第18話 浪人生のクリスマス
12月下旬ともなると世の中はクリスマスで何かと浮きたっている。そんな外界の盛り上がりをよそに、予備校『暁』の浪人生たちは来るべき2度目の大学受験に向けて最後の追い込みに入っていた。この日は11人全員が自習室に残り、各自の勉強を行っていた。
この静寂の中、11人中10人に対して同時にLINEの通知が来た。
『クリパしない?』
この送り主はギャルの和島美宇だ。全員が彼女のほうを向いた。まだ現役生が講義中のため声を出すこともできなかったため、それぞれがLINEのスタンプで返信した。アニメキャラやどこかのゆるキャラで『OK』や『いいね!』など、それぞれの個性が出ていた。その中で前島弘だけは文章で返信した。
『でもやるって言ってもいつどこでやるんだよ。』
それを見ると
『弘君が乗り気なの意外…。』
と姫川夏路が茶化した。
『いいじゃないか。まあ俺は終電あるから長くいられないけどさ、でもこういうことがあると頑張ろうって気になると思う。それに俺たちはいつまでも一緒にいられるわけじゃないんだ。こういうの、大事にしたいな。』
と言うと、
『まあ、いつまでも一緒ってことはずっと浪人してるってことじゃねw』
と亀井卓丸が返した。健太郎は一瞬天井を見上げたがすぐにくすっと笑って
『そうだな。あまり一緒にいるのもよくないかもw』
と草を生やした。
『場所なら、夜からここでできないか俺が三津屋先生に掛け合ってみる。』
唐突に松山慎平がLINE の会話に入ってきた。誰もがこの提案に驚いた。
数分後、慎平から返信が来た。結論から言うと、今回は『21時まで残って自習をやるということにして見逃す』そうだ。まさか予備校でクリスマスパーティーができると思ってなかった一同は自習室で声は出せないが驚いていた。
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迎えたパーティー当日。この日はクリスマスのちょっと前だが金曜の夜ということもありパーティーを決行した。浪人生全員が自習室で勉強していたが、美宇が持ってきたビニール袋にパンパンに入ったお菓子が視界にチラつき集中できない者もいた。
一方、予備校の事務室では三津屋先生が慎平に鍵を託した。
「松山君、あとは頼みましたよ。」
「先生、今日は無茶聞いてくれてありがとうございます。でもなんで許可出してくれたんですか。」
「僕が前に言ったこと、覚えてますか?」
慎平は腕を組み考えたが出てこなかった。
「『受験は団体戦』の話ですよ。」
「ああ、先生が嫌いな言葉の話。」
「なんか変な覚え方してますね。受験は個人戦だけど、いろんな人とのかかわりは重要ってことです。」
「先生は仲間とか、そういうのを重んじるんですね。」
「僕はただ青春の話をしてるわけじゃないんですよ。うちの予備校には様々な高校から生徒が集まってます。地方の町の高校、市内の中堅レベルの高校、私立の専願に通信制の高校…。こういった子たちは市内の進学校と違って受験生が少ない。孤独な闘いを強いられているんです。そんな中で、受験本番は周りの『頭がよさそうな子』がいる雰囲気に飲み込まれて力を発揮できずに落ちてしまう…なんてことがあるんです。この予備校ではそんな彼らに大学受験という同じ目的を持ち、それぞれの目標を理解しながら切磋琢磨していってほしいんです。そのためにこういう親睦の場は気持ちの共有にはうってつけなんですよ。それを自分たちで作ろうとしているのが嬉しくて、だから君の話にのりました。」
「先生…。」
「まあ、彼らが僕の気持ちを理解しているかわかりませんけどね。じゃあ僕は帰ります。」
言いたいことを言って三津屋先生は帰った。慎平は現役生が帰ったのを確認すると、自習室に入りそれを伝えた。浪人生はトースターのパンのように立ち上がり、急いで長机を用意し、袋のお菓子をパーティー開けをして並べた。慎平が事務室の冷蔵庫から飲み物を取り出し、みんながそれぞれの紙コップに注ぐとあわただしくクリスマスパーティーが始まった。
「「「「「「「「「「「「かんぱーい!」」」」」」」」」」」」
浪人生たちはお菓子をつまみながら、この時間だけは迫りくる受験を忘れてたわいもない話で盛り上がっていた。そんな中このパーティーを開催に漕ぎつけた功労者の慎平は紙コップ片手に椅子を少し後方に下げて眺めていた。その様子を見つけてすぐに松本圭祐が隣に入った。
「し、慎ちゃん…。今日はありがとう。」
「!?」
慎平が驚くのも無理はない。『慎ちゃん』なんて呼んだことがないからだ。
「あ…ごめん。」
「…いいさ。」
圭祐は無理をしすぎた後悔で、慎平は生来の寡黙さ故に会話が止まってしまった。数秒経って慎平なりに間をつなごうと圭祐に一つ質問をした。
「松本君ってさ…なんで教員になろうと思ったの?」
「え?」
「え、いや、ほら…その、言いにくいんだけどさ、キャラじゃないっていうか。いや、ごめん。」
自分の口から発せられた言葉に表情を変えない慎平が珍しくテンパっていた。圭祐は優しく答えた。
「い、いいんだ…。普通は僕みたいなこ、コミュ障はさ、目指すことない仕事なんだよ。実際こんなのだから小学校のときいじめられた。それから不登校になって、旭川にいられなくなって、父さんの実家がある留萌の小学校に転校した。」
「そんなことがあったのか…。」
「転校先も最初は怖くて通えなかったんだ。でもその時の担任の先生が毎日家に来て学校のこと、好きな食べ物のこと、色々話してくれた。それがきっかけで学校に通えるようになったんだ。だ、だからさ、その人みたいに誰にでも手を差し伸べる教師になりたいって思ったんだ。」
「すごいな…松本君は。乗り越えたんだな。」
「しょ、正直言うとまだ怖いんだ。許せないし殺したくなる。でも先生が『一番の復讐は幸せになること』だって。だから、教師になって見せつけてやるんだ。夢をかなえて前向きに生きてることを。僕をいじめた、馬鹿にしたやつ全員に。」
「……。」
いつものおどおどした圭祐とは全く違う様子に慎平は唖然とした。そこに和島美宇が入ってきた。
「え、何?復讐とか、2人とも物騒~。」
そう言いながら2人の横に座り、美宇も語り始めた。
「美宇もさ、復讐したいやついるんだ。高校の連中。」
「「えっ。」」
普段見せないシリアスな表情が一瞬垣間見え、2人は驚いた。
「いや、まあ美宇こんなんだから学校でもあんま信用なくて。大学行って栄養士目指すって行った時もお前じゃ無理、うちの学校じゃあ無理の一点張りでまともに相手にしてもらえなかった。だから、美宇だってできるってことを奴らに見せつけてやるんだ。ギャルなめんなよってね。」
「だ、だから和島さんはいつもそういう格好なのか。」
「そ。だよね、なっちゃん!」
と、美宇は夏路にふった。
「なんであたしにふるのよ。っていうか何の話?」
「ちょっと復讐の話。」
「復讐…?」
「ま、まあ陽キャの姫川さんにはそんな話…。」
「ちょっと、美宇は陰キャじゃないよ。」
「ご、ごめん。」
「待って、復讐したい相手ならいるよ。世の中。」
「「「えっ」」」
3人は明朗快活な夏路からの意外な言葉に驚いた。
「あたし機械工学やりたくて浪人したけど、お父さんには『そういうのは男子がやるもんだ』って最初は反対されてたし。だから自分が性別とか関係なく好きなこと勉強したり、仕事にしたりして、そのうちこんな世の中を壊せたらいいなって思ったんだ。」
夏路の決意を3人は聞き入っていた。聞き役に徹していた慎平が急にぼそっと言いだした。
「この4人が集まるってなかなか無いよな。」
美宇は
「確かに。ここってさ、なかなかにカオスなメンツだよね。」
というと圭祐が一つの結論を述べた。
「そ、それはさ、この予備校だからだと思う。」
それを聞いた慎平、美宇、夏路の3人は納得して教室を見渡した。
一方、根本俊彦と亀井卓丸はスマホアプリのサッカーゲームをしていた。
「それにしても、トシちゃんがこういうゲームやるの以外だぜ。もっと、萌えーみたいなんだと思った。」
「今時そんなこと言うオタクいないよ。っていうかカメタクって本当にゲームしたことないんだな。」
「小学校の時からサッカー漬けでね。それ以外の世界を知らない。」
「やっぱりチャラ男はポーズだったのね。でも、ある意味俺たちは似たものどうしか。」
「なんで?」
「俺も小さい頃から特撮見るか、ゲームしてるかでそれしか知らない。」
そこに犬山みどりが入ってきた。
「じゃあ私も根本君たちと同じ。中学からアイドルしかやってなくて、その世界しか知らない。」
「でもさ、カメタクも犬山さんもうらやましい。それしか知らないかもしれないけど、凡人には見れない景色を知っている。」
「そうね。ずっと『普通の女の子になりたい』って言ってたけど、今はあまりこだわりはないかな。普通じゃない経験したから、やりたいことも見つかったし。」
「やりたいこと?」
「うん、芸能事務所の社長。」
想像以上のデカい夢に俊彦とカメタクは驚いた。
「だから、ちゃんと経営を学びたいって思ってるんだ。もちろんすぐになれると思ってないけど。」
「いや俺もさ。」
そういうとカメタクがチャラさを捨てて、真面目に自分を語った。この時の表情の自然さに、みどりと俊彦は本来のカメタクを垣間見た。
「夏休みに稚内に帰ってサッカー教室に参加したんだけどさ。そのとき参加してた子たちはみんな中学の時の俺たちを目指してるんだってさ。高校で活躍できなくて、いやになってサッカーから離れようとしてたんだけど自分の歩んできた道を歩くやつがいるのがわかったんだ。だから、道を示してやりたくて教師を目指すことにした。そういえば、トシちゃんは何をやりたいのさ。」
「え?俺にそんなのはないよ。将来の夢?とかそういうの、なくても生きていけるななって。でもさ、俺はこの先も一生オタクでいたい。俺を作って、俺を救ってくれたのはそのコンテンツたちだからね。だからオタ活できるようにガッツリ稼ぐのが俺の夢だ。」
「2人ともさ、ちゃんと夢かなえてよね!」
みどりはそう言うと、『お前もな』と2人からツッコミを受けた。
この楽しそうな輪の外側で、丸岡虹子はみんなを眺めながらスケッチブックにデッサンをしていた。
「こんなときまで2次対策かい。」
そう聞いてきたのは中松健太郎だった。
「いいえ、今の状況を絵にしているんです。」
虹子が答えると、健太郎は邪魔にならないように一瞬スケッチの方に目をやった。
「いいね。すごく楽しい雰囲気が伝わるよ。出来たらさ、見せてよ。」
「もちろん、いいですよ。」
虹子が微笑みながら返してくれたので、ついでに健太郎は気になったことを聞いてみた。
「そういえば丸岡さんはバンドもやってたよね。なんでイラストの方に専念したの?」
「バンドの友達が言ってくれたんです。『この道に進むべきだ』って。」
「バンド仲間が…。」
「ええ。バンドのロゴとか、当時私が作ってたんです。」
「すごいな。で、その友達とは今もバンドしてるの?」
「私が合格するまで休止中です。でも、彼女は来ません。」
「辞めたの?」
「亡くなったんです…。」
「あ、ごめん…。」
「いえ、気にしないでください。だから彼女の分も、自分が好きなこと思いっきりしようって決めたんです。」
「そうか…。実は俺も、身近な人を最近病気で亡くした。」
「最近って…。
「いや、重い話でごめん。小さい頃俺はぜんそくがひどくて入院してて、そのとき一緒の病室の子だったんだ。亡くなるちょっと前まで、リハビリも頑張ってた。学校行くんだって…。結局それはかなわなかったんだけど、彼のおかげで懸命に生きようと、社会に復帰しようとする人を支えたいと思った。だから俺は理学療法士を目指すことにしたんだ。」
「…お互い、亡くなった人がきっかけっていうことですね。」
「でもそれはきっかけにすぎない。君も俺も『自分がそうしたい』からする。」
「そうですね。」
2人が『向こうの世界の人々』に思いを馳せていると、萌果が合流した。
「え、何々?2人で大事な話?」
と何か焦ったように健太郎に詰め寄った。
「違いますよ。健太郎君の夢の話を聞いてただけ。だから安心して。」
そう虹子から言われると萌果は本当に安心していた。それを見ていた麗は萌果が少しずつ健太郎を意識していることに気づいた。
「もう少しだな…。」
「え、何が?」
とたまたま近くにいた弘が聞くと
「なんでもない。」
とはぐらかした。
「それにしても、松江さん、雰囲気変わったよ。正直言って最初はかなり近寄りがたい人だった。」
「そう?だとしたら、みんなが変えてくれたんだと思う。」
「変えてくれた…なんかわかるな。」
「距離感が違うんだよね。まさか、予備校で青春みたいなことすると思わなかった。仲間で集まったり、夢語ったり。」
「人数少なくてかなりアットホームだからね、ここは。札幌の予備校行った奴らにこんな話したら『遊んでばっかりいるんじゃねえ!』って言われそう。」
「そうだね。『青春してるんじゃねえ!』ってね。」
「ふふ…。あ、そういえばさ、今松江さん青春みたいって言ってたけどさ。」
「うん。」
「青春時代っていくつぐらいなんだろうな。やっぱ中学とか高校とかなのかな。」
「まあ、そうなんじゃない?」
「だとしたら俺たちが過ごしているこの期間は青春の『延長戦』ってところなのかな。」
「弘君、急に作家みたいなこと言うね。」
「あ、センスないのバレた。」
「逆逆。むしろうまいって言ったの。でも、延長戦なら決着つけないとね。」
「そうだな。周りはそこにけりつけてさ、」みんな大人になろうとしてるから俺たちも早く追いつかないと。」
それぞれが自分の夢や人生を語っているうちに三津屋先生と約束していた時間になった。
「やばい、そろそろ片づけるぞ!」
弘がそういうと急いでお菓子や飲み物をしまい、机を戻した。多少焦ってはいたものの12人で協力するとあっけなく片付けが終わった。
全員で予備校を出ると、電車で帰る健太郎を萌果を駅まで送る口実として歩きながら談笑の続きをした。しかし、買物公園に入るとイルミネーションの輝きが一同の言葉を灯りの中に消し去った。
「きれいだな…。」
これ以上の言葉はいらなかった。みんな同じ気持ちだからだ。このクリスマスパーティーの数日後、予備校『暁』は年末年始の冬休みに入る予定だ。この短い冬休みが開けると、いよいよ共通テストまであと2週間を迎える。
―----絶対合格する―----
浪人生たちはみんな同じ思いを持ちながらも、それぞれの目標に向かう決意を固めた。
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