第184話 新会長

「では、始めましょう」

 落ち着きはらった声で、祥子が言った。

 青葉が宗家でない以上、かつては形ばかりの総会であった。

 この日も青葉が会長であることで、祥子は、YOSHIMURAの意のままで総会が決議されると信じきっていた。

 しかし。

 いつもとは違う出来事がここで起こった。

 青葉が、祥子を見上げて言った。

「私、ついうっかりして今日会長席この席に着いてしまったわ。歳はとりたくないわねえ……」

「えっ」

 祥子は、何を言っているのか理解出来ない、という表情かおをした。



 -長野県某所-


「うん、何?」

 冬と姫花は、ぐいっと北川に顔を近づけた。

「日高がさ、『せっかくなら私にふさわしい大舞台演出をお願いしたい』って言ってきてさ。未来の大女優に直々に頼まれちゃねー」

 そう言って、北川は笑った。

「そろそろ、満を持して主役が登場する頃じゃない?」



「私はあくまで代理なの。城で言えば城代なんです。城主が戻れば、城は城主に返さなきゃ」

 青葉は、

 -よっこらしょ-

 そう言って立ち上がった。

「じゃ、じゃあ、誰が会長になるんです⁉︎ はるちゃんが家元と兼務するっていうことですか!」

「如月ではね、家元にはこういう事をやらせないの。家元の務めを全うしてもらわなきゃいけないんでね」

「じゃ…じゃあ」

 祥子は顔色を変えた。

「雄鶴さん。如月日高さん」

「………!」

 末席に座っていた日高が、ゆっくり立ち上がった。

「えっ」

 俯いていたはるが、顔を上げた。

 日高と目が合った。

 日高が、微笑わらっていた。

 いつも通りの。

 マンションで暮らしていた時の。

 一番幸せだと感じていた頃の。

 あの穏やかな笑顔で、日高は、静かに微笑っていた。

 そして、ゆっくり、はるの方へ歩み寄って来ると、

「来たよ」

 って言って。

 今度は白い歯を見せて笑った。

「日、日高ぁ!」

 はるは。

 人前も憚らず、しがみつくように日高を抱きしめて号泣した。

「雄鶴が会長こういうのに就くんだってさ」

 日高は、はるの背を撫ぜさすった。

「私、運も持ってるみたい」


 すると。

 青葉が、二人の前へ立った。

「如月流の皆さん。他の流派の会長、師範さんたちも。二十一世家元の誕生と新会長に、ご挨拶を致しましょう」

 青葉の言葉を合図のように、一同は立ち上がった。

「礼」

 波がうねっていくように、名のある師範たちが次々と、二人に頭を下げた。

 はるは慌てて日高から離れて、ぺこりと頭を下げた。

 日高は、ちょっとおどけて。

 この間勤めた、一日署長の時のように。

 こめかみに手をあてて、敬礼をした。


 祥子は。

 もう、立っているのもやっとなほどで。

 黒沢に抱えられて、ただただ、立ち尽くしていた。

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