第7話 約束のセッション
7月の上旬といえば、高校ではちょうど学校祭や文化祭の時期である。3年生にとってはこれが終わればいよいよ受験モードであり、ここから伸びる現役生は彼ら浪人生の新たな脅威となる。
ただそんなことも考えるはずもなく、「母校に帰省した友達と遊びに行く。」みたいな話を放課後のロビーでのんきにしていた。
「学校祭?いやぁリア充の祭りだねえ。」
「チャラ男」の亀井卓丸が茶化した。高校時代名門サッカー部にいた彼はこの日に遠征を入れられていたらしく、学校祭は一度も参加できなかったらしい。これには元アイドルの犬山みどりも、普通の高校生活を送れなかったものの一人として彼の話に共感していた。
そんな中、一人タブレットに熱中していた丸岡虹子に高知萌果が尋ねた。
「ねえ、マルちゃんは青雲高校だっけ?」
「そうですけど、何か?」
「学祭とか、行く予定あるの?」
「ないです。あ、ごめんなさい。私、そろそろ帰ります。」
といってそそくさと帰った。
虹子はバス停で帰りのバスの時間だけ確認すると、すぐ後ろの商業施設に入った。エスカレーターで6階まで駆け上ると、楽器店の奥のスタジオに入っていった。
「ごめんなさい。待った?」
「全然、ウチらも今来たとこ。」
「じゃあ早速合わせようか。土曜まで時間もないからね。」
「…うん。」
虹子とその仲間にとって今度の土曜は『約束のセッション』の日だった。
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虹子はホテル勤務の父と、看護師の母の間に生まれた。一人っ子で両親も多忙だったため家に一人でいることが多く、寂しい幼少期を過ごした。ただ、一人でいるときは元バンドマンの父の部屋にある大量のCDからあさって、邦楽、洋楽問わずいろんな音楽を聴いたり、アニメ好きの母の影響でDVDを見ながら様々なキャラクターの似顔絵を描くようになった。特に音楽への関心が強かったことから、ピアノ教室に通った。こうして一人の時間を自分が興味・関心があることに使っていたため、気が付いたら一人でも『寂しい』と思うことはなかった。
中学校に入学し高校は吹奏楽部に入り、パーカッションを担当した。ここでも頭角を現していったが、高校ではやらないことを決めた。虹子にとって大人数で行う吹奏楽は自由な表現ができず、大会で賞を取るための『部活の音楽』でしかなかったからだ。
高校では美術部に入った。もちろん絵も好きなので充実した高校生生活だった。そんなある日、部屋でSNSを見ていると
『旭川 バンドメンバー募集』
というコミュニティサイトを見つけたので開いた。その中で一つ、気になる書き込みを見つけた。
『16歳 高校生 女子 ボーカル担当です。レベッカやプリンセスプリンセスが好きで、一緒に夢を語れる仲間を募集してます。』
自分と同い年の子だったこともあり、思わず彼女にメッセージを返した。
『16歳高校生、ドラムやってます。まだ募集してますか?』
するとちょうどドラムだけ決まってなかったらしく、相当嬉しそうに返信してきた。レベッカやプリプリなど、世代が全然違うバンドばかりあげたのは母の影響らしい。SNS上で盛り上がった2人はほかのバンドメンバーも含めて今度会う約束をした。
そして約束の日、虹子は集合場所のファミレスの前にいた。本当に来るのか、果たして本当に女子高生なのか。不安で不安で仕方なかったが、突然ある女子が声をかけてきた。
「あの…マルさんですか?」
「もしかして…アイさん?」
事前に青いパーカーを着ていたことを伝えていたので、すぐに気づいてもらえた。この声をかけた彼女こそが『アイさん』こと星川愛で、市内一の進学校、旭川第一高校に通っているらしい。虹子は愛の後ろに隠れている女子を見つけた。
「…その子は?」
「ああ、この子は妹の恋(れん)。私と一緒でギターやってるの。ほら、あいさつ。」
「ど、どうも…。」
「ごめんね。この子、あまり学校行ってなくて、人と話すの慣れてないんだ。とりあえず中に入ろう。」
中に入ると、ショートヘアーのスレンダー美人と小柄で笑顔が印象的な女子がボックス席に座っていた。前者は三田麻梨乃、ベース担当。歳は虹子や愛より2つ年上で中学時代はいわゆる不良で、高校には進学させてもらえなかったらしい。今はアルバイトをしながら高卒認定試験合格を目指しているとのことだ。後者は四宮菜月、キーボード担当。虹子の1つ年上で中学校はほとんど行っておらず、通信制高校に通っているらしい。
これに先ほどの星川愛、愛の2歳下の妹の星川恋、そして虹子の5人でバンドが結成された。バンドをやるにあたっていくつかルールを決めた。1つ目は『みんながやりたい曲を話し合いで決めること』、2つ目は『最低月に1回は集まって練習すること』、3つ目は『通しでセッションするときは動画を撮ること』そして4つ目は『それぞれの夢や目標を応援すること』だった。
早速、愛がやりたい曲を提案した。プリンセスプリンセスの「19 GROWING UP」だった。全会一致で決まり、さっそく各自練習を始めた。
翌月、最初の合わせ練習を街中の楽器店のスタジオで行うことになった。虹子は恋のギターテクに驚かされた。彼女が無心でギターを弾く姿はあの姉の陰に隠れていた姿とはまるで別人であった。
そして虹子が1年の夏休み、動画を撮る日になった。いつもと違うスタジオに5人が集まった。虹子がタブレットをセットし、演奏を始めた。Take4でやっと納得のいく演奏ができた。
「よかった。バンド組んで。」
愛が感慨深げに虹子に話しかけた。
「何さ、急に。」
「最初は恋のためにバンドメンバー集めたんだけど、結局私が一番楽しんでる。私ね、学校に居場所ないんだ。」
「そう…なんだ…。」
「でもこうやって、みんなに会えるから、しんどくても頑張っていける。ここはね、私の唯一の居場所なんだ。ありがとう、マル。」
それを聞くと虹子はスケッチブックを取り出し、何かを描き始めた。
「できた!」
完成したイラストを愛に見せた。そこには5人の似顔絵と何か英語が書いてあった。
「これをLINEグループのトップ画にしよう。」
「いい!これ、すごくいいよ、マル!…でも、この英語は?」
「なかったでしょ、バンド名。どうかな?」
「これ提案してみようよ。」
そして決まったバンド名は「WHEREABOUTS」。文字通りここが彼女たちの居場所となっていった。
それから彼女たちは月1回集まって、3、4か月に1回ぐらいは自分たちの演奏の動画を撮った。プリンセスプリンセスやレベッカ、JUDY AND MARYなど、80~90年代のバンドの曲が中心だった。これがきっかけで不登校気味だった恋は中学校に通うようになり、虹子と同じ高校に進学した。
しかし虹子、愛、菜月が最終学年を迎え、『それぞれの目標』を大事にするべく、バンドは当面の活動休止を決めた。休止前の『ラストライブ』を7月に決めた。曲はプリンセスプリンセスの「DIAMONDS」。この2年を全力で駆け抜けた5人にふさわしい曲だった。
そして練習を重ね、7月を迎えた。一時的とはいえ、終わる悲しみを紛らわすかのようにどんな曲よりもエネルギッシュかつパワフルに演奏した。演奏を撮り終えると、達成感がのしかかったかのように一同は床にへたり込んだ。呼吸を少し整えてから、愛が話し始めた。
「私…決めた!東京の大学受ける。それでいつか音楽とか、エンタメ関係の仕事に就く。」
虹子が訊ねた。
「…アーティストになるってこと?」
「私にはそんな才能ないよ。どっちかっていうと裏方。今日私が楽しかったって思えたように、アーティストも、見てる人も、楽しくなれるような仕事。」
「愛はすごいな…。すごい先を見ている。私は目先の楽しさだけ追ってた。」
「マルはドラムしてる時と、絵を描いてるときはすっごくキラキラしてた。好きなことに全力で没頭できるマルなら、きっとなんとかなるよ。だから自分らしく生きてほしい。」
「生きてほしいって、もうしばらく会えなくなるみたいじゃん…。」
「…また会えるよ。会いに行くよ。」
そう言いながら虹子と愛は泣きながら抱き合った。
1年後の7月に再会することを約束して、5人はそれぞれの道を歩み始めた。愛は大学進学に向け受験勉強を始めた。妹の恋はギター演奏を動画サイトに投稿し始めた。投稿を重ねるたびに才能に磨きがかかっていった。麻梨乃はバイトの傍ら高卒認定試験の勉強していた。この年、残りの科目がすべて合格したら晴れて高卒となり、美容系の専門学校進学を目指すそうだ。菜月は保育士になるため短大を目指すそうだ。ピアノの経験がある彼女なら、活躍できるだろう。そして虹子はとりあえず推薦で札幌市内の私立大学進学を目指していた。
しかし、この約束はあまりにもあっけなく破られた。8月に愛が交通事故のため18歳の若さでこの世を去った。虹子はニュースでこのことを知った。
はじめは信じられなかったものの、翌日恋からLINEで短く「愛が死んだ」とだけ伝えられ、はじめて喪失を実感した。
『会いに行くよ。』
愛のこの言葉を思い出しながら虹子は部屋で泣いた。きっと、恋はもっとつらいはずだ。そう思いスマホを手にとったものの、かける言葉が見つからず、スマホをベッドに叩きつけた。そして部屋で泣いた。
忌引きが明けて恋は学校には来るようになった。普通にふるまっているが、どことなく目が笑ってないように見えた。虹子は愛が亡くなってから、一度だけすれ違いざまに恋に声をかけようとしたが、恋は目を合わせるとうつむいて早歩きで去って行った。
こうしてあれだけ自分たちが熱を注いだ場所が気が付けば「なかったこと」になっていた。当然メンバーとは一切連絡を取らなかった。10月に入ると推薦入試を控え、虹子はスティックもスケッチも持たない普通の受験生になった。
自室で勉強をしていたある日のことだった。寝落ちしていた虹子はふと机に立てかけたノートや教科書を倒してしまっていた。直そうとするとその倒れた教科書たちにあのスケッチブックがあるのを見つけ、久しぶりに開いた。めくると家の近くの田園風景を先頭に、美少女キャラのイラスト、猫のキャラクター、旅行先で見た海岸線、自分のスティック、そしてバンドのロゴ、よく使っていた楽器店のスタジオ、ベースを弾く麻里乃やキーボードを弾く菜月の姿、そして愛の屈託のない笑顔の似顔絵…。いろんな出来事と、いろんな思い出が頭の中にあふれて、どうしても、どうしても自分の本当の気持ちを「なかったこと」にできないことに改めて気づいた。
このメンバーでバンド演奏をすることが好きだったこと。そしてバンドや絵を通して、何かを表現することが好きで、そんなクリエイティブな仕事がしたかったこと。虹子はこの2つの気持ちに「ケリ」をつけることにした。
翌日、虹子はメンバーに1つの動画を送った。それは5人がはじめて演奏したプリンセスプリンセスの「19 GROWING UP」だった。そしてこんなことをLINEに書いた。
『愛に私たちが前に進んでいるところを見せたい。だから、もう一度やろう!』
少ししてほかのメンバーから了承の意味が取れるスタンプが送られてきた。そして妹の恋からは。
『ありがとう。7月、待ってるね!』
とメッセージがあった。これで1つ目の気持ちに「ケリ」がつき、前に進んだような気がした。
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『約束のセッション』の土曜日を迎えた。いつものスタジオに4人が集まった。恋と麻里乃はそれぞれギターとベースのチューニングをしていた。菜月もキーボードのセッティングが終わり、演奏の準備ができた。虹子はタブレットのカメラをセットし、ドラムスティックでの4カウントの後に演奏が始まった。愛がいないボーカルは全員で分担して歌うことになった。「19 GROWING UP」、この曲は前に向かって進んでいく「5人」の女子のアンセムとなった。
1発で納得のいく演奏ができた。動画が無事に撮れていることを確認した一同は、打ち上げと称して5人行きつけのファミレスに向かった。
「よかった。バンド組んで。」
虹子が感慨深げにみんなに言った。
「…そうだねえ。」
「うちらは何かあっても、帰る場所がある。」
「私…マルちゃんが言ってくれなかったら一生引きずっていた気がする。ありがとね。」
「…愛が言ってた。『みんなに会えるから、しんどくても頑張っていける。ここはね、私の唯一の居場所なんだ。』って。私も推薦けって、デザイン学部のある大学しようと思ったのは、みんなのおかげ。だから私がお礼を言わなきゃいけないんだ。ありがとう。」
「マルちゃん…。」
「でもさ、推薦けった話は驚いたよ。」
「見かけに似合わずロックなんだね。」
あの頃のように、話は盛り上がり、打ち上げは夜遅くまで続いた。虹子は大学合格といつかの再開を約束してメンバーと別れた。
そして月曜日、虹子は予備校にいた。スマホの壁紙にはこの前の4人の笑顔とあの頃の5人での思い出が写っていた。自分の夢のため、思い出を胸に虹子は今日も教室のホワイトボードに視線を向けていた。
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