第165話 名代

 -長野県某所-


「うわー、きれー」

 ロケバスから見る北アルプスは、まだ雪を衣に、目にも鮮やかに連なってそびえていた。

「日高、はるちゃんと一緒に見たかったでしょ」

 冬の言葉に、

「もうすぐはるとだって見れるよ」

 照れたように日高は笑った。


 実力で冬はオーディションを勝ち抜き、日高の親友役を手にしていて、その他、姫花も、姫花と同じ事務所の、目下〈抱きたい女優第二位〉の、木崎きざき こころという美人女優も、実力でそれぞれの役を勝ち取っていた。

 高校生から、三十代までの田舎での女子高生たちの日常を描いた【風の中の乙女たち】は、おそらく日高の最高傑作にもなろうという作品であった。


 初日の撮影を終え、ホテルに戻ると。

「YOSHIMURAのスタッフの中、はるいないじゃん!」

 日高はイライラしたように、二つのグラスにワインを注ぎ入れた。

「いつ来るって言ってたの?」

 スナック菓子を開けながら冬が言った。

「今日か、明日か」

「なら、まだわかんないじゃん」

 冬は笑った。

「たった一日でしょ。楽しみが延びたくらいに思ってればいいんじゃないの」

「………」

 日高はそっぽを向いた。

「日高は面白いねー」

 日高の背中に手を当てて、冬は日高の顔の背けた方を覗き込んで微笑わらいかけた。

「超ーイカってるー」



 次の日。

「日高、見て!」

 撮影現場での休憩中、冬が日高の肩を叩いた。

「ん?」

 振り返った視線の先に、祥子の横に立つ、はるの姿があった。

(あっ……)

 遅れたことを詫びるように、はるは日高の方へちょっと目を向けると、少しだけ手を上げて振った。

 しかも。

 日高の目を見て、優しく微笑わらいかけた。

「………」

 日高の表情が穏やかになって。

 やがて、笑顔にさえなった。

(わかりやすぅ)

 そんな日高の様子に、冬は一人可笑しそうに肩をひくつかせていた。



「じゃ、はるちゃん、私はこれで帰るから。私の名代、よろしくね」

 祥子は、はるを優しく抱きしめると、手を振って東京へと帰って行った。

(名代?……)

 日高と冬は、顔を見合わせた。


 はるは確かに現場に来た。

 来たけれど。

 今や、押しも押されもせぬ世界のYOSHIMURAの社長、祥子の名代として。

 YOSHIMURAの社長として。

 君臨していた。


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