第16話 プレ共通テスト

 11月下旬、北海道はもう冬だ。根雪にはなってないものの小雪がちらついてくる。冬の到来とともに受験勉強もラストスパートを迎える。その『終わりの始まり』がプレ共通テストで、予備校『暁』の浪人生たちも今週末にチャレンジする予定だ。三津屋先生も『今年度はこれが最後の模試』と言っており、これが終わればあとは本番まで力を試す場面がないということになる。


 前島弘は鼻息を荒くしていた。10月に受けた北大オープンとのドッキング判定が出るからだ。


「やるしかない…やるしかないんだ…。」

「気合入ってるな、弘。」

「ひ、弘君。牛みたいだよ。」

「言ってくれるな圭ちゃん。これで北大の俺との距離が出るんだ。」

「これでD判定だったら試験当日までうつ状態だな。」

「おい…俊彦、お前はどうなんだよ。」

「俺かい。新潟か山形の理学部は引っ掛かりそうだな。」

「ど、どっちが本命なんだい?」

「本命はないさ。その時行けるところに行く。」

「ずいぶん適当だな…。」

「まあ、特定の大学じゃないとできないこととかがないからな。まあ新幹線で一発で東京行けるし。」

「結局オタ活したいだけだろ。だったら最初から首都圏目指せばいいのに。」

「東京はたまに行くからいいんだよ。圭ちゃんはどうなの?」

「この成績をキープすれば教育大には行けるって言われた。」


 教育大と聞いて体育教師を目指すチャラ男、亀井卓丸が入ってきた。


「もしかしたら俺と圭ちゃんって同じ大学?」


 そうするとそこに中松健太郎も入ってきた。


「でもさ、教育大ってキャンパスいくつもあるんだろ?どこに行くんだい?」

「確かに。札幌、旭川、釧路にもあるよね。」

「ぼ、僕は旭川キャンパスにしたい…。」


 圭祐の志望キャンパスを聞いて、弘が慌てて聞いた。


「旭川キャンパスって…圭ちゃん大丈夫か?」

「うん、だってB判定だよ。」

「そうじゃなくてさ…その…。」

「……逃げたくないんだ。」

「ん?」

「ぼ、僕みたいないじめられっ子でも、コミュ障の不登校でも、きょ、教師になれるって。見せたいんだ。それが僕をいじめたやつへの復讐。」

「圭ちゃんマジ強いな…。」


 彼の強い決意を聞いて、カメタクはチャラ男風のしゃべり方を忘れた。


「か、カメタク君はどこキャンパス?」

「もち札幌。」

「旭川にも体育教員コースってあるよね。」

「まあそうなんだがな。あっちに子どもの頃世話になったコーチがいて、その人の手伝いもしたいんだよね。」

「カメタクはサッカー一筋だね。」

「ま、札幌にはかわいい子もたくさんいるしな。」


とチャラ男に戻り、オチをつけた。


「すごいな、みんな。行く道をちゃんと決めてる。」


とボソッと健太郎が言った。


「健太郎だって、医大の看護科行くんだろ?」

「そうなんだけど、俺の場合父さんが臨床検査技師で母さんが看護師だから、気が付いたら俺の中でそっちを目指すことになったって感じかな。」

「そうなんだ。」


 男性陣が自分たちの進路の話の盛り上がりが最高潮に達した時点で、昼休みが終わろうとしていた。慌てて教室に入る姿を女子たちは微笑ましく見ていた。


---------


 プレ共通テスト当日を迎えた。プレテストは土日開催、時間割も本番の共通テストと同じように実施される。地歴・公民2科目受験の文系組は朝8時台には予備校の教室に到着していた。


 試験開始10分ほど前になり一同は驚いた。試験監督があの松山慎平だったからだ。


「え…松山君!?」

「なんだよ。三津屋先生なら、後で来るさ。」

「いや、だめってことじゃないけどさ。」

 決して想定できないことではないのだが、つい最近まで一緒に受験勉強に励んでいた仲間が今はスタッフとしていることに浪人生たちの目は慣れてはいなかった。


「松山君、よろしく。」


とだけ圭祐は言って慎平に握手を求めた。


「ああ…。」


とあっけにとられていた慎平だが、自身の腕時計を見て、一堂に直積を促した。


「では、問題冊子を配ります。」


 慎平がそういって地歴・公民の冊子を配ると一気に試験モードになった。彼らの戦う姿勢を慎平はいつも通りの無表情ながらも温かく見守った。そして9時30分、地歴・公民の第1科目の開始を告げた。


 10時半になり、地歴の1科目目が回収された。理系組が合流したが、文系組と同様に慎平の存在に驚いていた。息つく暇もなく地歴・公民の2科目目が始まった。春先には俊彦は政治・経済、健太郎は倫理を受験したが理系の彼らは勉強に時間を当てられずに玉砕したため、第1回の模試が終わってすぐに現代社会に切り替えていた。それは彼らのメインの教科である理科や数学を伸ばすきっかけにもなった。

 文系組は公民を早く済ませていたこともあり、全員が地歴の途中から解答を再開した。それが終わると長い昼休みに入った。


 この昼休みの間に女性陣が机を囲んで受験カードを記入していた。麗の受験カードには志望校の欄に「国際学部」とか「英米文化学科」のような名前の学部・学科が記載されていた。それをたまたま見た美宇が声をかけた。


「麗ちゃん、結構国際色強め~。」

「Of course.」(もちろんよ)


 進むべき道が見えた麗は最近心に余裕ができたのか、自分の気持ちも少しずつオープンな状態にしていた。今までのクールな麗も素敵だったが、英語で陽気に返す彼女はそれまでとのギャップもあり、美宇にはより一層魅力的になったように思えた。麗も何かやり返すように、美宇の受験カードを見た。


「美宇ちゃんは…沖縄?」


 想像もしなかった志望校の名前にさすがの麗も驚いた、そしてほかの女性陣はその驚きに驚いた。美宇は少し恥じらいながら答えた。


「まあ…始めはさ、栄養系だから地元でいいかなって思ってたんだけど。みんながどんどん前に進んでるの見て、美宇もチャレンジしたくなっちゃった。ママとお姉ちゃんは奨学金もあるから心配するなって。」

「じゃあ来年の今頃は黒ギャルの美宇だね。」

「やだー!めっちゃ日焼け止めしてするし!」

「じゃあアロエがいいよアロエ。」

「なんならあっちでずっと持ち歩いてればいいじゃん。」

「なんで実物なのさ!」


なんて女性陣一同で美宇をいじっていた。


 そうしているうちに午後の最初の試験、国語が始まった。三津屋先生は共通テスト高得点の秘訣として、古文・漢文から先に解答することを推奨していた。恐ろしいぐらいに全員がそれに忠実に従っていた。


 そして最後の英語の筆記とリスニングを終えて1日目の試験を終えた。


---------


 2日目を迎えた。9時半からの理科基礎の時間に合わせて文系組が教室に入った。


「なんかさー、早起きしてるの私たちばっかりじゃない?」


 みどりがちょっとした不満を漏らすと、弘は正論を述べた。


「三津屋先生が本番を想定して予定を組んだんだ。コンディションとか、空き時間の過ごし方とか、いろいろ考えなきゃダメだろ。」

「そういう正論、なんかムカつく。」

「前島君、正論を時として暴論になりますよ。」

「っていうかコンディションとか、弘アスリート気取りかよ!」

「カメタク!まさか丸岡さんまで…。」


 生真面目な弘をよってたかっていじっている間に慎平が理科基礎の問題冊子を持ってきた。


「ま、松山君。今日もよろしく。」

「ああ…。」


 慎平は圭祐の声掛けに一言返すと、すぐに冊子を配った。理科基礎は60分、50点満点の科目を2つ選んで受けなければいけない。それぞれ化学基礎や生物基礎、地学基礎に取り組んだ。


 休み時間に入り、理系組も合流した。その中で俊彦だけが一人暗い表情で入ってきたため、弘と圭祐は思わず聞いた。


「俊彦、どうしたんだ?緊張してるのか?」

「な、なんかつらいことでもあったのかい?」

「圭ちゃん、弘。実は、実はさ…。」


 2人は唾を飲み込んだとき、俊彦はボソッと言い放った一言は2人を凍り付かせた。


「太陽剣士イーグルの録画を忘れた。」

「…へ?」

「帰ってきてからゆっくり見ようと思っていたのに…。それが気になって今日は試験どころじゃない。」

「いや、俺たちの心配を返せよ!そもそも見逃し配信とかないのかよ?」

「あるよ。でも間のCMとかさ、リアタイに近いものを感じたいわけよ。」

「知らんよ!」


 弘があきれ返っているうちに数学ⅠAの試験時間になった。この後昼休憩をはさんだが、弘と圭祐は俊彦から『太陽剣士イーグル』の残された伏線と予想される終盤の展開について延々と聞かされた。慎平はそれを見て大きなため息をついた。


 午後の数学ⅡBを終えると、文系組が帰っていった。時刻は15時を迎えていたが11月になるとこの時間でもすでに空はオレンジ色に染まっていた。


 理系組は最後の理科に取り組んだ。文系組が受験した基礎科目と違い、100点満点で、解答用紙の回収を含めて130分の長期戦だ。


 理科の2科目目が終わったころには、空にはとっくにオリオン座が見えるような時間帯になっていた。


「模試、これで最後なんだな。」


 健太郎がつぶやくと、全員が少し感傷に浸った。美宇がつぶやいた。


「なんか、これでE判定だったら凹む~。」

「美宇ちゃん、もう考えてもしょうがないよ。あと1か月半、できることやらなくちゃ!」

「夏路ちゃん男前~。」


 こうして浪人生たちはそれぞれの思いを抱えながら三々五々で帰路についた。三津屋先生と慎平は発送準備をしながら今日の模試を振り返っていた。


「松山君、お疲れさまでした。初めての模試監督どうでしたか?」

「なんかあいつら…緊張感ないなって…。最初はそう思ってたんですよ。」

「今は?」

「やっぱり不安なんだよなって…。」

「そうですね。大学受験は何回目だとしても、緊張するもんですよ。でもね…前にも言いましたけど受験は個人戦なんです。でも個人スポーツの練習と同じで受験勉強も誰かと一緒にすることができます。同じ気持ちで、それぞれの目的地に向かって走れる仲間がいることが彼らにとって大きな武器になる。僕はそう信じたいんです。」

「仲間が武器…。それ、今なら素直に『いい』って言えます。あいつらの影響かもしれないです。」


 慎平の素直な気持ちを聞いて三津屋先生は微笑んだ。


 翌日、浪人生たちは自己採点をしたはずだが予備校では不思議なぐらい模試の話題にはならなかった。共通テストまで残り1か月半、浪人生の心には不安も焦りも根雪のように積もっていることだろう。しかし、今日も彼らの目はホワイトボードとその向こうの未来に向かっていた。

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