第23話 運命の日々
北大の2次試験が終わってからというものの、前島弘はすでに魂のない抜け殻と化していた。後期試験をどこにも出願せず、私立は共通テスト利用入試だけでやることがないというのが現状だ。
ただこの日は北大の合格発表ということもあり、ただの抜け殻も朝からソワソワしていた。9:00からの発表であるため朝食もそこそこに30分も前からパソコンの画面にかじりついていた。HPに入ったもののアクセスが集中しているらしくすごく重たかった。出たり入ったり、時折画面の更新を繰り返し何とか合格発表のページに入ることができた。
逸る気持ちとは裏腹に、右手のマウスのホイールは自分の番号のところに近づくたびに速度は落ちていった。やがて自分の受験番号周辺の所に来ると画面と受験票を交互に見ることを繰り返した。
決着がついた弘はベッドの上で仰向けになり、深いため息をついた。そのまま目を瞑るとこの1年のことが走馬灯のように浮かんできた。しかし、それをすべて振り返る前にこの日は眠ってしまった。目が覚めたのは母が帰ってきた夕方だった。
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翌日、自分の結果を三津屋先生に伝えた後、スマホを見返すと松本圭祐からの着信履歴が入っていた。共通テストが終わってから、それぞれの2次試験対策のため全く会っていなかったうえに連絡も取り合っていなかった。この期間は1か月半ぐらいであるが、なんだか1年ぐらい会ってないかのような懐かしさだった。とりあえず着信の内容をLINEで聞くことにした。
『さっき着信あったけど、何かあった?』
『明日合格発表なんだけど』
『うん』
『一緒に見に行ってほしいんだ。』
「えっ!!」
弘は反射的に大きな声が出た。
『何でさ。』
『心細いんだよ~。なあ、頼むよ~。』
圭祐は最後にかわいいスタンプまで押してきた。思えば松本圭祐というのは常に臆病な男で、オープンキャンパスの時もこうやって言われて付き添ったことを弘は思い出した。弘はこの先の彼の人生が少し心配になりつつも、仲間との再会となんとなく気まずかった自分の報告もできると思い一緒に合格発表を見る約束をした。
『いいよ。俊彦は俺から声かけとく。』
弘がそう送ると、何かのキャラクターが土下座して『ありがとう』と言っているスタンプが返信された。
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「おい、後でラーメンおごれよ。」
圭祐の合格発表当日、根本俊彦が弘に放った第一声だ。あたりを見渡すと結果を今か今かと待っている受験生でいっぱいだった。華やかな雰囲気だった夏のオープンキャンパスとは違い、寒空の下に緊張感のような重く冷たい空気が充満していた。主役である圭祐が来る前に正門前でいろんな話をした2人だったが、自然と互いの合否については語らなかった。
圭祐が到着し、2人のところへ駆け寄っていった。当然2人からは集中砲火を浴びた。
「圭ちゃん、全くなんで自分の合格発表一人で見れないかな~。」
「それに地元とはいえ合格発表はネットでも見れるんじゃない?」
「そ、そうなんだけどせっかく掲示するなら見たいと思ったんだ。それに…こうでもしないと弘たちに会えないと思ったんだ。みんな、中々報告もしないから…。どうしたのかなって。」
圭祐の真意を聞き、弘が神妙な面持ちで答えた。
「そっか、気を使わせたみたいだね。じゃあ圭ちゃんの発表の後教えるよ。」
なんか空気を感じたのか、俊彦が軽い口調で言った。
「でも、SNSで言ってるやつはいるよ。ギャル美宇とか。」
「あ、ホントだ。なんか返信してやらんの?」
「いや、いいねだけして終わり。なんか世界が違う。」
「よくそんな人フォローしたな…。」
そう3人で話しながら発表掲示がされるところへ向かった。すでに黒山の人だかりで合格して友達と抱き合ったり、泣きながら電話していたり、様々な表情が旭川の冬景色に咲き乱れていた。3人はそれをかき分け掲示板のところへ向かった。受験票の番号を若いバングから縦に追いかけ、自分の圭祐の番号が近くなると追いかけるスピードはやはり落ちていった。すると急に圭祐が
「あ、あた、あたた、」
「どうした圭ちゃん、世紀末の救世主みたいになってるぞ。」
「ふざけてる場合か。圭ちゃん、あったの?」
「あ、あた、あった…受かった。」
圭祐がそう言った瞬間、3人はお互いを見合って一斉に抱き合いながら喜びを爆発させた。その間、1、2秒ぐらいだったがその時間だけ時が止まったように感じた。
「やったな、圭ちゃんも大学生だな。」
「うん…うん、ありがとう。」
俊彦の圭祐への言葉を聞いて、弘はハグの輪から外れた。
「ちょっと待って、トシ。今俺『も』って言った?」
「言った?うん、ああ…言った。」
「と、ということは。」
「この春から新潟大学理学部に行きまーす!」
俊彦がそういった瞬間に3人は再び抱き合いながら喜びを爆発させた。
「よし、これで3人とも春から大学生だな!」
弘がそういった瞬間、俊彦と圭祐が離れた。
「え…弘も?」
「…ああ、受かったよ。北大」
3人は三度抱き合った。その瞬間誰かが足を滑らせ、3人は一斉に転んだ。すごく痛かったはずだが、そんなことも気にせずに3人は笑いあった。
「みんな…受かってるといいね。」
大きく尻もちをついた圭祐は曇り空の中の晴れ間を見ながら言った。
「俺も圭ちゃんと同意見だけど、みんな立とうよ。」
「そうだな、じゃあ弘のおごりで、俺は醤油チャーシューメン。」
「僕、味噌野菜にバターコーンつけてもらおうかな。」
「ちょっと待って。今日は圭ちゃんがおごるべきだろ。」
「え!?じゃあバターコーンはやめる。」
「人の金でトッピングつけようとしたのか。現金な奴!」
3人は笑いあいながらラーメン屋に向かった。ラーメン屋に行く道中、圭祐の合格報告に弘と俊彦は立ち会った。このとき、三津屋先生から次の日予備校『暁』の生徒を全員招集することを3人は聞いた。突然な知らせのため驚きながらも、弘は浪人生全員を最後に集めるあたりに三津屋先生『らしさ』を感じ、何かを期待してしまう気持ちを隠すことはできなかった。
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