第188話 如月藍子

「あー、それですか?」

 二人の様子に気づいた、さっきの店主が近づいて来た。

「私たちもずっとこの人が誰かわからなかったんです。作った人も、納めた方も。ずっとここに安置されていたんですけど。でもこの間、とても有名な監督さんがみえて、『袖の下を見せて下さい』って言って」

「そ、そ、それで…」

 上ずった声ではるが尋ねた。

「袖の下に、【高林太郎 作 如月藍子像 如月環 奉】って書いてあったんですよ」

「如月…藍子らんこ……。如月…環……」

 はるが、日高を見た。

「………」

「あ、あの。この藍子と、こちらはゆかりがあるのですか」

 はるが尋ねた。

「いいえぇ。うちは、ただの茶屋で。ただ、この藍子さんが、舞のお師匠さんか何かで、たぶんうちのご先祖が、弟子か何かだったみたいです」

「藍子は、若くして亡くなったんですか?」

「いえ。この像は若い頃のですけど、五十くらいまでは生きたと思いますよ。それで一生独身だったって。でもわかるのはそれくらいで」

 その時、店主は新しいお客に呼ばれて、

「じゃ、ごゆっくり」

 言い残して二人の元を去った。

「何で…監督があの映画を撮り直したか、今わかった」

 日高が言った。

「環をモデルにした、祖母役の初恋の人を追っていったら、全く違う恋人の名前が出て来た。それでさらに調べていったら、とんでもない悲恋が隠れていた」

「ねえ、日高。一度、東京戻って調べてみようよ。もしかしたら、環の自画像も残ってるかもしれない」

「うん。監督も私たちに任せてくれたしね。一応監督に確認して、調べてみてもいいかもね」

 日高も頷いた。



 ホテルへ帰る車中。

「ねー、藍子って、日高のご先祖様なのかなぁ」

 はるが言った。

「さあ……。聞いたことないけど。でも藍子って結婚してないんでしょ」

「姉妹とか兄妹の子孫とか?」

「どうだろ。他人の空似とも云うしね」

「そっか」

 はるは頷いた。

 何だか、二人は不思議な高揚感に包まれていた。

 -環は、ずっと藍子を想っていたんだ-

 哀しいのに、嬉しくて。

 嬉しいけれど、どこか哀しかった。

 ただ、二人の間に流れている『時間』という時代ときが。

 その事を語ることが出来るくらいの、穏やかなものにそれを変えていた。

 二人は。

 どちらともなく、また手を伸ばして。

 理由なんて語れないくらいの複雑な思いで。

 ぎゅっと、ただ手を繋いでいた。

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