第187話 茶屋にて

「ねえ、ここ上るの⁉︎」

 日高が言った。

「あ、はい、そうみたいです。それからこれ、千円ずつお小遣いです。とりあえず、はるさんに渡しておきますね」

 事もなげに関君は言ったけれど。

 二人の前には、百八段もある階段がそびえ立っていた。

「僕はここで待っていますから」

 関君は二人に小さく手を振った。

「とりあえず行こうよ。ねっ」

 はるが日高の手を取った。

「………」

 日高も諦めたのか、はるの横に立ってゆっくりと階段に足をかけた。


 五十段も上って行くと、足がガクガクし始めた。

 中央に銀色の手すりがある。

 二人は、手すりを掴んでゆっくりゆっくり上ってゆく。

「超キツイんですけど」

 日高が言った。

「しょーがない…じゃん。か……監督が…、二人で行けって言うんだ…もん」

 少し息を切らして、はるが言った。

「………」

 喋ると余計キツくなる。

 二人はほとんど無言のまま上って行った。


 やがて。

「百八!」

 日高が言って。

 頂上に到着した。

 少し遅れて、

「もう、無理ー」

 はるも階段を上りきった。

 しばらく立ったまま、二人で呼吸を整えていたけれど。

「あっ、茶屋があるー!」

 はるが指差した。

「行こー! お小遣いここで使うんだよ、きっと」

 はるは、日高の腕に手を絡ませると、ぐいっと引っ張った。

「………」

(はる、すご…)

 少し目を丸くして、日高は、はるが引っ張って行く力に従った。


 店先に長椅子があって、緋毛氈ひもうせんが敷いてあった。

 二人の姿を見ると、

「あら、いらっしゃい。メニューはこれね。あ、お茶はサービスで差し上げますから」

 少し年配の、ふくよかな店主が出て来て、【お品書き】を渡した。

「あ、おしるこも、今川焼もあるー。ねー、日高はどれにする?」

 日高は、ちらっと見て、

「おやきの甘くないやつがいい」

「野沢菜とかの?」

「うん。でも半分くらいしか要らない。はる、食べれる?」

「うん、大丈夫。じゃあ、私もおやきにしよう。すいませーん」

 はるはあんこと野沢菜のおやきを頼んだ。

 しばらくして、お茶とおやきが運ばれて来た。

 半分って言っていた日高は、半分よりかなり片寄って半分に割ると、大きい方のおやきをはるに差し出した。

「ハイ」

「いいの?」

「うん」

 二人は。

 肩を寄せ合って、しばらく無言でおやきを食べていたけれど。

 二人の目の前には、深く蒼い、深い海のような、美しい山々が広がっていた。

「いつの間にか、季節が変わっていたんだ…」

 呟くように日高が言った。

「ここに来た頃は、まだ山には雪が残っていたのにね」

 はるも言った。

 二人でお茶を飲んで。

 ふと。

 はるが振り返ったときだった。


「あっ‼︎」

 はるが驚いて声をあげた。

「何、何⁉︎ …何⁉︎」

 お茶をこぼしそうになった日高が、慌てて膝をよけて腰を浮かしかけた。

「ゴメン。でも…」

「……何?」

 日高も、お盆の上に湯のみを置いた。

「あれ。あの木彫りの木像……」

 はるの見つめる視線の先には。

 一体の木像があった。

(あっ)

 二人は木像に歩み寄った。

「これ……私?」

 日高が思わず呟いた。

 大切そうに。

 店の窓際の一番高い所に、日高によく似た美しい木像が安置されていた。

(似てる……。私に、似てる)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る