第163話 離れたくない

 -花村鉄工所-


『キャー‼︎』

 はるからの報告を聞いて、連ちゃんとめいは大げさに抱き合って、はしゃいでいた。

「で? どうだった? 先輩優しかった?」

 めいが、身を乗り出した。

「……まあ……」

 赤くなって、はるが小さく頷いた。

「じゃあさ、じゃあさ、先輩、上手うまかった⁉︎」

 今度は連ちゃんが聞いた。

「……まあ……」

 さらに赤くなって、はるは俯いて頷いた。

「だよねー。先輩上手そうだもんねー」

 連ちゃんの言葉に、めいも大きく何度も頷いた。

「でさ。もう一コ聞きたいんだけどさ」

「何?」

「はるは抱いたの? 先輩のこと」

 連ちゃんは直球だった。

「……うん、まあ…うん……」

『キャー‼︎』

 二人は、またまた抱き合って。


「あいつら、全然仕事しねーなァ…」

 軍手を取りながら、ひーパパが言った。

「いいのよ、今日くらい。そもそもあの子たちのおかげで日高もこの鉄工所も救われたんだもの。大恩人なんだから」

 お茶を淹れながら、貴子が言った。

「いつも、しねーけどなァ…」

 そういうひーパパは、笑顔だった。

(はるちゃん、幸せそう)

 ガラス越しからでも、はるの表情は明るくて。

 そして、とても、輝いていた。



 -スナック タツコ-


「ねー、私、早く家帰りたいんだけど」

 日高が、ソワソワしながら時計を見た。

「何よ。そんなにHALちゃんに会いたいわけ?」

 北川がグラスを傾けた。

「会いたい」

 真顔で日高が言った。

「ママ聞いた⁉︎ ヌケヌケと言うのよ」

「しょーがないじゃない。今が一番楽しいって事でしょ。用件だけ言って帰してあげたら?」

「ありがとー、ママ」

 日高は、出されたお茶を両手で受け取った。

「しゃーない。じゃ、これ」

 一冊の冊子を、日高の前に差し出した。

「何これ」

「台本」

「台本?」




 ベッドの明かりが、ちらちらと揺れていた。

「映画に? すごいね……。主演でしょ」

 日高の肩と腕の間に頰をのせて、はるが言った。

「………」

 日高は、仰向けになったまま、天井を見つめて何も言わなかった。

「どうしたの? 映画、嫌なの?」

 少し顔を動かして、日高の胸に顎を乗せると、日高の表情かおを覗き見た。

「………はると離れたくないの」

 上身からだを少し起こすと、日高もはるを見た。

「今は、はると離れたくない。半年近くも東京に戻れないなんて堪えられない」

 日高は、はるに手を伸ばしてその顔に触れた。

 そしてしばらく見つめていたけれど、やがて、

「ねえ、はる。もう一回いい?」

 はるに囁いた。

「……うん……」

 はるは日高を見つめたまま、頷いた。

「はる。はる…はる……」

 はるを抱きすくめながら。

 日高は、はるにもう一度、激しく唇を重ねていった。

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