第2話 親睦会
予備校『暁』に入校し約2週間が経った。12人の浪人生も少しずつ予備校生活には慣れてきたようだ。彼らの仲は…というと決して悪くはないが、高校のクラスとは違うので馴れ合いみたいなのはない。初日にLINEを交換したがせいぜい「明日1時間目なんだったっけ?」とか「数学次どこやるんだっけ?」とかそんなもんである。
この日の最後の授業は担任の三津屋先生の現代文だった。偏屈かつドSな彼らしく、生徒にどんどん当てて答えさせる。答えられなかったり間違えると、次の問題も当てられる。今日も狙われていたのは国語の苦手な理系の根本俊彦だった。
「ではこれで本日の授業を終わります。」
その言葉を聞き、生徒たちは帰り支度を始めたり、自習室に移動しようとしていたその矢先、
「ちょっと待って。」
三津屋先生はそう言いながら右手を前に突き出し、生徒たちの動きを止めた。立ち上がっていた生徒も各自着席したのを確認すると、先生からB5ぐらいの紙が全員に配られた。
『大学予備校『暁』 第1回親睦会』
「もちろん強制じゃないから、もし参加できない人は金曜までに僕に言ってください。」
そう言い残し、三津屋先生は教室を後にした。まさか予備校で、しかも講師からこんな話が来るとは思わなかったため一同は少し驚いたが、
「いーじゃん!参加しようよ!なっ!なっ!」
真っ先に口を開いたのはチャラ男風の亀井卓丸だった。肩を叩かれた中松健太郎はびっくりしながらも
「せっかくだから俺は出るよ。浪人してから、こうやって遊ぶことって滅多にないし、きっとこの先できなくなると思うんだ。それに俺は高校の時から学校以外のことで旭川に来ることなんてほとんどなかったから、いいチャンスだと思うんだよね。」
そこに高知萌果も反応した。
「中松君の気持ち分かるよ。ウチも高校までずっと富良野にいたから。こうやって旭川で遊ぶの、一度でいいからやってみたかったの。」
そこに前島弘が口をはさんで、
「俺達は勉強する集団であって今回は親睦会だからさ、みんなでこの日をきっかけにまとまっていきたいからせっかくだし、」
「つまり弘君も参加するんってことしょ?」
「もちろん」
生真面目で話が回りくどくなりがちな弘に対して姫川夏路がスパッと参加の可否を掘り起こした。その光景を見てクスッと笑っていたギャルの和島美宇が
「2人ともおもしろいね。あ、美宇も参加するよ。よろしく♪」
とシンプルに言った。こうして、このまま全員参加するものと誰もが思っていたが、金髪少年の松山慎平が両手を机にたたきつけながら急に立ち上がり、
「…俺はいい。」
とだけ言い残して教室を後にした。
「…なんだあいつ。」
「っていうかいたんだ。」
なんてぼそぼそ言っている声が急に静まり返った教室に響いた。そういえば、慎平が話しているのは初めて聞いたかもしれない。それからして同じように松本圭祐が両手を机にたたきつけながら急に立ち上がり、
「ぼ、僕は…行くよ…。」
「そ、そう…。」
今度は突然の参加表明に一同はあっけにとられていた。ただ、その短い言葉には何か大きな勇気と決意が込められているように感じた。
ひとり大部屋を後にした慎平はロビーに立ち寄り、事務の人たちと談笑する三津屋先生に不参加の旨を伝えた。
「…そうですか。」
「…」
「本当のことを言うとね、君に一番来てほしかったんですよ。」
「…」
「…『受験は団体戦』なんて聞いたことないかな?
「…高校にいたときに、少し。」
「…僕は札幌の予備校で働いてた時、そんなこと正直クソくらえと思ってた。」
「…」
「今も受験は最終的には個人戦だと思っている。でも…一人で戦えるかい?」
話を続けようとしたところで、ほかのメンバーの何人かがロビーに入ってきた。そのタイミングで慎平はすっと出て行った。
「…あいつまだいたんだ。」
・・・
そして親睦会前日の金曜日を迎えていた。この日の最後の授業は数学Ⅲで、受講していたのは根本俊彦と姫川夏路だった。とりあえず参加、というぐらいの気持ちだったがいざ前日になると二人ともソワソワしていた。するといきなり松平先生が
「珍しく落ち着かないな、どうした?」
と聞かれた。この講義は少人数なので、講義というよりもはや問題集を進めてわからないところを先生が解説するという個別指導スタイルだった。きっとあまりに手が進んでないから気になったのだろう。夏路が正直に話すと豪快に笑い、
「ああ、ミツが企画してるアレか。そんな構えることもないだろう。」
「そうなんですけど、ただ勉強する仲間がほかのことで集まるのってなんか緊張しちゃって。」
と俊彦が言うと、
「そうだな。考えないよな、そんなこと。でもさ、ミツ…三津屋先生はハナから普通の予備校やるつもりなんてない人だからさ。よく言ってたよ、『大学行ってからのその先もうんたらかんたら』って」
「先生結構うろ覚えじゃないですか。」
「ハハハ…でも彼のことだから、何か考えがあるだろうさ。さ、手を動かしな!」
あっという間に閑話休題は打ち切られ、2人は数列の極限の問題を解き始めた。
・・・
そして親睦会当日、土曜日になった。親睦会は朝から夕方まで計画されており、午前中はボウリング、午後は焼肉を食べることになっていた。市外から電車で来た健太郎は偶然駅で萌果と出くわたので、一緒にボウリング場に向かうことにした。買物公園の左側を歩き、3条あたりの信号待ちのとき突然萌果が
「あの!」
「は…はい!」
とっさに返事をしてしまった健太郎。なにせ、さっきから数分ほとんどしゃべっていなかったからだ。健太郎は少しびっくり、少しどっきりした気持ちになった。
「好きなおにぎりの具は何ですか!」
「…はい?」
「おにぎりの具!ちなみにうちはツナマヨだよ。」
「あ…あはは…」
初めての会話でおにぎりを持ってくる想像以上の萌果の天然ぶりに健太郎の気持ちは激しく揺さぶられた。ほんの少しの気持ちの沈みを経て、話題っぽい話題もなかったしいいや、なんて考えにたどり着き緊張がほぐれた。
「俺は昆布かな」
「しぶーい!」
「え、そうかな?でも、最近コンビニでTKGおにぎりが出たから、そっちも買う。」
「えー、ウチはね…」
なんて話をしている間にボウリング場のあるビルに着いた。会場に入るとすでに半数近くのメンバーがいた。その中にはてっきり来ないもんだと思っていた松山慎平もいた。
「あ、松山君も来たのか。」
「…うん。」
慎平は彼に対し少し失礼なことを言ってしまったと直感し、唇が「ご」の形をとっさにつくったが、
「松山君、よろしく。」
萌果の天然ぶりに健太郎の気持ちが少し救われた気がした。そのおかげで少なくとも謝罪よりは気の利いた言葉が出てきた。
「よし、今日は思いっきり遊ぼう、松山君。」
「…ああ。」
そんなやり取りをしているうちに最後に犬山みどりが来た。みどりの帽子を深くかぶり、季節外れのマスク姿に一同は不思議に思ったが特に突っ込まないことにした。
三津屋先生も合流し、ボウリング大会が始まった。
「始球式は僕です。こう見えて学生時代『三日月のみっちゃん』と言われていたんだ。」
と、勢いよく投げたヘアピンカーブがガーターに流れていき、一同の笑いを誘った。
ボウリング大会はスポーツ女子の夏路が優勝。チャラ男の卓丸は意外なアスリートぶりを発揮し、一方で運動音痴で動きのぎこちない弘や俊彦は笑いを誘った。
みんな2ゲームしたところで昼過ぎになり、親睦会後半の部、焼肉に行くことになった。ボウリング場から10分近く歩くのだが、道中そんなことを感じさせないぐらいに浪人生たちは話に花が咲いていた。慎平は黙ってついてきていたが、不思議と表情の硬さが取れているように三津屋先生には見えた。
頼んでいたソフトドリンクと肉がテーブルにそろったところで焼き肉パーティーが始まった。ほどなくして、
「あとで塾生番号順に自己紹介してもらうから、よろしく。」
とだけ先生は言い放って、牛サガリをほおばった。それを聞いた瞬間、弘は橋の動きが鈍り、圭祐はメロンソーダをのどに詰まらせた。
次第に鉄板のように場の空気が温まってきたところで自己紹介タイムが始まった。
「では自己紹介タイムです。話すことは特に指定しませんが、塾生番号と名前、出身高校とあと必ず何か一言付けてください。じゃあ1番から。」
周囲のまなざしに見守られ、弘の自己紹介が始まった。
「えーっと…塾生番号1番、前島弘(まえじま・ひろむ)、旭川第一高校出身です。」
周囲がざわついた。なぜなら旭川第一高校といえば市内のトップ進学校であるからだ。ただこのとき、そんなざわつきも聞こえないくらいに弘は焦っていた。話すことがと特に無いからだ。ただ、そうも言ってられないので見切り発車で弘は話を続けた。
「趣味とか…好きなものとか…えーっと、えーっと…ないです。自分で言うのなんなんですけど、今まで勉強しかしてなくてテレビも見てないし、芸能人も詳しくないし、部活もしてないつまらないやつでした。」
弘には肉の焼ける音だけが耳に入っていた。
「でも、一高入って、周りはみんな頭いいやつばかりで、成績も下のほうになって俺には何にもないことに気が付きました。大学もいけませんでした。正直なところ今まで何の目的もなく勉強してたから、将来の夢もありません。でも、そんな俺でもなんか見つけたいと思って、もう1年北大目指して頑張りたいと思います。よろしくお願いします。」
拍手が飛びかった。弘はやっと周りが見えた。安心して座るとウーロン茶を2口ほどのみ、サガリをつまんだ。次は圭祐の番だ。
「あ…あの、あの…えー…っと、じゅく、塾生番号2番、松本圭祐(まつもと・けいすけ)、旭川出身の…あ、あの留萌中央高校出身です。」
すると美宇が、
「しつもーん!なんで留萌に行ったんですかー?」
美宇の質問ももっともだった。ただし、圭祐はいつも以上におどおどした様子で
「その…い、いや…まあ、家の都合。あ、教育大志望です。そ、その…よろしくお願いします。」
なんか引っかかる感じだったが、誰もこの時は気にする様子を見せなかった。この後の丸岡虹子はおもむろにカバンからタブレットを取り出してから話し始めた。
「塾生番号3番、丸岡虹子(まるおか・こうこ)。旭川青雲高校出身。学生時代のあだ名は『マル』です。イラストを描くのが趣味です。」
そういうとタブレットに保存している自分のイラストを見せた。風景、動物からゴスロリの美少女まで、様々なイラストを見て、一同はその出来に焼き肉そっちのけで感心しきっていた。
「あと、中学の時、吹奏楽部でパーカッションだったので、高校でバンドもやってました。」
今度はタブレットで自分が組んでいるバンドの映像を見せた。ドラムの虹子は後ろにいるのでよく見えなかったが、熱の入ったパフォーマンスにみんなくぎ付けだった。網の上の肉を焦がしていることにも気づかずに。
「以上です。よろしく。」
周囲の反応以上に淡々と虹子は、まだ焦げていない肉を探した。自己紹介は続いた。
「塾生番号4番、犬山みどり(いぬやま・みどり)です。札幌アンビシャス学院出身です。出身は旭川なんですけど。」
今度は卓丸が質問した。
「え?スポーツのアカデミーか何か?」
すると、みどりは急にその場に座って小さな声で話そうとした。三津屋先生は恥のほうで右ひじをつきながらみどりを見ていたが、他は耳をすませて近づいた。
「実は…高校3年間、札幌で芸能活動してました。」
一同は驚いて一気にみどりから離れた。ただみどりはみんなのリアクションから自分の自意識過剰な振る舞いが少し恥ずかしくなった。
「一応、グループで夕方のニュースでコーナー持ってたし、ライブもやってたんだけどな…。」
と、少し声は地声に戻したものの、一層弱々しい声で続けた。
「でも、なんで辞めて旭川に戻ってきたの?」
「辞めたっていうより、辞めなきゃいけない状況になっちゃって。事務所がつぶれちゃって解散するしかなかったの。なので、普通の女の子になるため大学受験を決意しました。よろしくお願いします。」
と、丸く収めた。自己紹介の後、隣に座っていた弘がすかさず。
「なんか見たことあると思った。お天気コーナーだ。俺、帰宅部だから見てたよ。」
とみどりに言った。自己紹介は続いた。
「えー、塾生番号5番、根本俊彦(ねもと・としひこ)。旭川第三高校理数科出身、好きな作品は『太陽剣士イーグル』です。あ、日曜朝の特撮番組なんだけど、長くなりそうなのでこの辺で。よろしくお願いします。」
特に誰も興味は示さなかったのであっさりすませた。
「塾生番号6番、姫川夏路(ひめかわ・なつみ)。旭川緑岡高校出身で部活はバスケ部でした。実は札幌の医療系大学に合格してたんだけど、パパの影響でものづくりがどうしてもやりたくて、浪人しました。工業大学目指してます。よろしくお願いします。」
「塾生番号7番、松江麗(まつえ・うらら)、旭川第二高校出身です。実はセンターの3日前にインフルにかかって受験できませんでした。でもこれも自分がステップアップするチャンスだと思っています。よろしくお願いします。」
特撮オタクを挟んでカミングアウトが続きまくっていて、全員驚くことに疲れて始めていた。ここで、三津屋先生の頼んだ豚トロと塩ホルモンが届いた。肉の脂で炎が燃え盛る中、自己紹介がさらに続いた。
「塾生番号8番、剣淵から来ました中松健太郎(なかまつ・けんたろう)です。士別北洋高校出身で陸上部でした。でもこう見えて小さい頃は喘息で体が弱くて、学校も休みがちでした。そのおかげで医療の道に進みたいと思いました。あ、姫川さんに当てつけとかそんなんじゃないよ。」
「そんなのわかってるよ!」
「あっとまあよろしくお願いします。」
真面目さゆえについ言ってしまう健太郎であった。
「塾生番号9番、亀井卓丸(かめい・たくま)、出身は稚内で高校は旭川総合学園出身っす。サッカーやってました。」
するとさっき自己紹介を終えた健太郎が思わず反応した。
「3年連続冬の大会に出てる名門じゃないか。」
「まあずっと補欠だけどね。ま、サッカーだけの人生とおさらばして大学デビューめざします。よろしくっす。」
とチャラく締めた。そしていよいよ慎平の番になった。話すところをほとんど聞いたことがないので、誰もが興味津々だった。
「……塾生番号10番、松山慎平(まつやま・しんぺい)です。……」
名乗った後、沈黙が1、2秒続き誰もが拍手をしようとしたところ、
「……高校は、。2年の途中で辞めたんで行ってないです。それからバイトしながら高卒認定取りました。その、人と勉強することに慣れないですけど、よろしくお願いします。」
一同は学校を辞めていたことよりも、しゃべったことに驚いていたため、誰も質問しなかった。そして自己紹介も終盤に差し掛かった。
「塾生番号11番、和島美宇(わじま・みう)です。出身高校は旭川百合丘女子高校っていう、まあ女子高です。見えないでしょー!美宇は私立専願の馬鹿で、高校も遊んでばっかだったからみんなの真面目な話聞いてヤバイなって思いました。でも、ここで勉強頑張って、栄養士になります。よろしくー。」
「塾生番号12番、高知萌果(たかち・もえか)です。富良野出身です。ウチは農家なんで、出かける機会がなくて、旭川には特別なときしか来たことがありません。だから、浪人することになっちゃったけど、毎日特別なのかなーって思っちゃうことがあります。みんなで、大学受かりたいので、よろしくお願いします。」
ニコッとした萌果が濃密すぎる自己紹介の最後を締め、一同はなぜか安心した。ようやく『しばしご歓談』の時間になり、トイレに行ったり、ドリンクをお替りしたり、残りの肉を焼いたりした。
いよいよ終わりの時間になり最後に三津屋先生が話し始めた。
「最後に僕から話をさせてください。よく『受験は団体戦』ってよく聞きますよね。正直言って僕はこの言葉が嫌いでした。あくまで受験は個人戦なんです。でも、陸上とか個人スポーツがいろんな人と練習するように受験勉強も多くの人が関わってするものなんだって、前の予備校で気づきました。だから、皆さんには励ましあって高めあえる『仲間』でいてほしいと思って、この会を開きました。予想以上に効果があってびっくりしたところもありますが、今日という1日がこれからの活力になっていけばいいなと思っています。今日はお疲れさまでした。」
それから塾生たちは別れを惜しむように店の前で雑談に花を咲かせながらも、三々五々で帰っていった。三津屋先生はそんな彼らの背中をみて微笑みながら、駐車場に足を運んでいった。
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