第175話 二人で…

 ソファで、日高がはるの体を擦りながら、

「落ち着いた?」

 と、声をかけた。

「…うん…」

 小さく、はるは頷いた。

 そしてしばらく、二人はただ体を寄せ合っていたけれど。

 やがて、はるが口を開いた。

「……一つ、聞いていい?」

「うん」

「最後、お稽古のときと違う舞……、どうして正解がわかったの……?」

「ああ」

 日高は、優しく、はるを見つめた。

「ずっと不思議だったの。どうしてはるは、うずくまったままなのかって」

「………」

「もしも遠くに飛ばすのが目的なら、弾みをつけて跳ね上げればいい。でも低い姿勢のまま、はるは跳ね上げてる。だから思ったの。雌鶴は、怪我をしてるんじゃないかって」

「怪我……」

「そう。でも、それも違うんじゃないかなって思い始めたの。そこまでは、雌鶴は激しい舞を舞っているわけだから」

「…それで?」

 はるが日高を真っ直ぐに見つめた。

「だから……。雌鶴が罠にかかったんじゃないかって思ったの。足を……、足を罠にかけられて、動けなくなったんじゃないかって」

「………」

「それでね、どうして雌鶴は扇を遠くに跳ね飛ばすのか、考えたの。雌鶴は、きっとこう思ったんだよ。『もうすぐこの罠を仕掛けた猟師が来る。だからあなたは、ここから早く逃げて』って」

「………」

 日高の手が、はるに伸びて抱きしめた。

「いろいろ解釈があると思うんだ。雄鶴が自分から離れないから、『あれを取って来て』って言って扇を遠くへ飛ばしたとか。それとも、扇を飛ばしたものを自分の飛び立つ姿に見立てているのか。『さあ、ここから飛んで行きましょう。私も一緒に行くから』って。でも、一つだけ確実に言えることがあるんだ」

「……うん」

 はるは、日高の胸の中で、もう泣いていた。

「雌鶴は、どうしても雄鶴が猟師に捕まるのが嫌だったんだよ」

「…うん…」

 泣きじゃくる、はるに。

「はる。泣かなくて大丈夫」

 日高が、はるの背をゆっくり撫ぜた。

「大丈夫なんだよ」

「どうして?」

 はるは、少しだけ目を上げた。

 日高は微笑わらっていた。

 ソファに肘をつけて、ゆっくり、はるを横抱きにした。

「雄鶴は、罠を外そうとするんだよ。二人で力を合わせてね」

「外すの?」

「ずっと思ってたんだよ。何で罠なんだろって。で、考えたの。罠って、実は、試練なんじゃないかって。二人で、人生で訪れる試練に立ち向かっていってほしいっていう願いことだと思ったんだ」

「…試練…」

「そ。だから、雌鶴が一人で犠牲になるのも、雄鶴が試練に向き合わないのも、不正解なんだよ」

「………」

「二人で試練に向き合って、二人で力を合わせて生きてほしい。罠という試練が訪れたら、一つずつ、二人で解決はずしていってほしい。その願いをこめた最後の一節の舞だと思うんだよ」

「そう…なんだ」

「前に言ってたでしょ。親の愛情でどんどん難しくなっていったって。最後に付け加えたかったんだよ。二人で試練を乗り越えてって」

 はるは、日高を見つめた。

(私……)

 やっぱり日高を好きになって良かった。

 出会えて良かった。

 この人を信じて良かった。

 日高を……愛せて良かった。

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