。蛍売りと知り合った男がね『商売にならないでしょう。たんぼに行けばいくらでもいる』と言うと蛍売りは『うちの蛍はどこの蛍より綺麗なんですよ』と妙な笑い方をするわけ……」

 へ、へ、へ、と先輩が気持ちの悪い笑い方をして見せる。その声色に「やだぁ」と悲鳴とも歓声ともつかない黄色い声が応える。

 からからと下駄を鳴らして少女たちは夜道を辿る。舗装はされていたし歩道もあったけれど、ところどころでセンターラインがなくなってしまう九十九折つづらおりの山道は二十分近く歩いていても一台の車も通らない。怪談の舞台には誂え向きだ。

 けれど、ふと気づけば怪談の時々にあがる黄色い悲鳴に茜が混ざらなくなっていた。足取りも頼りなく集団から遅れ気味だ。

「どうしたの、茜。疲れた?」

 首を振る仕草も微妙に鈍い。下駄を履いた足が絡まりそうに危なげで、あまりに頼りなくて腕を掴んでみるとかくりと首が落ちそうになる。

「ありゃ。眠くなっちゃった?」

 顔を覗き込めば瞼は重たげ、というよりはすでに半ば伏せられていて目を開いているのが辛そうな有り様だった。返事も口の中で呟くばかりで声になっていない。手にした蛍の籠も指から滑り落ちそうだった。

「しょうがないなぁ」

 わたしは帯を滑らせて胸の側に結び目を回し、茜に背を向けて屈み込む。

「ほら。茜。おぶさりなよ」

 歩ける、と渋ったもののすでに限界に達していたのだろう、ほら、と再度促すと今度は素直に背中に縋ってきた。

「ん。巾着と蛍はわたしが持つよ。じゃ、いくよ。いい?」

 せえの、と声をかけて立ち上がる。茜は思ったよりも軽かった。もっとも足の開かない浴衣姿では背負うのは少しばかりコツが要った。なるべく高い位置で背負って、後ろ手に組んだ腕で太腿を支えてみる。

「なんだ、高野、どうした。お姫様は具合でも悪いのか」

 集団から引き返してきた京子部長が気遣わしげに茜を覗き込む。

「いえ。眠くなっちゃったみたいで」

「びっくりさせるなよ。そっか。向井は昨日今日と高野の代わりに頑張っていたしな。無理もないか」

 普段はわたしが力仕事を引き受けていたのだけれど、浴衣の完成が遅れたためにこの二日は茜一人でわたしの分の作業までこなす羽目になっていた。

 背負いあげたところで茜の足先からこぼれた履き物が木の響きを立てる。苦笑した京子部長がそれを拾い上げ、ついでにもう一方の下駄も脱がせる。

「学校まで頑張れるか? 辛くなったら途中で代わるぞ」

「いえ。大丈夫です」

 自分の手で背負いたいのだ、と言外に主張して笑顔を見せる。素直に甘えてくれた茜の体温と重みが心地よかった。耳元で聞こえる寝息がくすぐったい。

「高野がいると心強いな。食べたものがどこに行くのか不思議なくらいの細い体なのに、体力を見ると納得できる。食わせた甲斐があるなぁ」

 今日のお祭りでは三年生が一年生の飲食代を負担してくれていた。これはもう今後の力仕事はすべて引き受けざるを得ない感じだ。

「あはは。向井も幸せそうな寝顔しちゃって。寝息立ててるよ。――写真に撮っておこう」

 フラッシュを光らせた京子部長がにやにやする。

「高野のアサちゃんや。部の帳簿付けの仕事を溜めちゃってるんだがねえ。今日のお祭りで撮った写真――もちろん今のも含めて――と交換に手伝うってのはどうだろう? 向井の写ってるカットも三十枚くらいあるはずだけど」

「ご褒美がなくてもお手伝いくらいします。……報酬が出るというなら拒みませんが」

「素直でよろしい」

 もう一枚、と京子部長が少し引いた位置からシャッターを切る。その場で撮った画像を見せてもらうと、わたしはいつもの口を大きく横に引き結んだ笑顔で得意気に写っていた。京子部長は部活動の中で写真をたくさん撮ってくれたけれど、この一枚は特別のお気に入りとなった。

 山の中腹にある学校までは上り坂で、体の小さなわたしにとっては人一人は重かったものの、背負っているのが茜となれば話は別だ。預けられた体の重みがそのまま信頼の重みに感じられて素直に嬉しかった。

 ――ずっとこうしていられればいいのに。

 茜を背に二十分ほどを歩いて学校に帰り着いた時には額に汗が浮かんでいた。八月半ばの夜風はすでに冷たく、先輩たちは肌寒そうにしていたけれど。

 寄宿舎に戻って茜を布団の中に押し込み、合宿の成功を祝って全員で祝杯を挙げる。嬉しいことが幾重にも重なった夏の終わりの夜だった。わたしは心の底からくつろいだ気分で松葉のサイダーを飲み干した。

 蛍の籠を茜の枕元に吊し、部屋の明かりを消す。寄宿舎には明日の始業式を控えて寄宿生の多くが戻ってきているようだった。

 祭が終わり夏も終わったのだ。

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