第166話 ただあなたに会いたくて

「クソったれ!」

 日高はホテルのベッドに横になるなり、叫んで歯噛みして悔しがっていた。

 祥子の名代とは、すなわち祥子と同格ということだ。

 はるに話しかけようとしても、用件のおもむきを、祥子の主任マネージャーの佐々山を通さねばならず、

HALさん社長代理は多忙ですので、私がまず伺いましょう」

 と、関所のように止められてしまう。

 全くはるに会う事が出来ない日高のイライラは、ピークに達していた。

 その時。

「キテるねー」

 ワインを持って姿を現したのは、冬だった。


「ねえ! 何で私は止められんのに、心ちゃんは通されんの⁉︎」

 二杯目のワインを飲みながら、日高が言った。

「何か、妹がはるちゃんのファンだとか言ってたよ。さすがにそーゆーのは止めないでしょ。人気商売なんだから」

「………」

「やられたね、祥子さんに。でも日高も悪いんだよ」

「何でよ」

 不服そうに、日高が冬を見た。

「必要以上に、祥子さんにつっかかるからだよ。衣衣だっけ? あれだってさ」

「だってムカつくんだもん。はるは私の恋人なのに、見る人が見たら祥子さんの恋人みたいじゃん」

「結局そこなんだ」

 冬が笑った。

「嫌なの! 堪えられないの! 私のはるの横で、余裕な感じで微笑ってるのが、イライラするの!」

 子供がダダをこねるように、足をバタつかせて、体を揺すって、やがて床に倒れ込んだ。

 その様子に。

「これが、天下の花村日高かねー」

 あきれたように冬が言った。

「あー、はるに会いたい。はるに会いたい。はるに会いたいよー」

 横になったまま、エビのように体をくねらせて日高が叫び始めた。

「しょーもな」

「はるに会いたーい」

「うるさい! 今、私も考えてんだから」

「お願い、冬ちゃん。はるに会わせて」

 ずりずりと日高が這って来て、冬の膝に倒れ込んだ。

「………」

「お願い。はるに会わせて……」

 日高は、冬の膝に頰をつけると。

 そのまま寝入ってしまった。

「………」

 冬は、そっと。

 日高の髪に触れた。

「ずるいよ。こんなんしたら…」

 冬は呟いた。

(また、好きになっちゃうじゃん……)

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