第189話 如月環

「ここが、実家うち

「……ここ?」

 東京の都心からやや外れた、閑静な、しかし高級住宅街の一角に、はるの実家があった。

「時々、風だけ入れに来るの」

「……めちゃめちゃ広いじゃん」

 三階建ての、西洋風の建物で、敷地だけでゆうに百坪はあった。

「日高の実家の方が広いじゃん」

 はるは笑った。

「………」

「こっち」

 中央の螺旋状の階段を上って行くと、二階の奥の部屋ではるが立ち止まった。

「ここ、物置きみたいになってるの」

 言い様、はるが開けた。

 十畳ほどの部屋には、高価な装飾品や、美術品が無造作に置かれていた。

「はるが、祥子さんと普通に過ごせてるの、わかった気がするわ」

 日高が呟くように言った。

「何それ? あ、これだよ。如月の巻物入ってるやつ」

 はるが大きな葛籠つづらを日高の前に置いた。

 二人は手分けして、丁寧に巻物を紐解いていった。

「ほとんど、舞のことについてしか書いてないね」

 日高が言った。

「うん…」

 巻物の他にも、書物も大量にあった。

「一日かかるねー」

 言いながら日高は、すらすらと読んでゆく。

「日高、こういうの苦じゃないの?」

「うん。台本っぽいやつなら、すごく楽しいよ。勉強になるから。昔の漢字見るのも好きだしね」

「そうなんだ」

(そっか。台本みたいに思うのか…)

 柱にもたれかかって、書を手にしている日高は、さしずめ文学少女のようで。

(やばい。惚れ直しそう)

 はるが見つめていたら。

 日高が目を上げて、苦笑した。

「今はやめてね。一応仕事中だから」

(……けち)



 やがて、二時間も経つ頃。

「あ、日高、これ」

 はるが一冊の書を日高の前で開いた。

【如月某の娘 十八世 如月環、 雄鶴 如月藍子】

 確かに、そう記されていた。

「これだ。間違いない!」

 そしてその左のページには、筆で描いた、環の簡単な肖像画が描かれていた。

 細面で、切れ長の瞳が印象的だった。

「やっぱ、どことなくはるに似てる気がする」

 日高が言った。

「目は似てるのかなあ。でも、幾つのときのだろ」

「三十……とか?」

「うん……かな……」

 二人はしばらく肖像画を見つめていた。

 如月の伝統の装束に身を包んだ環は、凛としていて、でもどこか、寂しげだった。

「私、何か少し見えた」

 しばらくして、日高が言った。

 そしてバッグから台本とペンを取り出すと、すらすらと何かを書き記していった。

(さすがなんだよなあ…)

 いつか、北川先生が言ってたっけ。

 -日高は演出家の才能もある-

 って。

(……やばい。本当にドキドキしてきた)

 じーっと、はるが見つめていたら。

 もう一度、日高が言った。

「本当に、今はやめてね」

(……減るもんじゃないのに)

「減るから」

「………」

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