第168話 二羽の鶴

「んで? どーすんの」

日高と冬は、二人だけで宴を続けていた。

「正面突破だよ」

「正面突破⁉︎」

「はるが教えてくれたの。祥子さんが望むことをすればいいんだってさ」

「……鶴……? あっ、如月流の雄鶴と雌鶴の舞⁉︎」

「そ。結局祥子さんは、私たちに早く舞を完成させて、はるを家元にして、YOSHIMURAの正統性を内外にアピールしたいんだよ。だから、舞のお稽古に来るなら通れるかもしれないって、はるが伝えてきたんだよ」

「なるほど」

冬はグラスを膝元に置いた。

「舞のお稽古着持ってけば、通すんだ」

「たぶんね」

日高も、グラスを置いた。

「明日。正面から堂々と行ってやる」



-Zホテル-


次の日は午後から久々のオフだった。

稽古着を腕にかけて、日高は堂々とフロントの前を通った。

いつもなら、佐々山がドーベルマンのように吠えて駆けて来るのに。

ロビーで優雅にコーヒーを飲んでいて、明らかに日高に気づいてちらっと見たけれど。

すぐに視線をそらした。

(やっぱり)

日高はそのままエレベーターに乗り込んだ。

はるのいる階で下りると。

私服SPは、うろうろしているのに、今日は声すらかけて来ない。

日高は、逸る気持ちを抑えてインターホンを鳴らした。

でも。

内から応答がなかった。

「……はる?……」

おそるおそる、ドアを開けた。

……と。

はるがいた。

愛しい、はるがいた。

でも。

「はる、どうしたの⁉︎」

気づいたら駆け寄っていた。

はるが部屋の真ん中で、童子のように号泣していた。

「日高ぁ! ごめん、私、壊しちゃった! 日高がせっかく折ってくれた鶴、踏んで壊しちゃった!」

「鶴……?」

「…あそこ…」

はるが指差す方を見たら。

ぺちゃんこになった鶴が、かろうじて棚に寄りかかって立っていた。

(何だ…)

ほっとして、日高は、はるの横にぺたりと座った。

「そんなん別に気にしなくていいじゃん。大丈夫だよ」

励ますつもりでそう言ったら。

「何で? 日高が私にって初めて手造りしてくれたプレゼントじゃん。全然大丈夫じゃないじゃん!」

逆にはるが、怒って抗議した。

「じゃ、私が直すよ」

日高は立ち上がって、鶴を手の平に乗せた。

でも。

少し羽をいじっただけで。

(あっ、やべ)

鶴はさらに無残な姿になった。

おそるおそる振り返ったら。

はるがさらに声を上げて泣いた。

「はる、ゴメン」

鶴を、元にった場所に戻して。

自分もはるの横に座ったけれど。

(鶴なんて、どーだっていいのに……)

そう思って、はるの肩に手を回したら。

その手を露骨にはるがけた。

「………」

日高は少しムッとして、はるを見た。

はるは、膝を抱えて俯いて泣いていた。

(…もー…)

「わかった。ちょっと待ってて」

日高は言い残して部屋を出た。



程なくして戻って来た日高の手には、はるから贈られた鶴が乗っていた。

「………」

少し落ち着いたはるが、日高の所作を目で追った。

「……どうするの?」

「とりあえずはるの鶴が隣にいれば、少しは治るよ」

「………」

「これで大丈夫」

はるの折った鶴に、日高の鶴を寄りかからせた。

「………」

不思議と、さっきよりも鶴は元気になったように見えた。


「……疲れた」

日高が、はるの横に、足を投げ出して座った。

「ゴメンね」

はるが言った。

「いいよ」

日高が言った。

「でも」

日高がはるを見た。

「何?」

「これ以上はるに触れられなかったら、私もあの鶴みたいになっちゃうから」

日高はもう一度、はるの肩に手を回した。

今度は、はるは避けなかった。

「……はる」

囁いて。

ゆっくり。

日高は、はるに唇を重ねていった。

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