第4話 第1回共通テスト対策模試
GWが明けて今年度最初の共通テスト対策模試を迎えた。英語の民間試験がなんだとか国語や数学の記述式がなんだとかいろいろあったが、人間とは案外すぐに順応するもので気が付いたらそんな議論もなくなっていた。
この日は土曜日で朝から小雨がパラついていた。9:00から地歴・公民の1科目だったため、文系の前島弘、松本圭佑、丸岡虹子、犬山みどり、松江麗、亀井卓丸、松山慎平の7人は休日にも関わらず朝早くから集まっていた。みんな模試前に参考書やノートに向かう中、みどりは後ろの席の麗に話しかけた。
「ねえ、麗ちゃん…私、怖い、怖くなってきた!」
「どうしたの?」
「模試って初めてなんだけど、なんか全国の順位が出るって怖いよ!」
「大丈夫。あくまで『模擬』試験。練習だから。やったところがどれだけできたか、が大事。それに悪かったらそれは『伸びしろがある』ってことよ。」
「…そうだね。結局『やったことしかできない』だよね、ありがとう。なんか麗ちゃん、札幌いた時の私の仲間に似てて少し安心する。」
「そう…今度聞かせて。」
そこに調子のいい男、亀井卓丸が入ってきた。
「元アイドルでも模試で緊張すんだなー。みんな少し近い存在に見えたよ。」
「近い存在って、カメタクはアイドルだったこと知らなかったでしょ。」
「ハッ!そうでした。ま、俺も遠征ばっかであんまり受けてないけどねー。」
すかさず弘が突っ込んだ。試験10分前になりみんなの緊張が解けたようでみどりも安心した。そんな中、圭佑は「やっぱりA判定が欲しい」と連休前に何日か休んでいたのがウソみたいに息巻いていた。慎平は会話に入る様子もなく腕を組んで黙っていた。そんな中、三津屋先生が入り一同は静まり返った。そのまま解答用のマークシートと分厚い地歴・公民の問題冊子が配られた。
「では始めてください。」
試験が始まった。みどりは政治経済、弘と麗は倫理・政治経済、圭佑と虹子と慎平、そしてカメタクは現代社会を解答した。別にこれといった決まりはないがなぜか公民から受けていたので、三津屋先生は少し「おっ」って感じの表情を見せた。マークシートに慣れていないみどりはマークミスを見つけては直す作業を2、3回はやっていた。
地歴・公民の1科目めが終わり、10:00からの2科目に向けて理系も続々と集まりだした。電車で市外から来る中松健太郎と高知萌果が入ってきた。萌果はコンビニで買ったビニール傘を閉じ、着席をし、筆箱を出そうとしたとき、折り畳み傘を持ってきたことに気づいた。それでみんな気が抜けているうちに、根本俊彦、姫川夏路、和島美宇も入ってきた。こうして12人が揃って、地歴・公民の2科目目が始まった。
弘と麗と虹子は世界史、圭佑とみどりと慎平は日本史、萌果と夏路とカメタクは地理、俊彦は政治経済、健太郎は倫理、美宇は現代社会を受けた。
そして3時間目は国語の試験だった。全員が現代文の評論と小説、古文・漢文を受けた。
午前中の試験で唯一全員共通の科目だったため、この後の昼食は国語の話題で持ちきりだった。
「あそこは3番だよ。」
「いいや4番だね。」
「さ、3番だよ。」
と弘と圭佑と健太郎が話し合っていた。その横で国語の苦手な俊彦はうなだれていた。まあできなかったのだろう。もちろんこんな話は不安を掻き立てるだけなので制止されるのがオチである。
昼休憩を挟んで13:25から英語の試験が始まった。満腹感と英語の長文の意味不明さから睡魔が襲い掛かりながらも踏ん張りを見せた。その後のリスニングでは神経を研ぎ澄ませて、CD音声を聞いていた。
「あの少し長い文章ってさ…長いよねー。」
なんて美宇が休み時間に『模試あるある』を言っていたが、この辺まで来ると疲れて反応もできなくなっていた。ただ数学ⅠAは待ってくれなかった。午後の大一番であろう数学ⅠA、そして数学ⅡBが終わり残るは理科のみとなり、みんな少しずつテンションがおかしくなっていった。
「うおーーーーーーーーーーー次で終わりだあ!数学も終わりだあ!」
カメタクが声を荒げてFINISH&THE ENDを叫んだ。
「確かに、空間ベクトルで内分が出るなんて、時間が足りなかった。」
と弘が言うと、俊彦が昼間の議論に参加できなかった腹いせに
「あれはね、tと1―tに分けて…」
なんて言いながらマウントを取ろうとしていた。そんな中理科の1科目目になった。文系は所謂『基礎2科目』を60分で受けるため次が最後だった。ここで彼らの鉛筆やシャープペンシルは息を吹き返したようにラストダンスを始めた。
ちなみに文系たちは弘、みどり、慎平が生物基礎と地学基礎、虹子、圭佑、カメタク、麗が生物基礎と化学基礎を受けた。理系は高校時代の時間割の影響なのか定かではないが、化学を選択していた。
理科1科目めが終わり文系たちは模試から解放された。みんな体を伸ばしたりなしてから、ゆっくりと立ち上がった。すたすたと帰っていく中、弘と圭佑はラーメンを食べる約束をし、カメタクも乱入した。
それを尻目に19:00を過ぎて、最後の理科2科目めが始まった。俊彦と夏路は物理、健太郎と美宇と萌果は生物だ。
そして模試の一切が終了した。これが終わった時には20:00を過ぎていた。解放されたのも束の間、みんな朝雨天でバスや電車で来ていたため彼らは急いでバスや電車の時間をスマホで調べた。その結果、それぞれ21時と22時の電車になった健太郎と萌果は駅で待つことにした。予備校を出るとき、雨上がりと20:00過ぎという事実が萌果に今朝コンビニで買った2つ目の傘を忘れさせた。
「あーウチ、こんな時間まで家にいないの初めて。」
2人は別々のホームだが、まだ時間のある萌果が健太郎に着いていった。疲れているにも関わらず萌果は少し嬉しそうだった。きっと『深夜のテンション』だろう、と健太郎は考えていたが、真意は見えなさそうだ。
「旭川って、この時間でもまだ明るいんだな。」
「そうだね…。これから街灯もないところに帰るんだよね、ウチら。」
「え、さりげなく俺も田舎者扱いしてない。」
「え、ウソ!?そんなこと言った?」
なんてたわいもない話をしていると名寄行きの電車が来た。帰りの電車の中で
『来週も記述模試頑張ろうね。』
と萌果からLINEが入っていたのだが健太郎は記述模試を受けないのでどう返したらいいか考えている間に疲れて電車の中で眠ってしまった。
全員が帰った後、三津屋先生は全員のマークシートの確認と発送準備を終して予備校を出た。
「おっ、今日は満月か。」
雨上がりのやわらかい月の光が、塾生の歩む未来と今日1日休日出勤した自分を照らしてくれる。三津屋先生はそう思いながら車で家路に向かった。
こうして塾生と先生の長い1日が終わった。5教科を1日で組み込んだため、かなりハードなスケジュールになった。あまりに疲れ果てて翌日は昼前まで寝ていたものもいたらしいが、そんな時でも俊彦は早朝のヒーロー番組は欠かさなかったという。
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