第21話 対話

 共通テストが終わった翌日の月曜日。11人の浪人生が1つの教室に集まった。自己採点と志望校の判定の算出、そして2次試験の出願先の決定が目的である。また、この日は全員が集まる最後の日となった。


 彼らがそれぞれカバンから取り出し、机上にそれぞれ重ねて並べられた問題冊子は圧巻だった。三津屋先生が今朝の朝刊からコピーした解答を全員に配ると浪人生たちは座布団のように重なった問題冊子を1冊ずつ、1ページずつめくって自己採点を始めた。自己採点が終わると、みんな点数をメモした紙を三津屋先生に渡した。11枚すべてがそろうと先生は『勉強して待ってて』とだけ言い残し、教室を立ち去った。


 待っている間の教室は様々な空気が混ざりあって何だかとても重い雰囲気だった。亀井卓丸は学科試験がないため時間をもてあますことになった。雰囲気故に誰にも話しかけることもできずどうしたらいいかわからないため、たまたまカバンに入っていた英文法の参考書を開いて勉強しているふりをした。一方、丸岡虹子は周りを気にせずおもむろにスケッチブックを取り出すと、ひたすら鉛筆でデッサンを描いていた。デザイン学部志望の彼女にとっては、これが試験勉強なのだが。


 少ししてから三津屋先生が教室に入ってきた。最初に呼ばれたのは松本圭祐だった。圭祐は恐る恐る先生の後をついていった。


 ここから一人一人、最終決戦に向けた先生と浪人生の対話が始まるのだった。


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松本圭祐 国公立大学教育学部志望

英語・筆記 131点、英語・リスニング 39点、数学ⅠA 71点、数学ⅡB 62点 

国語 129点、化学基礎 36点、生物基礎 41点、日本史B 71点、現代社会 76点

合計 653点


「松本君、結論から言うと君はA判定です。」

「お、俺が…A判定。」

「よく頑張りましたよ。正直、この成績なら道外の教育大も狙えます。」

「いや…俺は、旭川の教育大を受けます。と、というより旭川じゃなきゃダメなんだ。」

「それは…どうして?」

「お、俺、小学校のときいじめが原因の不登校でした。でも…て、転校先の、る、留萌の担任の先生が学校に行かせてくれて…。だから、俺もそんな先生になりたくて。こっちで立派になったところ見せたくて…。」


 圭祐は気が付いたら目頭が熱くなっていた。


「事情も知らずに申し訳ない。じゃあ2次試験は旭川の教育大で行きましょう。でも、一つだけ言わせてください。」

「な、なんですか。」

「その先生のためにがんばるのもいいですけど。これは君の受験です。だから誰よりも何よりも自分自身のために、この受験に臨んでほしい。」

「え…。」

「きっとその方が先生も喜んでくれますよ。」

「は…はい!」


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姫川夏路 国公立大学工学部志望

英語・筆記 120点、英語・リスニング 38点、数学ⅠA 81点、数学ⅡB 63点 

国語 108点、物理 58点、化学 66点、地理B 57点

合計 591点


「第一志望はA判定です。このまま出願しても差し支えありません。」

「まだ不安ですよ。2次試験は数学ですから。数学Ⅲは浪人生になって初めて手をつけたから、解放とか理解しきってないままなんです。」

「姫川さん、何か勘違いしてますが…。」

「へ?」

「数学Ⅲというのは進学校でも内容のほとんどは3年生になってから始めるんですよ。だから君はまったく遅れていません。むしろ君の立場は現役生と同じです。現に数学の成績は現役生と同じ伸び方をしてますから。A判定の君には大きなアドバンテージですよ。」

「そうとらえればいいか…。」

「気休めではなく事実ですよ。」


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丸岡虹子 国公立大学デザイン学部志望

英語・筆記 128点、英語・リスニング 34点、数学ⅠA 65点、数学ⅡB 58点 

国語 141点、化学基礎 32点、生物基礎 40点、世界史B 78点、現代社会 68点

合計 644点


「A判定ですので、このまま第一志望出願でかまいませんね。」

「もちろんです。」

「2次試験は実技のデッサンと面接だけですから、もうここに用はないですね。」

「はい。私、デッサンの練習あるんで。」

「そうですね。この時間も不要ですね。」

「…また、遊びに行きますよ。」

「まずは合格の報告に来てくださいね。


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中松健太郎 国公立大学医療系学部志望

英語・筆記 118点、英語・リスニング 38点、数学ⅠA 77点、数学ⅡB 68点 

国語 128点、化学 68点、生物 78点、現代社会 75点

合計 650点


「ギリギリでの第一志望変更にもかかわらずB判定。頑張りましたね。」

「共通テストでほとんど決まっちゃうんで、点数とれてよかった。」

「2次試験は面接しかないですし、僕から言うことはないですよ。やりたいことに近づけましたね。」

「ありがとございます。でもまだ何も決まってないんで、面接練習頑張ります。父もいろいろ教えてくれるんで。」


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根本俊彦 国公立大学理学部志望

英語・筆記 118点、英語・リスニング 39点、数学ⅠA 91点、数学ⅡB 82点 

国語 126点、物理 71点、化学 62点、現代社会 70点

合計 659点


「国語で126点…自己最高を更新しましたよ、先生。」

「国語が去年の倍近くありますからね。まあ、色々ありましたからね。」

「それは引っ張り出さないでください。でも、1つ大事なことがわかりました。」

「ほう。」

「行きたい方向に進むためには嫌いなこともやらなきゃいけないってことです。」

「国語の先生を前に思いっきり嫌いとか言いますか…。まあ、その結果のB判定です。2次試験は君の得意な教科ばかりですけど、油断は禁物ですよ。」

「もちろんですよ。あと先生。」

「なんですか。」

「今までありがとうございました。」

「それはすべて終わってから言ってください。聞かなかったことにします。」

「なんだよ。素直になったのに…。」

「じゃあ最後に僕の嫌いな一言だけ言わせてください。頑張れ。」


 2人は最後に笑いあった。


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亀井卓丸 国公立大学教育学部志望

英語・筆記 114点、英語・リスニング 42点、数学ⅠA 62点、数学ⅡB 51点 

国語 119点、化学基礎 36点、生物基礎 42点、地理B 80点、現代社会 76点

合計 622点


「よく頑張りました。B判定です。」

「よし…。」

「スポーツマンの底力、見させてもらいましたよ。」

「俺はただ目標に向かって勉強してただけで…。」

「それですよ。君は小さいころからサッカーに打ち込んできた。幼少期から部活や趣味、何かに打ち込んできた人はほかの分野でも集中力を存分に発揮できる。君みたいなタイプが一番受験に向いてるんですよ。」

「卒業してから一度は背を背けたサッカーがこんな形で役に立つなんて。よし、2次試験のサッカー、俺の華麗なドリブル見せてやるぜ。」

「頑張れ、なんて君には不要ですね。」

「俺には女の子の声援があれば十分っす。」

「それが聞けて安心しました。」


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犬山みどり 国公立大学商学部志望

英語・筆記 130点、英語・リスニング 42点、数学ⅠA 69点、数学ⅡB 61点 

国語 146点、生物基礎 39点、地学基礎 39点、日本史B 69点、政治・経済 81点

合計 676点


「第一志望はB判定。このまま出願しますね?」

「はい。」

「私立は…どうしますか。」

「本命と同じ科目使える札幌の私大を1つ受けます。一応共通テスト利用入試も使うんですけど。」

「わかりました。」


 みどりは一息ついた。


「ふぅー。なんか夢みたい。」

「何がですか?」

「1年前の今頃は大学受験どころか、将来のことも考えられなかった。グループが解散して抜け殻みたいに過ごしてました。」

「そうでしたか…。」

「でもここにきてまたそれぞれの目標目指して一緒に頑張る仲間ができました。先生のおかげです。」

「お礼なら受かってからにしてください。それにしても、君の言う『普通の女の子』に一歩近づきましたね。」

「ああ、あれどうでもいいです。」

「どうでもいいって?」

「普通にも色々あることがわかりました。それにアイドルやってたこと、なかったことにはできないんで。」

「そうですか。」

「だから私らしく、次のステージに行きます!」

「それが聞ければ十分です。」


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輪島美宇 国公立大学栄養系学部志望

英語・筆記 109点、英語・リスニング 31点、数学ⅠA 64点、数学ⅡB 51点 

国語 126点、化学 51点、生物 51点、現代社会 64点

合計 547点


「第一志望の沖縄の大学は…C判定です。」

「ウソ!ダメ元だったのに。」

「2次試験、数学と生物を頑張れば合格も全然可能ですよ。」

「あ、でもパス。地元の栄養学科受けまーす!」

「…どうして?」

「その…E判定じゃなくて満足っていうか、なんか燃え尽きちゃった。それに管理栄養士なるなら絶対地元って決めてるんで、これでいいんです。」

「君自身の意志で決めたのなら言うことありません。でも、小論文があったはずですから添削しますので定期的にここに来てください。」

「はーい。美宇はこれからも純白のギャルだな。」


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高知萌果 国公立大学農学部獣医学科志望

英語・筆記 146点、英語・リスニング 42点、数学ⅠA 94点、数学ⅡB 81点 

国語 144点、化学 84点、生物 92点、地理B 79点

合計 762点


「C判定…。ギリギリ8割とれた…。」

「獣医学部にはチャレンジできますね。でも2次試験は相当厳しい戦いになると思います。」

「でも…可能性があるのは嬉しいです。ウチ、やるしかないんです。」


 三津屋先生はおっとりした萌果が垣間見せた熱い一面を見て、何も言うまいと思った。


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松江麗 国公立大学国際学部志望

英語・筆記 179点、英語・リスニング 46点、数学ⅠA 79点、数学ⅡB 59点 

国語 130点、化学基礎 38点、生物基礎 41点、世界史B 90点、

「倫理、政治・経済」 89点

合計 751点


「志望校はどちらもギリギリのC判定です。」

「問題ないです。」

「まあ…そうですね。2次試験は君の得意な英語で勝負できます。」

「はい。」

「ただ国際系学部なら受験生はみんな英語は得意です。第一志望の筑波なら世界史が選択できます。こっちの国際教養大ですと…国語があります。」

「ちょっと考えさせてもらっていいです。」

「もちろん。君が決めることですから。」

「ありがとうございます。まさか両方可能性あると思ってなかったから、ちょっとびっくりしてちょっと迷ってるんです。本当にやりたいことができるのはどこか、総y団したい人がいるんで。」

「へえ、ご家族ですか?」

「それは秘密です。」


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前島弘 国公立大学法学部志望

英語・筆記 163点、英語・リスニング 40点、数学ⅠA 79点、数学ⅡB 58点 

国語 162点、生物基礎 42点、地学基礎 38点、世界史B 86点、

「倫理、政治・経済」 82点

合計 750点


「D判定です。数学はここに来た頃よりは確かに伸びました。でも他教科よりは低くて結果的に足を引っ張る形になりました。」


 弘は黙って聞いた。


「正直言うとほかの国公立法学部に行くことを薦めます。」

「…意味ないですよ。」


 小声だったため三津屋先生は一瞬聞き取れなかった。


「ん?」

「…意味ないですよ。確かに俺は苦手な数学を克服しきれませんでした。でもここで北大を諦めたらこの1年が無駄になります。

「そうですか…そういうと思いました。」

「ん?」


 こんどは予想外の返答で弘が聞き返した。


「では法学部の試験ではなく、総合文系入試を受けることを薦めます。こちらなら2次試験で数学を選ばなくても受験できる。」

「先生…。」

「ただ入学後に学部を選ぶことになります。」

「法学部に入れないかもしれないですよね。」

「そうです。」

「…。」

「君が法学部にこだわる理由は何なんです。」

「最初は、父が法学部だったからそれに追いつくことだけ考えてました。」


 三津屋先生は黙って聞くことにした。


「でもこの1年でいろんな人にあって、北大オープンも受けて、一つ気づいたんです。」

「何に?」

「俺、誰かの役に立ちたいんです。それをできるだけ大きい最大公約数で実現できるのは国家公務員なんじゃないかって。だからその試験に必要な法律の勉強をしっかりできる法学部がよかったんです。だから…」


 弘が言葉を絞りだしきるのを三津屋先生は待った。


「だから…俺、総合文系入試で受験します。」

「話の流れから絶対法学部かと思いました。」

「だって、入って勉強していい成績とれば自分で選べるんですよね。」

「そうです。」

「俺、いや俺たちゴールがここじゃないんで。」


 すると先生は笑って


「それが聞きたかったんです。」


と答えた。


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 何か試されたようで釈然としない表情で弘は相談室を後にした。11人全員の面談を終えた三津屋先生は体を思いっきり伸ばした。


「先生。お疲れ様です。」


と言いながら松山慎平はコーヒーを三津屋先生に差し出した。


「ありがとうございます。ただ、本当に疲れるのはこれからです。」

「2次試験ですね…。」

「ええ。ここからは本当に個人戦みたいになるから、さみしくなりますよ。いつも。」

「きれいごとですけど、俺はみんなに受かってほしいです。」

「もちろん僕もですよ。松山君。それにきれいごとでいいんです。なんでもきれいな方がいいんだから。」


 そう2人で語りながらいつまでも窓に写る深々と降る雪を眺めていた。

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