第177話 プロポーズ

(やっぱ、超きれー)

 カメラを覗き込んでいる日高の姿を見つめながら、はるは何度も心の中で呟いた。

(こんなきれーな人に、どう伝えればいいんだろ。超緊張する)

 はるは、重大なある事を日高に伝えなければ、と、長野の撮影現場まで足繁く通っていたのだが、日高に会うと、一気にセリフも何もかも飛んでしまって、もう五回も空振っていたのだった。


「はる、待った?」

「終わったの?」

「うん。私は今日は終わった。先生が、特別に上がっていいってさ」

「……そっか」

 はるは、すぐに日高から視線を逸らした。

「………」


「きれいだね」

 時々振り返りながら、はるが微笑いかけた。

 ホテルまでの道程みちのりを、二人は、少しぬかるんだ道を遠回りしながら歩いていた。

 北アルプスの、まだ山際やまぎわに残る雪の白さが、鮮やかで美しかった。

(はる、ホント可愛いや)

 肩までも伸びた髪が、きらきら夕陽を浴びて少し金色に染まっていた。

 ふいに。

 先を行く、はるが立ち止まった。

「………」

 日高も、立ち止まった。

「ねえ、日高さ」

 ゆっくり、はるが振り返った。

「私のこと、好き?」

「………何で?」

「聞いてみたいの」

「好きだよ」

「どういう風に? 一生、好きだって言える?」

「そうだね」

「じゃあさ、じゃあ…」

 はるは俯いて、しばらくの間、

「じゃあ……」

 っていう言葉を繰り返していたけれど。

 意を決したように。

 やがて、目を上げて、

「如月春花のつがいとして籍を入れてもらえませんか」

 そう言った。

 雌鶴はるの。

 プロポーズの言葉だった。

「どういうこと?」

「二十一世家元、如月春花は雌鶴だから…、系譜に雄鶴のつがいを書く欄があって…。つがいだから…、夫婦になるの。系譜の中で、二十一組目の……」

 はるの言葉に。

「いいよ。私でいいんだったら。私でいいの?」

「ひ、日高がいいの。日高じゃなきゃ嫌なの」

「そっか。じゃあ、ありがとう。喜んで」

「………」

 日高の返事に。

 はるは、言葉もなく、呆然と立ち尽くしていた。


 ホテルに戻ると。

「こ、これ…」

 はるは、一枚の書を差し出した。

 そこには、雌鶴の欄の下には如月春花と署名されていて、雄鶴の欄の下は空白になっていた。

「これに、私の名前を書くんだ」

「如月流の家元の系譜なんだけど……。系譜の中だけでは、ずっとつがいとして残るの」

「ふーん」

(………)

 日高のいつも通りの姿に、はるが少し不安になった。

「あの…二十一世家元の……、雄鶴の舞姫として名前が残るけど、本当にいいの?」

「いいよ」

 日高は、頷いた。

「如月でいいの?」

 と、尋ねた。

「うん。如月の系譜だから」

「わかった」

 日高は筆を取った。

 そして、雄鶴の欄の下に、

 -如月日高-

 と、署名をした。

「これで系譜の中では夫婦になるの?」

「うん。あとは、青葉師範せんせいの署名をもらうんだ。そうしたら正式に夫婦になるの」

「そうなんだ」

「うん」

 はるは頷くと、少し俯いて、

「忙しいところ悪いんだけど……、一緒に行ってくれない?」

 そう言った。

「市役所とか区役所に行くみたいだね」

 日高が笑った。

「うん……」

 日高の言葉に。

 恥ずかしそうに。

 でも、嬉しそうに、はるが頷いた。

「いいよ。一緒に行こ」

 言いながら。

 日高はゆっくり、はるを抱きしめた。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る