第24話 それぞれの暁(前編)
圭祐の合格発表の翌日、弘は予備校に赴いた。教室に入るとすでにほかのメンバーがいて待ち構えている状態だった。
「来たな、北大生。」
圭祐か俊彦から聞いたらしく、みんなから祝福のいじりを受けた。きっと誰か来るたびにこうしていたのだろう、と推測しつつもこの状況を楽しんでいた。
旧交を温めていると三津屋先生と松山慎平が入ってきた。先生は教室に入るや否やメンバーの顔を見てしたり顔で話し始めた。
「自分で招集しておいて言うのも何ですが、まさか本当に全員集まるとは思いませんでした。皆さん、僕が思った以上に『仲間意識』が強いんですね。では、これから予備校『暁』高卒部第1回卒業式を始めます。」
一同はこの時点で大したリアクションを取らなかった。
「まあ、入校式もやったからこれは想定内かな。じゃあ僕がただ呼んだだけじゃないのもわかりますね。」
ここで一同は少しざわつき始めた。
「皆さん、一人ずつ結果報告と今後の展望を含めて一言話してください。特に後者は大事ですよ。入校式にも言いましたがここが皆さんのスタートですからね。順番は特にありません。話したい人から話してください。松山君、君もですよ。」
急に白羽の矢が立った慎平は教室の隅でキツネにつままれたような顔をした。一同はこういうことは予測していたとはいえ、先生がこちらの話を相当楽しみにしているのが受け取れる以上、中途半端なことはできないため戸惑っていた。
「は…はい!」
そんな空気を切り裂いたのが松本圭祐だった。先生に指名されると立ち上がり、全員の前に立った。
「じゅく、塾生番号2番、松本圭祐」
「知ってるよ。」
「そ、そうだね…。あの、旭川の教育大に受かりました。ぼ、僕は小学校のときいじめられて不登校になりました。それで、留萌に転校したんですがそこでも最初は学校にいけませんでした。で、でもその時の担任の先生が何度も俺の家に来てくれました。そ、その先生と話すうちに僕も学校行こうかなと思うようになりました。…しょ、正直自身はないです。今もひ、人の前で話すのはに、苦手でどもっちゃうし、大学行っても僕みたいな人間はたぶん馬鹿にされるんです。でも、その先生も今ここにいるみんなも僕と普通に接しくれて、夢を応援してくれました。だから、僕は学校が居場所になるような、誰にでも手を差し伸べられる先生になります。うっ…うっ…。」
圭祐はあふれる感情が抑えられなくなっていた。一同は固まってしまったが、弘と俊彦がが両サイドに立った。
「圭ちゃん、よく頑張ったよ。」
弘がそういうと拍手が沸き起こった。
「それにしても、のっけから凄いことになったなあ。」
と、カメタクこと亀井卓丸が言うと
「じゃあ、元アイドルの私が行くしかないわね。」
そう立ち上がったのは犬山みどりだった。
「商科大学に合格しました。4月から小樽で暮らします。私の夢は普通の女の子になることでした。私は高校の3年間をずっとアイドル活動に捧げていました。でも。グループが解散になって、夢が潰えてしまいました。それから私は、10代でできなかったことをすべて取り返すために大学を目指すことにしました。でもこの予備校に来て、みんなと仲良くなって、特に女の子で合宿もやりました。そこで私が『普通』と思っている子たちも一人一人が個性があって、悩んだり立ち止まったりしながらも懸命に生きていることに気が付きました。それがこの社会で『普通』に生きていくことだっていうことがわかると、もう失った過去を取り戻そう、みたいなのがどうでもよくなりました。だからいつかはアイドルとしての経験と大学で学んでいくことを活かして、経営の道に進んでいきたいと思ってます。元アイドルでも、この先どんな道を歩んでも『私は私』としてみんなに誇れる自分でありたいです。1年間ありがとうございました。」
圧巻のマイクパフォーマンスだった。マイクはないが、ここがアイドルの卒業発表みたいな空気になった。
名スピーチが続いて残りのメンバーはしり込みしてしまった。
「いい話ばっかり続いちゃうとやりづらくなるから、俺行くわ。」
そんな時、そういって出てきたのがオタクの根本俊彦だった。
「あの…まず、三津屋先生、すいませんでした。」
爆笑の渦だった。謝罪の理由はあの『内職事件』であることは明らかだったからだ。三津屋先生も思わず吹き出してしまった。
「その…今後の展望って話なんだけど、正直決めてないんです。っていうか考えたことがない。夢とか、そういうの面倒くさそうで。元々高校は理数科に行ったのも数学が得意だったからで、大学行こうと思ったのもモラトリアム延長してオタ活したかったからで…。あえて言うならこのままオタ活できるだけの稼げる社会人になるってことかな。でも、ここに来て一つだけ分かったことがある。それは好きなことやり続けるためには嫌なことも向き合わなくちゃいけないってことです。正直、国語とか嫌で避けまくったけどその先生が逃がしてくれない…じゃなくてずっと向き合ってくれたから今の俺がいます。夢はないけど、ここにいるみんなにまた胸張って会えるようなオタク、もとい大人になります。三津屋先生、ありがとうございました。」
俊彦が話し終わると、先生が声をかけた。
「根本君、それでいいんですよ。僕は決して『夢を持て』みたいなことは言ってませんからね。夢が無くたっていい。ここで自分に向き合った時間が、君を成長させたのならなんだっていい。合格おめでとう。」
俊彦は思わず目頭が熱くなった。席に戻ろうとするとカメタクが声をかけた。
「そういえばさ、トシ君結局どこ受かったのよ。」
「あ、そうだ。新潟大学の理学部受かりました。これで新幹線1本で東京行けます!」
その一言がまた爆笑をさらった。そしてその渦の中をすり抜けていくように丸岡虹子が教壇に立った。
「根本君じゃないけど私は今まで絵を描くことも、バンドをやることも、その時の自分の『好き』を貫いてきました。私は将来イラストレーターになるためにデザイン学部にします。そのきっかけをくれたのがバンド時代仲間の子から『好きなことをして自分らしく生きてほしい』と背中を押してくれたからです。残念ながらその子は亡くなってしまいました。思い出すと辛くなるから一度はバンドも絵もやめて普通の受験生になりました。でもたまたま自分の絵を見て自分の気持ちにフタをすることができなくなりまって推薦をけりました。遠回りにはなったけど、ここに来て一緒に頑張ることができる仲間に会えました。きっと『彼女』が引き合わせてくれたんだと信じています。私は大好きな絵を通して、誰かを繋げられるイラストレーターになります。1年間ありがとうございました。」
先ほどとは一転し、目頭が熱くなっている者もいた。次はカメタクが立ち上がった。
「うっす。札幌の教育大に受かりました。俺、こうみえてめちゃくちゃサッカーができました。」
「知ってるよ。俺たち何回聞いたって話よ。」
俊彦がいじった。カメタクがそのいじりに対して少し返してから続けた話は誰も知らない領域だった。
「中学ではめちゃくちゃ活躍して、スカウトを受けて旭川総合学園に入りました。そこで活躍してどっかの大学から推薦でももらおうなんて考えていました。だけどそこでケガしちゃって、治った頃には俺が入る余地はありませんでした。当然推薦もなし。勉強もほとんどしてないから受験も間に合わなくて卒業したときには絶望しました。サッカーが無くなった何にもない俺自身に。で、地元に合わす顔もないのでここで浪人生やることにしたんですが大学はいる目的も無かったから正直勉強には身が入りませんでした。夏休みに稚内の実家に帰ったんだけど、そこで昔世話になった監督がやってるサッカー教室に参加したんだけど、その子たちが皆あの時の俺を目標にしてたんです。なんつーか…俺の歩いた道を歩んでるやつがいたっていうか、彼らがその先の道を作ってくれる気がしたんですね。それを知って俺は指導者になろうと思いました。俺にはサッカーしかないです。でも俺にはサッカーがあります。だからそれで俺が自分の道を切り拓いたように、子どもたちにも夢や目標の大切さを伝えられる教師になります。あざっした。」
カメタクの意外な、いやこれが本来の彼の真面目さだと一同は気づかされた。次は和島美宇の番だ。
「えー4月から名寄のほうで栄養学を学びます。管理栄養士は高校の頃からの目標なんだけど、美宇はこんなのだから…学校は相手にしてくれませんでした。なんか『お前が?』って感じで。そりゃあ美宇が悪いんだけど、その時すっごいムカついて、意地になってこの格好のまま浪人することに決めました。今本当に浪人してよかったって思ってます。だってみんなに会えたから。一緒に頑張ってくれるみんながいたから美宇の今はあります。みんなが受け入れてくれた自分に自信を持って、ギャルだって栄養士でもなんでもできるってところ見せつけてやります。みんな、ありがとう!」
こうしてスピーチの半分が終わった。弘は、そして残りのメンバーは自分の想いをどう言霊に乗せるか必死に考えていた。
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