第171話 冬の諫言

「日高さん、大丈夫ですか?」

「…姫花、ありがとう…」

 パイプ椅子を連ねた即席ベッドの上で。

 日高がダウンしていた。

「バカじゃないの」

 冬が言い放った。

「いいの。幸せだから」

 腕で光をさえぎった、寝たままの姿で。

 日高はそう言った。

「禁欲生活を何年も続けてさー、はるちゃん大人になるまで待っててさー、そんでもってはるちゃんが大人になったら今度は朝食も食べないで愛欲生活?バカなの?」

「えっ、そうなんですか?」

 姫花が驚いて、日高と冬にかわるがわる目をやった。

「ごめんね、姫ちゃん。変な話聞かせて。でも、これが日高の本当の姿だから。振り切って生きてんの。一緒になってたら、苦労しかないからね」

「………」

 姫花も返答に困って、仕方なく空いている日高の傍らのパイプ椅子に腰掛けた。

「はるが心身共に大人になるのを待って、超大切にしてきたのに、何かすごい言われようじゃん」

 日高が腕をずらして、うらめし気に冬を見た。

「せめて撮影前にやるなって言ってんの。前日の夜とかならいいかもだけど!」

「NG出してないじゃん」

「体フラフラで迷惑かけてるでしょうが」

「……ハイ」

 家老の諫言かんげんに。

 若君は、ついに折れた。


「……ゴメン……」

「わかったならいいけど。社長が聞いたらひっくり返るよ」

「社長には言わないで」

 日高が、冬に手を合わせた。

「言わないよ。言えないし」

「これからは、ちゃんとするから!」

 日高が起き上がった。

「約束だよ。日高が主役なんだから。若い子たちの見本にも手本にもならなきゃ」

「わかった。冬、ゴメンね」

「ちょっと、パンか何かもらってくるから」

 冬が去りかけた背中に。

「冬ちゃん、ゴメンね」

 エゾリスのように。

 日高は両手を合わせて、頭を下げた。

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