第22話 2次試験の車窓から
2月の何もかもが凍り付きそうな昼下がり、前島弘はひとり駅のホームに立っていた。入試当日の荒天も考えたいわゆる『前日入り』だったが、とてもそんな心配はなさそうな空模様だった。特急ライラックが到着すると弘はすぐに乗り込み、暖を取りながらボロボロの英単語帳を開いた。
発車の5分前にもなろうとしたところ、聞きなれた声が弘の名前を呼んだ。見上げるとそこには中松健太郎とカメタクこと亀井卓丸がいた。この2人は共通テストの翌日に全員が予備校に集まって以来、1か月ぶりの再会となった。弘にとってはこの1か月がすごい長く感じていたため、言葉を失うぐらいにすごく久しぶりに思えた。
「元気そうだね、弘ちゃん。」
「お、おう。」
「俺は剣淵からの乗り換えなんだけど、たまたまカメタクに会って一緒に移動することにしたんだ。」
「世間って狭いな…。」
2人は大荷物を座席の上にしまうと弘の通路を挟んで横に座った。それから程なくして特急は発車した。健太郎とカメタクは久しぶりということもあり、近況報告や仲間の話をしていた。
「そういえば丸岡さんも札幌だっけ。」
「ああそうだったな。多分これには乗ってないんじゃね?」
「そうか、まあ高速バスもあるしな。」
「みどりちゃんも私立の入試で先に札幌入りしてからの今日小樽行きだろうし、姫ちゃんも今頃室蘭か。」
「圭ちゃんは旭川受験だから今日も予備校で勉強してるらしい。さっき圭ちゃんからLINE来たけど、和島さんもいるらしいよ。」
「あれ?ギャル美宇の奴、沖縄とか言ってなかった?」
「共通テスト、よくなかったのかな?あと、道外といったらトシと松江さんか。」
「あいつらは今頃お空の上さ。」
「おいおい、死んだみたいに言うなよ。」
「あと愛しの萌ちゃんは…。」
「おい、からかうなよ。彼女なら今頃…。」
盛り上がる2人をよそに弘はどこか落ち着かない様子で古文の単語帳を見ていた。
「あ、弘…。ごめん、空気読めなくて。」
「わりい…。俺たち、筆記試験じゃないからついお気楽モードになっちまって…。」
焦りと不安の渦の中にいた弘は2人から声をかけられ、単語帳を静かに閉じた。
「え?あ、ああ…。いや、気にしないでよ。それにさ…俺たちの中でお気楽な奴なんて1人もいないよ。」
会話の止まった2人に対して弘は話を続けた。
「俺たちは1回受験で失敗しているんだ。現役の連中に比べて経験値なら多少あるかもしれないけど、失敗した分不安や焦りもより一層強くなってる。…D判定だったんだ、俺。1年やって判定1つしか上げられなかった。挑戦する気持ちは変わらないけど、『また』失敗するんじゃないかって…。恐怖心は頭の片隅にこびりついてとれないんだ。」
3人の間に静寂が生まれた。弘はふと我に返り、空気の再形成を図った。
「あ、ごめん…つい。そ、そのさ…カメタク荷物多くない?」
あまりの話題転換の下手さにカメタクは心の中で驚愕しながらも弘の問いに答えた。
「ああ、2次試験は実技と面接だからジャージとウインドブレーカーとスーツを入れてきた。」
健太郎が続けた。
「スーツなら俺も面接があるから持ってきたよ。現役の子たちが制服で受験する中、絶対浮くよな…。」
カメタクは共感してしまい、場の雰囲気を明るくすることを忘れていた。
「やっぱり俺たちは現役とは違うよ。そういうところもだけど、入ったときには同級生が先輩になるし、就活でも周回遅れが引っかかるかもしれない。でもよ、俺はさ、この1年浪人してよかったと思っている。」
「どうして?」
弘が思わず聞いた。
「俺の本当にやりたいことが見つかったからさ。俺は特進コースで周りが受験生ばかりだからさ、もし流れで大学受験して現役合格しても味気ないもんなんだろうなって思ってる。この1年、自分を見つめることができたのは大きいぜ。」
カメタクの言葉に弘がうなずいた。
「わかるな…。一高は先生はどこの大学に入れるか、何人国公立合格させるかばかり考えていたし、俺たち生徒もとりあえず勉強だけをひたすらしていた。みんな入口ばかり考えていて俺たち自身がやりたいことや興味のあることを考える時間なんてなかった。」
「それにさ、俺達には『俺ら』がいるじゃん。」
今度は健太郎がうなずいた。
「そうだな。今までもなんとなく気の合う『友達』はいたけど、一緒に頑張ろうって思える『仲間』ってのは生まれて初めてかもな…。」
3人が感慨に浸っている中、弘がつぶやいた。
「みんな、合格するといいな。」
「おい、『みんな』の中にちゃんと自分も入れろよ。」
「…もちろんさ。」
弘はカメタクの突っ込みに何かを噛みしめながら返した。
しばらくすると電車内にBGMが鳴り、札幌が近づいていることに3人は気が付いた。札幌駅の改札を出ると、ホテルが別々の3人はここで別れることにした。
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翌日、日本全国で国公立大学2次試験前期日程が行われた。11人の浪人生たちはそれぞれの大学で受験した。試験はその日のうちが終わり、それぞれ帰路に就いた。全てが終わった弘は帰りの電車の中で一人車窓から午後5時の夜空をぼーっと眺めた。
そして2次試験の前期日程終了からしばらく、彼らが連絡を取り合うことはなかった。
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