第167話 はるの鶴と日高の鶴

 その頃。

「えっ、江戸時代?」

 カタカタとパソコンに打ち込んで、出て来た映像と山のように積まれた資料の一部を引っ張り出して、台本と照らし合わせながら、

「その形は、まだないですね。とりあえず今、画面に出ている着物をコピーしますから」

 はるは、目を上げた。

「ありがと、HALちゃん」

 やがて何枚かコピーした紙をトントンと整えながら、北川が笑顔ではるに言った。

「立派に名代はたしてるじゃん。こんな優秀な後継者がいるなら、YOSHIMURAも安泰だ」

「先生」

「ん?」

 北川は目を上げた。

「どうして日高は、私の部ここ屋に来ないんですか? 私は仕事が多くて、昼間はあまり現場に出入り出来ないんだけど……。夜……とかでも……その、日高が来るかなぁとか思ってたんだけど……」

「えっ、HALちゃん知らないの?」

「何をですか…?」



(知らなかった、知らなかった、知らなかった!)


 -え⁉︎ 日高なら、何回もホテルこっちに来てるよ。フロントにも、直接HALちゃんの部屋の近くにも行ってるし。でも、姉の息のかかってる部下たちに、追い返されてるの。姉がイジワルしてるんだよ。ちなみに-

 と、つけ加えるように北川は言っていた。

 -スマホもケータイも持ち込み禁止だから、今の現場。まあ、手紙くらいならいいのかもしれないけど。書いたのを届けてあげてもいいけどさ、日高アイツがペンを握るかどうかはわからないよ-

 北川はそう言って戻って行った。



 -休憩時間-


「日高、ちょっと」

 北川が、日高に廊下を指差した。

「……何?」

「これ、HALちゃんから」

 北川は、日高の手を取って手の平を開かせると。

 一羽の折り鶴を乗せた。

「先生、はるんとこ行ったの⁉︎」

 日高の手の平の上に。

 ピンと翼を広げた折り鶴が。

 凛として、立っていた。

「とりあえず、渡したからね」

「………」

 北川が去っても。

 日高は。

 じっと、その折り鶴を見つめていた。

 そして、やがて、ゆっくりと歩を運ぶと。

 関君の元へと行って、頭を下げた。

「関君ごめん。お願いがあるの」



「何それ? カメ?」

「……鶴だけど」

「ウソー! 鶴っていうか、どー見てもウミガメっしょー」

 北川が笑った。

 日高の部屋で。

 皆で車座になって、日高が折り鶴を折る様子を、酒の肴にして見つめていた。

「日高さん、ここを、こう……」

 傍らでは、姫花が日高に、鶴の折り方をそれこそ手取り足取り教えている。

「姫花のと、こうも違うかねー」

 北川は日本酒の一升瓶を抱えながら、冷やでチビチビと飲んでいた。

「………」

 いつもは顔にあまり汗をかかない日高の額に、汗が滲んでいた。

「よし! 出来た」

 日高渾身の鶴は。

 とても美しい、とお世辞にも言えないほどだったけれど。

「出来た」

 日高は、もう一度言って。

 満足気に頷いた。

「じゃ、帰るとき持ってってあげるから。私も、宿舎あっちだからさ」

 北川の言葉に。

「うん。先生よろしくね」

 ホッとしたように日高はそう言うと、姫花からグラスを受け取った。

「飲もう!」

 日高の笑顔につられるように。

「よし、飲もー!」

 冬の肩を抱きながら。

 北川もグラスを高々と掲げた。



「これ、日高が⁉︎」

「額に汗かきかきで、姫花に教わりながら折って…」

 北川の言葉の途中で。

 はるの両眼から、ぽたぽたと涙が頰を伝って落ちた。

「メッセージだけでも伝わればいいって思ってたの。それだけでいいって。なのに、日高が……、日高が……」

「そっか、そっか。感動しちゃうよね」

 北川はそう言って、はるを抱きしめた。

(うーん、日高もいいけど、HALちゃんもいいかもなァ……。でも祥子アイツと一緒の趣味は嫌だなァ……)

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