第20話 共通テスト

見上げると鼠色の空が広がっていた。前日大雪が降ったことを考えると十分『いい天気』といえよう。旭川市には共通テストの受験会場が2つある。三津屋先生は教育大で、松山槙平は医大で激励のためにそれぞれスタンバっていた。


 慎平は受験生と年齢が近いこともあり、会場に着くとすぐに塾やマンションのチラシが差し出された。それらをすべてスルーすると人がいない場所を見つけて小さく立っていた。


「そういえば、俺も…。」


 会場に入って行く受験生に本来自分のあったはずの姿を見出していたが、遠くから一人歩く丸岡虹子を見て今は自分の使命を晴らすことに気持ちを切り替えた。


「ま、丸岡さん…。」

「あ、松山君。行ってきます。」

「あ…。」


 慎平は虹子とほとんど会話したことがないことを思い出した。激励ってどうしたらいいんだろう。そう思っていたら松本圭祐がこちらに駆け寄ってきた。


「ま、松山君。来てくれたんだ。」

「ああ。先生が教育大のほうに行くから俺はこっちに来たんだ。」

「ありがとう。ぼ、僕は高校が留萌だからさ。あんな風に応援してくれる先生とかいなくて。」


 圭祐と一緒に『あんな風な応援』を見た。進学校の先生が一列に並んで自分の学校の受験生を激励していた。


「やっぱりああいうところは学校をあげてやるんだね。ごめん、俺だけじゃあさみしいと思うけど。」

「そんなことな…」

「そんなことないさ。」


 前島弘が2人のもとに割って入ってきた。


「ごめん、うるさいだろ。あれ、一高なんだ。俺もOBだからさっき声をかけられた。でも、あんな仰々しい応援よりこうして慎ちゃんがいてくれることのほうが俺たちにとっては何倍も嬉しい。」

「こ、幸運の置物。」

「おい、置物じゃあ役に立ってないみたいだろ。」


 慎平が突っ込んで思わず笑いが込み上げた。弘は一息ついて


「ふう。なんか緊張しているのがばかばかしくなった。…行ってくる。ありがとう慎ちゃん。」


と笑顔で圭祐と戦地に赴いた。


 地歴・公民の1科目目の時間となり、慎平は理系組が来そうな時間までコンビニで過ごすことにした。店内でホット飲料を探していると見覚えのある女子2人組に遭遇した。姫川夏路と高知萌果だ。


「え…松山君?」

「どうしたの?もしかしてうちらの応援?」

「ああ。先生が教育大のほうに行くから俺はこっちに来たんだ。」


 圭祐の時とまったく同じ説明をした。驚かれることは想定内だから気が付いたら脳内でテンプレートを用意していたのだ。3人はめぼしいものを購入するとコンビニから出た。前列に夏路と萌果、少し離れて慎平がいた。2人は笑顔で会話していた。それも今日の試験とは関係ない、たわいもない会話ばかりだ。慎平は気になってつい聞いてしまった。


「不安じゃないの?」

「「え…?」」


 2人は同じタイミングで慎平の方を向いた。萌果は粉雪が舞う曇り空を少し見上げると、絞り出すように慎平に答えた。


「…不安だよ。また落ちたらどうしようって。1回落ちてるから、余計に怖い。でもね…」


 萌果は夏路を少し笑顔で見て、それから慎平のほうを向いた。


「今朝夏路ちゃんに会って、慎平君もいたし。何だか安心しちゃった。」

「そういうものか…。」


 萌果の話は理解はできなかったが、不思議と納得した。


「なんか…こんな時にごめん。」

「ホントだよ。でも…萌ちゃんの言ったことは私も同じ。今日はありがとね。」


 夏路がそう言って、2人は試験会場に入っていった。慎平はまた1人ぽつんと立っていると根本俊彦が会場に向かっていった。俊彦が気づいて近づいてきたが、地歴・公民の1科目目が終わる直前の時間だったためあいさつ程度の会話で終わった。


 10時半になったところで三津屋先生から電話が来た。


『お疲れ様です。そっちは全員来ましたか?』

「はい。」

『そうですか。こっちも全員来ました。全員試験を受けることができて、とりあえずよかった。そうだ、この後ラーメン食べに行きませんか?もちろん僕のおごりで。…僕が一緒だと嫌かな?』

「いえ…。」

『ごめんなさい。なんか言わせちゃったみたいで。』

「そんなことないですよ。ぜひ連れてってください。」

『わかりました。今そちらに向かいますから待っててください。』


 電話から約20分後。教育大での激励を終えた三津屋先生が医大まで慎平を迎えに来た。


「激励はできましたか?」

「…できませんでした。」

「…そうですか。」

「その、何というかみんな最初から元気で。感謝されて逆に元気もらった感じです。」

「それでいいんですよ。」

「へ?」

「君に頼んで正解だった。」

「こんなのでいいんですか?」

「全然。そもそも僕は激励とは言ったけど君に具体的に何かしてくれなんて言ってませんよ。じゃあ大手の予備校や進学校みたいに大々的な応援なんてできますか?」

「それは…。」

「できませんよね。でも、それでいい。いてくれるだけでいいんです。彼らにとっては。」

「でも、俺は『がんばれ』の一言も言ってないです。」

「でしょうね。そういう君だからいいんです。そもそも彼らは言わなくても頑張るでしょう。思いっきり期待して応援するのもいいけど、度が過ぎると今度は期待がプレッシャーになる。すでに一生懸命な彼らには手の届く範囲で見守るのがいいんですよ。」

「…。」

「君もちょっと前までは受験生でした。一緒に頑張ってきた君がいるだけで十分力にはなってるはずですよ。だから君に駆け寄ってきたんじゃないですか。」

「そう…なんですかね。」

「そうですよ。さて、もうすぐ着きますね。ここのホルモンラーメンおいしいんですよ。」

「じゃあ俺もそれにしようかな。」

「そんな合わせなくてもいいですよ。」


 2人はホルモンラーメンで冷えた体を芯まで温めた。


 そして浪人生たちは5・6教科7科目、共通テストの2日間の日程をすべてこなした。月曜日の自己採点を経て、最後の2次試験への戦いが始まる。彼らは願っていた。文字通りこれが最後の戦いになることを。



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